民法は、大学で学びました。必須科目でした。学んでいるときは、法学一般に「無味乾燥」な学問だと思い、条文と解釈を覚えるだけで「これで学問かな」と疑問も持ちました。
団藤重光先生の法学入門も受け、各先生方は条文の意義も教えてくださったのですが。学生としては、条文と解釈、判例を覚えたら終わりで、その先は考えなかったのです。例えは悪いですが、自動車の運転技術のようなもので、身につける必要はありますが、真理を追究する学問とは別だと思ったのです。
後に、星野英一著『民法のすすめ』(1998年、岩波新書)を読んで、「なるほど、民法はこのような社会の歴史の変化に対応して、変化してきたのか」と納得しました。大学でも、「自立して平等な市民」という基本を変更した事例として、労働法制や借家人・消費者保護法制を学んだのですが。
憲法については、近代市民革命からの歴史を習うので、その変遷と意義は必須でした。それと同様に、民法も変化してきたことを理解できたのです(遅いです)。民法が社会のもめ事を解決する、社会が円滑に運用される基盤を提供する学問だと、理解できました。
本棚を整理していて、大村敦志著『民法総論』(2001年、岩波書店)を見つけました。「民法総則」(これは民法の一部)ではありません。私の関心は、社会の中の民法、社会の変化に民法はどう対応したかということです。星野先生の本の延長で買ってあったのですね。今となってはいささか古いのですが、私の関心からは問題ありません。引き続き『現代法の動態ー社会変化と法』(2014年、岩波書店)、大村敦志著『人間の学としての民法学』(2018年、岩波書店)も図書館で借りて、一部を斜め読みしました。大村先生の『民法改正を考える』(2011年、岩波新書)も本棚にあります。
法学に限らず、政治行政学や社会学で興味を引くのは、大きな変化があったときですよね。それは対象とする社会や現実が変化したときです。変化が少ないときは学者の出番は少ないです。連載「公共を創る」を書いている問題意識も、これに通じます。
歴史学が、政治史から社会史や文化史に変化してきました。政治史も権力者を中心とした見方から、政府が国民に対しどのようなサービスを提供してきたのか、それに併せて法律はどのように変化してきたのかを説明する歴史学になりませんかね。