孫を保育園に送っていくと、扉に「古新聞を集めています」と張り紙があります。保育士さんに聞くと、工作などで使うとのこと。子育て中の若い親たちは、新聞を取っていないので、呼びかけても提供してもらえないのです。
で、何回か、古新聞を持って行きました。
私の近所では、2つの新聞配達店が月に1回、新聞紙を回収して、トイレットペーパーに交換してくれます。その朝には、いくつかの家庭で、古新聞が回収袋に入って玄関先に出されています。気になって見渡してみたら、高齢者家庭が多いですね。
孫を保育園に送っていくと、扉に「古新聞を集めています」と張り紙があります。保育士さんに聞くと、工作などで使うとのこと。子育て中の若い親たちは、新聞を取っていないので、呼びかけても提供してもらえないのです。
で、何回か、古新聞を持って行きました。
私の近所では、2つの新聞配達店が月に1回、新聞紙を回収して、トイレットペーパーに交換してくれます。その朝には、いくつかの家庭で、古新聞が回収袋に入って玄関先に出されています。気になって見渡してみたら、高齢者家庭が多いですね。
9月4日の日経新聞、ロビン・ハーディング、ファイナンシャルタイムズ・アジア・エディターの「放蕩か高齢か貧乏か 日米欧、ましな借り手は」から。
わかりやすい表現です。「多くの国では政府が大盤振る舞いを約束する一方で、経済はそれを支える力を失いつつある。しかも、こうした厳しい現実を有権者に突きつける政治的意志はほとんどみられない」という記述が肝ですね。
・・・あなたがある銀行の融資審査委員会の委員長で、3件の案件が審査に上がってきたとしよう。次のうち、どの相手に融資するのがよいだろうか――。
1件目の借り手は起業家として成功したものの、どこかで道を踏み外したようで、パーティーや薬物に途方もなく浪費する放蕩(ほうとう)者で、このライフスタイルを維持するのにもっと現金が必要だという。
2件目の人物は実業家で、高齢ではあるが評判はよい。莫大な借金を抱えながら、まだ散財する計画を立てているが、多くの資産を保有し、勤勉さでも定評がある。問題は今後、どこから収入を得られるのかという点だ。
3件目は威厳のある大邸宅に住む貴族だ。ただ、かなりの借金を抱えており、子どもの教育費や馬の維持費、屋根の修理代など出費も非常に多い。邸宅は外から見た目はよいが、部屋の中は寂しく、持ち主が今後どれほど稼げるか疑わしい。
これら3つの借り手は、先進国の財政状況が軒並み悪化するなかで、世界の投資家がどこに資金を振り向けるべきかという選択を象徴している。
候補1は米国だ。国内総生産(GDP)の6%近くに相当する財政赤字を抱えているが、その大きな理由は「増税などアメリカらしくない」という発想をしている以外に見当たらない。しかも、その状況を改める計画もなければ、どうやら改めるつもりも全くなさそうだ。
候補2は日本だ。巨額の公的債務を抱える一方で、人口の高齢化が進んでいる。しかも長年にわたるデフレ問題を克服したにもかかわらず、財政赤字を続けるという奇妙な決断を下した。もっとも日本の場合、政府も国民も多くの資産を保有している。
候補3は欧州だ。債務国が多く、中でもフランスやイタリア、英国などは債務レベルが高い。欧州では少なくとも建前上は公的債務や財政赤字は抑制すべきだ、との注意喚起がなされている。しかし、多くの国では政府が大盤振る舞いを約束する一方で、経済はそれを支える力を失いつつある。
しかも、こうした厳しい現実を有権者に突きつける政治的意志はほとんどみられない。
各国債の利回りは上昇傾向にある。30年物国債の利回りは日本が4%を超えており、米国と英国は5%台と、債務を抱えるすべての国には例外なく財政上の圧力が強まっている。
各国は自国の財政問題と、それを招いた政治家たちの放漫ぶりを嘆いている。いずれの国も2008年の世界金融危機以降、公的債務が大幅に増加しており、特にコロナ禍以降に増加した・・・
・・・日本は長年にわたり巨額の公的債務を抱えており、そのため日本は世界でも例外的な存在だとみなされてきた。とはいえIMFによれば政府が保有する金融資産残高を差し引いた純債務は26年末にGDP比で134%になることが見込まれ、ほかの先進国とそれほど大きな差はないように見える。
日本が直面する財政問題で最もやっかいなのが、容赦なく進む人口の高齢化だ。これにより医療や年金にかかるコストが毎年膨らみ続ける一方、それを負担する生産年齢人口は減る一方だからだ。
現在、日本には財政問題に取り組む好機が訪れている。デフレからインフレに転じたおかげで、ゼロ金利時代に借りた債務の価値が目減りしている。だが、高市早苗首相は不必要な歳出拡大を進め、この絶好の機会をみすみす棒に振る決意を固めているようだ。もっとも、それらの歳出は少なくとも手厚い福祉で固定化される経費ではなく裁量的なものだ・・・
「若い日本人の持つ能力の生かし方」の続きです。9月7日の日経新聞に、竹内弘高・国際基督教大学理事長が「日本型人材育成は忖度生む ICU理事長「正解ありきの教育は時代遅れ」」を書いておられました。紙面では「日本型人材育成の課題 忖度生む教育やめよ」という見出しです。
・・・日本は子どもの学力は高いのに経済は伸び悩んでいる。競争力の回復には、そんな「残念な」日本型人材育成をどう変えればよいか。経営学者で米ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)と一橋大の双方で長く教えた竹内弘高・国際基督教大(ICU)理事長に聞いた。
―日本は子どもの学力では世界トップクラスですが国の経済成長率は低い。教育システムに問題があるのではありませんか。
「よい塾に通い、よい大学に進み、日本の大企業に入るというベルトコンベヤーのようなシステムが完全に時代遅れになっている。今やプレイングフィールド(競技場)は世界なのに、世界で戦えない子どもを育てている」
「この日本型システムは正解ありきだ。速く正解すると偏差値が上がる。生徒は塾の先生の教えを疑わない。野性味を失い、会社に入った後も忖度(そんたく)する人に育ってしまう」
「経済協力開発機構(OECD)の2024年の調査で、日本は中学生に批判的に考える必要がある課題を与える教員の割合が調査対象国・地域の中で最も少なく、ガラパゴス状態になっている。つまり批判的思考をさせていない。この問題は間違いなく大きい」
―人工知能(AI)による翻訳の精度が高まり、英語を学ぶ必要性が薄れるとの見方もあります。
「HBSの修了生はほぼ7割がスタートアップを目指すようになった。彼らにとって一番大事なのは世界中にいる投資家を説得することだ。それには投資家の共通言語である英語力が欠かせない。エレベーターピッチといって、目的階に着くまでの15秒間に投資家をがむしゃらに説得しようとする」
「英語が標準語になった理由の一つは、白黒がはっきりした非常にダイレクトな言語だからだ。レトリックも大事で、それにユーモアを組み合わせることで勝ちパターンのコミュニケーションが成立する」
―米国では大学と大学院が新産業を生む成長のエンジンになりました。
「一橋大の商学部で教員をしていた頃、日本の大企業の人事担当者に『学生を白地でください』と言われた。入社後に我々が教育するから、よい学生をそのままくださいという意味だ。そのため大学4年間をろくに勉強せずとも卒業できる傾向は今でも続いている」
―学部教育の密度の濃さが違う気がします。
「ハーバードの学部は学生に24時間体制で関わる。学生は予習し、終日授業を受ける。全寮制なので、寮に戻るとハウスマスターという指導者が授業で生じた疑問に答えてくれる。大食堂で夕食を取った後、スポーツなどの課外活動に行くと優れたコーチに教わる」
「学生が様々な場で共に過ごすことで、全員がリベラルアーツの神髄である真善美を学ぶ」
―大学院はどうですか。
「HBSでは世の中や未来を良くするために必要な問題解決力を身につける。具体的には企業の経営課題や意思決定を詳述したケースを教材にして学ぶ。2年間で約800のケースを議論する。教科書はなく正解もない。学生は仲間と脳から汗が出るほど議論する中で、自分にとっての問題解決法を体得する」
「米国の大学と大学院は卒業後も学生の成長に関わり続ける。卒業生を頻繁に集め、選ばれた最高の教員が話をする。そこで多額の寄付が集まり、ハーバードでは全体で数兆円規模の基金になる。大学に恩義を感じての遺贈も多い。日米の最大の差だ」
―AI時代の大学教育は何を大事にすべきでしょう。
「ノウイングからドゥーイングへの転換だ。知識には形式知と暗黙知がある。数値やアルゴリズムといった形式知はAIに任せていい。経験、洞察力、感情、思い、信念などの暗黙知が大事だ」
「暗黙知は実践と行動を伴う。そしてビーイングすなわち自分自身を知ることにつながる。生き方はAIには教えられない。大学はそこに力を入れるべきだ」
――具体例はありますか。
「HBSは11年から学生を海外の現場に送り出し、問題解決に取り組む授業を始めた。ケースでノウイングを学ぶだけでなく、現場でドゥーイングを学ぶ教育にした」
「2年目から選択科目になったが毎年約200人が参加する。現場の一つが日本で、東日本大震災の被災地に行く。農家などに張り付き、問題の解決策を提案する。最近では著名ブランドのヨウジヤマモトやアニメの会社の問題解決にも携わるようになり、最も人気のある授業になった」・・・
8月30日の日経新聞1面に「自転車レーン足りない日本 東京はパリの1割、「青切符」で危険露呈」が載っていました。詳しくは記事を読んでいただくとして。
自転車が安全に走れる道路の長さを面積あたりで比べると、東京23区はパリの1割未満です。1平方キロメートルあたりで比べると、パリは10キロメートル、アムステルダムが4キロ近く、ニューヨークでも3キロほど、東京23区は0.7キロメートルです。
自転車は軽車両で、車道を走ることが原則ですが、条件付きで歩道通行も容認されてきました。それが、危険な自転車走行を取り締まる交通反則金制度が今年4月から始まり、より車道走行が求められるようになったのです。ところが、安全に自転車が走ることができる道路が少ないのです。自転車専用道路や専用通行帯です。
そして他国に比べ、交通事故死に占める歩行者と自転車の比率が高いのです。自動車を優先してきた結果でしょう。
横断歩道橋という、自動車優先・歩行者劣後のとんでもない施設もあります。
「電柱王国日本」
8月24日の日経新聞「子どもの学習時間減少 背景に学ぶ意味の喪失、教育に企業の参加を」から。詳しくは原文をお読みください。
なるほどと思います。学校教育は、実社会から距離を置いていました。それは職業選択とともに、政治教育についても同様です。「蒸留した」知識を教えるのではなく、より現実を教えるべきだと思います。金融知識や、病気になったり犯罪を犯した際の知識などもです。
・・・子どもの学習時間が減少を続けていることがベネッセ教育総合研究所と東京大学の共同研究で分かった。背景に何があるのか。同研究所の岡部悟志主任研究員と東大社会科学研究所の藤原翔教授に共同で寄稿してもらった。
日本の子どもたちの学びに異変が起きている。ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所による「子どもの生活と学びに関する親子調査2025」によれば、この11年で学校外の学習時間は約2割減少した。
興味関心を持って学ぶ「勉強が好き」な子どもの割合が減り、「何のために勉強しているのかわからない」といった学ぶ意味や目的を見失っている子どもの割合が増えている。小学4〜6年生ではこの10年でほぼ倍増して4割となり、中学・高校生では半数に迫っている。
同じ子どもを追跡した分析では、学ぶ意味を見失っていた子どもほど後に学習時間を減らし、逆に学習時間が短かった子どもほど、その後学ぶ意味を見失いやすい。因果関係は速断できないが目的意識の喪失と学びからの離脱が絡み合いながら進んでいる。これはスマートフォンなどの情報機器の普及だけでは説明できない。機器の利用時間が同じくらい増えた子どもの間で、学習時間を減らしていたのは学ぶ意味を見失っていた子どもだった。
以上を踏まえれば問題は単に学習時間が減ったことではなく、子どもたちが学ぶ意味を見失い始めていることである。もっといえば社会全体が子どもに「学ぶ意味」や「未来への希望」を十分に示せなくなっている点にある。
背景には子ども自身の問題に加え社会の変化がある。かつては学校で努力し、成果を残せば将来安定した仕事や生活につながるという道筋が広く共有され、「何のために勉強するのか」という疑問に一定の答えが与えられた。しかし大学進学の大衆化や雇用の流動化、生成AI(人工知能)の登場による仕事の変化によって、その見通しは揺らいでいる。子どもは大人を通して社会を見ている。身近な大人が仕事への誇りや将来への希望を語れなければ、子どもが学びの先に未来を描くことも難しい。
一方で注目すべき変化も生まれている。小中学生とは異なり、高校生では学び自体を面白がったり、学びが実生活で役立つと感じたりする傾向が近年強まっている。高校では現在の学習指導要領で「総合的な探究の時間」が設けられ、「実社会や実生活と自己との関わりから」問いを見いだす取り組みが行われてきた。
高校生の学びが定期考査や受験だけを目的にするのではなく、社会課題や自らの将来との関連を深め、地域や企業で働く人々との出会いを通して新たな意味を獲得し始めているのだとすれば、そこには重要な示唆がある。学びが社会や未来とつながり「自分は何のために学ぶのか」を実感できた時、自ら学ぼうとする力が育ち始める。この視点に立てば子どもの教育は学校や家庭のみが抱える問題ではない。
子どもが「社会」を具体的に思い描く時、その中核にあるのは社会と接点のある職業生活であり、そこで働き生活を営む大人たちの姿だろう。それゆえ企業が教育から距離を置けば置くほど、子どもにとって社会は抽象的で遠い存在になり、「学ぶことが未来につながる」という実感も得にくくなる。
企業に期待されるのは知識や技能の伝達ではない。仕事の面白さや葛藤、失敗や挑戦、社会とのつながりを自らの経験を通して伝えることだ。エンジニアや研究者、デザイナー、営業職、起業家など多様な職業に携わる人々と出会うことは、子どもに具体的な未来を示すことになる。
高校での探究学習が成果を上げつつあるとすれば、それは高校生が社会と接点を持つことを通して、学びを現実の課題や将来と結びつけられるようになりつつあることを示しているのかもしれない・・・