カテゴリーアーカイブ:このページの歴史

祝130万人

2010年4月2日   岡本全勝

今日、カウンターが、1,300,000を超えました。拙いページを見てくださって、ありがとうございます。キリ番にはならないので、キリ番ゲットとプレゼントはありません。でも、次のキリ番が200万だと、かなり将来のことですね。
2002年に東大客員教授になった時に、学生との連絡のために、このサイトをつくりました。それからもう8年にもなります。総理秘書官の間、1年間はお休みをいただきましたが、良く続いたものです。最初の頃は、1日に3人しか、訪問者がありませんでした。その後、読者が増えて、三位一体改革を「実況中継」した頃は、毎日800人とか1,000人にもなりました。現在は平日で、約500人です。
キョーコさん曰く「そんなにたくさんの人が見てくださるとは、信じがたい」。
地方行財政について書く回数が減ったので、表紙から「地方行財政の解説です」という記述を削りました。書く内容のテーマが発散して、読者層を絞れなくなっています。それでもおつき合いいただき、感謝します。

下宿人のページ

2010年3月30日   岡本全勝

私のHPには、下宿人が二人います。というか、いました。

1 ワシントン特派員
一人は、ワシントン特派員「稲熊君」です。稲熊君は、私の元部下です。今、ワシントン大使館に勤めています。随時載せますので、乞うご期待。
ワシントン特派員報告終了
このHPを豊かにしてくれていた、ワシントン特派員が3年間の勤めを終えて、帰国しました。よって、特派員便りも終了します。ありがとうございました、稲熊君。(2005年4月17日)
ワシントン特派員報告のページへ

2 肝冷斎主人
もう一人は、中国古典に興味を持っていて「肝冷斎主人」と名乗っています。彼も元私の部下です。著作の一部を載せます。絵も彼の作です。長編がいくつもあるのですが、HPには不向きなので、短編を載せます。画像の処理は、渡邊IT技官・清重IT技官の協力を得ています。
肝冷斎は、自らHP「肝冷斎雑志へようこそ」を立ち上げました。ご覧ください。
(1)地仙ちゃんシリーズ
歌仙ちゃん登場の巻 ②象形文字「チセンチャン」 ③地仙ちゃんの楽器 ④カゼが吹く ⑤フンベツする ⑥清明節 ⑦追い込まれた鬱々庵
(地仙ちゃん旅行編)
チマキの秘密 ②おナカの減った地仙ちゃんはキケン ③食の意味 ④トモにする ⑤カミナリ落ちる ⑥カミナリを拾う ⑦オトコの依頼 ⑧戦士の宴会 ⑨地仙ちゃんのタノシミ ⑩ドンブリはドンブリに非ず ⑪何杯も食べる ⑫タタカイの場にマメはない ⑬とても丈夫な歯のコは何でも食べられる
(戦いの後)
勝敗は時のウンにもよる ②ライバルたちの正体判明する ③ぶすーとする ④市はトゲトゲと関係がある 町と村についても解説する ⑥ボカンと殴る ⑦都会は冷たくてコワい
(到着する)
おうちはブタ小屋? ②ココロにもアラずなのに悲しい
(2)コボルトシリーズ
怒れるコドモたち ②望んでも手に入らないモノ ③精霊の至宝 ④目ざましゲコ ⑤コボルト暦 ⑥大魔ジンの恐怖 ⑦トマト畑のワナ ⑧アナグマ商会あらわる

以下、肝冷斎の自己紹介です。

みなさんはじめましてです。
えー、「世の中は冷え冷えとしているので、志と血は温かくなければならないよ。世の中は忙しく騒がしいので、肝と腸は冷ややかでなければいけないよ」というコトバから肝冷斎と名乗ってから十年以上になります。
明・陸徳明の「酔古堂剣掃」の中のコトバだったと記憶するのですが、もしかしたら違うかもチレません。とにかく物覚えが悪くなってきているので、カナシいことです。間違ってたらごめんなちゃいです。
謝ったので間違っていてもいいでしょう。
で、爾来おりおりに書いた文章を、総体として自ら「肝冷斎文集」と名づけております。昔は古典和歌論やホントの随筆や儒学の紹介文だとかも書いていたのですが、別に内容が大したことあるものでもないので、中年以来、少しでも読みやすいモノを作ろうと思いまして、絵入りのおハナシものを書きためているのであります。
で、今回、「ちょっと敬愛」する岡本教授の御尽力でここに発表の場を得ましたので、掲載作品の簡単な紹介をさせていただこうと思います。

①「肝冷斎文集」の中から、現在進行中の二作を載せてもらうことにしました。一つは「歌仙ちゃんのニホン和歌教室」ですが、これはまだ一回分しかありません。「和歌の精霊」歌仙ちゃんを中心にして日本古典和歌を紹介していこうというものですが、設定その他これから肉付けしていく過程であります。
もう一つは「地仙ちゃんの漢字教室」で、二十回分ぐらいあるうちの一部を入れてもらいまちた~。
地仙ちゃんはチュウゴクの大地の精霊です。無職の貧乏文人・鬱々庵センセイのおウチの裏に住んでいて、鬱々庵センセイの漢字講義を受けているオンナのコです。
ヘビのニョロとサソリのサチョリがコブンです。地仙ちゃんが地主の陳さんのムスコをイジメたので、現在鬱々庵センセイはその責任をとらされて、陳さんから立ち退きを求められている状況にあります。
設定は万暦以降アヘン戦争前の江南地方、ただし王朝名不明、鬱々庵センセイは現代日本のことにも詳しい、といういい加減さです。

文中何の断りもしておりませんが、説文解字、康煕字典、周礼正義などのほか、白川静大先生、阿辻哲夫大先生、林巳奈夫大先生、水上静夫大先生、藤堂明保大先生、諸橋轍次大先生、チュウゴクの王力先生などの学説を参考にしています。中でも白川説がオモチロいので主としてこれによっています。時々わたしの自説が混ざってますので注意が必要ですね。

② チュウゴクとかニホン古典のハナシばかりしていると、オンナのひとには嫌われます。そこで欧州のことも書けるんや~、ということを示すために、別途製作しているのが「欧州奇談コボルトちゃん伝説集」であります。
コボルトちゃんは地仙ちゃんのハトコで、大地母神フレイヤさまのおんムスメゴの西洋の大地の精霊ですが、家出して欧州一帯に出没しています。ゲコ(カエル)がコブンです。
ともだちというかライバルにサラマンダちゃん、ゴブリンちゃん、ウンデネちゃんなどがいます。もう60回分ぐらい書いたのですがアホらしいので少しだけ載せてもらうことにしました。

ちなみにわたしは、岡本教授の本職(?)である公務員業務の経歴中で、かつて部下だったのことのある後輩でございます。先輩があの程度だから後輩はさらに・・・、と想像される向きもあろうかと思いますので、岡本教授のシゴトぶりを知らない学生諸氏及びご家族の方に一言申し上げておきます。
岡本教授は、本来は管理監督・行政実務指導の面のプロフェッショナルでありまして、おそらくその面では現在の我が国でも屈指、というと言いすぎなので、百番目ぐらいには入る「名人」なんでっせ。(とか言っていると傷の舐めあいになりますかね。)

(肝冷斎の著書)
このHPに、地仙ちゃんシリーズなどを連載していた、元下宿人「肝冷斎」が、本を出版しました。
肝冷斎雑志 中国古典うろうろ散歩」(2010年、パブリック・ブレイン)です。表紙を見ると、あの懐かしいイラストが出ています。
本人曰く、「中国古典を題材に、たいへん勉強になる本です。わかりやすくてちょっとひねくれていて、愛らしいカット入り。重要個所は、漢文、書き下し文、和訳も併録しています。「なぜ、大丈夫というのか」「狼狽の由来とは」などなど、30以上の項目があるので、これ一冊読むだけで、賢くなれる・・・かも」
新書サイズで、700円と値段もお買い得です。ただし、一般書店では取り扱ってないので、アマゾンで注文しなければなりません。
なお、肝冷斎は、ホームページの方も休まず、増殖中です。

救急車の出動・続き

2010年3月26日   岡本全勝

昨日(救急車の出動、消防大学校の機関誌「消防研修」を紹介しました。その中に、樋口範雄東大教授の論文があります。「救急活動と法の役割~奈良地裁判決を契機として~」です。
2009年4月27日に出た判決です。事案は、2006年11月に起きました。警察署の駐車場で、未明に男性が顔から血を流し酔った状態で、警察署員に保護されました。駆けつけた消防の救急隊員が、緊急性がないと判断し、男性の家族が到着したので、家族が男性を自宅に連れて帰りました。その後、男性は脳挫傷などがわかり、昏睡状態になりました。男性が、消防組合を相手取って提訴し、地裁は消防組合に1億4千万円の支払いを命じました。
いくつか興味深い論点があり、先生も指摘しておられるのですが、1点だけ紹介しておきます。
裁判で争われた大きな争点は、搬送すべき義務があったかです。そして、判決が敗訴で確定すると、救急隊員は次回から、軽傷であっても、なるべく搬送するように行動するようになるでしょう。しかし、誰でも運ぶとなれば、軽傷者が運ばれ、その間に後回しにされた重傷者が手遅れになる場合もあります。一方で、救急車にも限りがあるのです。
損害賠償請求裁判は損害の補填が目的ですが、その結果が、救急現場の問題解決にならないのです。先生はこの点を指摘し、解決策も提示しておられます。なお、公刊物として、樋口先生の「医療と法を考える―救急車と正義」(2007年、有斐閣)が参考になります。

救急車の出動

2010年3月25日   岡本全勝

消防大学校は、「消防研修」という専門誌を発行しています。平成22年3月号は、「消防と救急医療」が特集です。
救急車は、皆さんもよく見かけるでしょう。救急車は全国に約6,000台あります。平成20年の1年間に、510万件も出動し、468万人を運んでいます。6秒に1回の割合で救急車が駆けつけ、国民の27人に1人が運ばれている計算になります。国民の期待に応えるように、この分野でも改善が続けられています。救急救命士という専門資格を持った職員が乗るようになり、救急車も大型になりました。
しかし、救急車を呼ぶ人が増えていること、救急車を呼ぶほどの状態でないのに救急車を呼ぶことで、本当に運ばなければならない人を運べない場合があること、受け入れ病院が決まらず時間がかかる場合があることなどの、問題が出ています。
ちなみに、1991年には、出動件数は約290万件でした。約20年の間に、これだけも増えているのです。事由の内訳では、交通事故(約60万件)などは横ばいか減っているのですが、急病が140万件から310万件に倍増しています。病人がそれほど増えたとは考えられないので、救急車を呼びやすくなったということでしょう。
軽傷の方には救急車でなく自分で病院に行ってもらうこと、そのために電話で相談にのることや、病院との連携を改善することなどが、取り組まれています。本号では、法令改正の概要、医療から見た問題点、現場での実情と改善方法、判決の問題点など多面的に解説しました。結構良くできています。内容が専門的なのと、各消防本部や関係機関にしか、配布していないのが残念です。

消防の国際交流

2010年3月24日   岡本全勝

今日は、消防大学校に、中国政府公安部消防局長(日本の消防庁長官に相当)と、北京市公安局消防局長(日本の東京消防庁消防総監に相当)がお見えになりました。日中消防交流の一環です。
2008年5月の四川大地震の際には、日本からも国際緊急援助隊が、駆けつけました。これまで大学校では、中国や韓国からの消防職員も、受け入れています。また、東京消防庁を始め、いくつかの消防本部はいろんな国に技術援助に行っています。