カテゴリーアーカイブ:社会の見方

本部の管理と店舗の主体性

2026年5月9日   岡本全勝

4月21日の日経新聞「良品計画を変えた「個店経営」」から。

・・・生活雑貨店「無印良品」を運営する良品計画。美容品などがヒットし、株価は3年間で5倍になった。新型コロナウイルス禍以前から低迷していた業績を回復させた立役者は在庫コントロール部だ。各店舗が需要を逃さず不良在庫も出にくい売り場になった。

小売業界では、収益性を追求した小型店の都心出店が増えている。流れに逆行するような郊外大型店を裏で支えている部署がある。
22年8月、良品計画は在庫コントロール部を新設した。商品計画部内にあったコントロール課を部に昇格し、経営と現場をつないで横断的に在庫を管理する専門部署とした。部署の人数は非公開だという。発足の狙いは、全店舗の販売や在庫の方針を本部主導で決める手法から、各店舗が主体性を持つ「個店経営」への転換だった。

本部が策定した商品投入などの計画を踏まえ、各店舗が販売や在庫の計画を立てる。在庫コントロール部が経営計画と売り場を連動させ、過剰在庫や欠品を抑制して個店の収益性改善を支える。在庫コントロール部は個店ごとに販売・在庫計画のベースプランを作り、坪数に応じた標準の品ぞろえや売り場づくり、陳列数量などモデルレイアウトを共有する。個店の稼ぐ力を最大化する旗振り役だ。

個店ごとに不良在庫の削減を進め、スキンケア品など利益率やリピート率の高い新商品を投入した。陳列や動線も工夫した。需要予測の精度も高まり、セールでも欠品がないように在庫を確保して人気商品が売れる仕組みを整えた。
在庫回転率は改善している。21年8月期は1年間に2.19回だったが、25年8月期は2.36回に高まった。商品数が増加し、国内を中心に売り場面積が拡大するなかでも収益性が高まっている・・・

旧統一教会問題への国の不作為

2026年5月8日   岡本全勝

4月18日の朝日新聞オピニオン欄、宗教社会学者・桜井義秀さんの「旧統一教会問題への不作為」から。

・・・高額献金や霊感商法の問題が長年、指摘されてきた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に東京高裁が3月、解散を命じた。教団について約40年、研究してきた宗教社会学者の桜井義秀さんは、行政や捜査機関などがすべきことをしなかった「不作為」を指摘している。社会は何を見過ごしていたのだろう。

―旧統一教会の問題は長い間、指摘されてきたものの、安倍晋三元首相の銃撃事件まで、目立った対策がとられてきませんでした。
「1980年代からカルト宗教を研究してきましたが、宗教界を中心に、ほとんどの人はこのテーマに関わりたくないと思っています。カルトがもつ独善性や、自由を奪い規律で人を縛る仕組みなどは、宗教自体の特徴と通じるところもあり、宗教の負の面を見たくない、ということなのかもしれません」
「2010年に旧統一教会の研究書を出版した時も、社会的インパクトはほとんどなかった。その一方で私は、調査対象とした教団からネットでの誹謗中傷を受け、訴訟のリスクを常に抱えてきました」

「日本は『現状維持』をしたがる社会です。自ら変えようとする動きはあまり見られません。旧統一教会の問題とは、信者やその家族ら、一般市民の人権が守られていなかったということです。霊感商法や高額献金の問題が広く知られていたにもかかわらず、自民党の議員たちは選挙で教団を利用していました。メディアはその実態を報じず、国民もこうした政治家を支持してきました。教団が社会的に認められてしまうという絶望、危機感が背景にあったのが安倍元首相の銃撃事件でした」

―東京高裁が3月、教団に解散命令を出し、教団側は最高裁に不服を申し立てています。
「献金、勧誘、布教行為は信教の自由に基づくという前提がある中で、今回の決定は、信者の財産、家族への影響などから見ても、社会的相当性に照らし悪質で組織的な不法行為であると、明確に打ち出しています。非常に評価できますが、遅きに失した感は否めません」
「09年に教団が『コンプライアンス宣言』したきっかけは、信者たちが印章などを売りつけた事件でした。なぜ当時、捜査機関がもっと踏み込まなかったのでしょう」
「今回の解散命令に先立って、文部科学省は教団に質問権を行使し、解散命令を請求しましたが、質問権の行使についてはもっと前にできたのではないでしょうか。私は20年以上前から文科省主催の宗教法人対象の研修会において教団の問題性を指摘していました」
「もちろん、戦前・戦中にあった宗教統制や弾圧の歴史を顧みれば、宗教に国が安易に介入すべきではないし、管理も実質的にできません」
「ただ、国が宗教団体を宗教法人として認証するということは、非課税という、いわば特権を与えて公益法人として認めることです。そうである以上、法人が宗教活動に専心し、公益活動も行うという宗教法人本来の認証目的にかなっているのかどうか、これをチェックするという意味での質問権行使は、所轄庁として当然すべきことだったと考えています」

―同様の被害を起こさないためには、何が必要だと考えますか。
「宗教者、児童相談所のスタッフなど、現場にいる人々に関わってもらうことです。介入の難しさや孤立のしやすさを前提にして、相談できる場所、支援する人を増やしていく必要があります」
「『宗教のことだから』『信教の自由があるから』といって思考停止するのではなく、何かおかしくないか、何か自分にできることはないか、そういう手を誰もがさしのべる必要があるのではないでしょうか」
「社会に大きな影響を与える出来事が起きても、誰も責任をとらないということが繰り返されてきました。元首相銃撃事件も、旧統一教会の一連の問題も、この国が自分たちで問題を解決しようとしなかったことの表れではないでしょうか。何かしなければ、と考え、行動を起こす人間が出てくることを待つしかありません。私自身は間違いなく、その一人になろうと思います」・・・

デジタルごみ屋敷

2026年5月7日   岡本全勝

5月2日の日経新聞に「写真撮影、世界で1日53億枚 スマホの「デジタルごみ屋敷」化どう防ぐ」が載っていました。
・・・大型連休まっただ中。観光名所やご当地グルメをスマートフォンで撮影する人も多いだろう。世界では1日平均で53億枚もの写真が撮影されているという。何気なく撮ったその1枚、見返すことはあるだろうか・・・

アメリカの調査団体の推計では、1日に撮影される写真は世界で約53億枚。2025年では約2兆1000億枚です。スマホで撮影される写真が9割を占めます。フイルムカメラとは違い、フイルム代や現像代を気にしなくてすみます。保管にも場所を取りません。そして、知人に送るだけでなく、世界に発信できます。

便利になったのは良いのですが、それには代償を伴います。スマホの中が「デジタルごみ屋敷」になって、価値ある写真が大切にされず埋もれてしまうのです。まあ、世間には迷惑をかけませんが。記事で紹介されている例では、ある人のスマホに保存してある写真は約2万枚とか1万枚です。海外旅行や孫の写真などなど。思い出が詰まっているのですが、探すのが一苦労です。
記事で紹介されている写真整理法は次の通り。
撮影したらすぐに見返すこと。好きな写真は「お気に入り」に入れて、ほかの写真を削除すること。溜まった写真は分類すること。
100枚を超えると、見ることはなくなりますね。1年12枚(1月1枚)でも、10年で120枚になります。

紙の写真の整理も問題です。「実家じまい」で大量のアルバムの処理に悩む人も多いです。家庭を訪問して、写真整理の手伝いをしてくれるサービスもあるそうです。
私はあるときから、写真は撮らない、写らないことにしました。それでも、講演会やキョーコさんとの旅行で撮られます。ホームページに載せるもの、パソコンに保管する少しのものを除いて、さっさと削除します。とはいえ、私も紙の写真が、子どもの頃のものからたくさん箱に溜まっています。もう見ることもないのでしょうが。

技術の暴走とどう付き合うか

2026年5月6日   岡本全勝

日経新聞は4月21日から、「欧州発 技術の倫理」を連載していました。
・・・人工知能(AI)などの技術は文明の発展に寄与する一方、世代を超えた負の影響をも生み出しかねない。人間の能力を超えつつある技術をいかに制御すべきか。欧州では人文系の研究者が哲学や倫理学の伝統をふまえつつ、この難問に向き合っている・・・

として、次の4つが取り上げられています。
1 人工知能:AI大臣は理想の政治家か 欧州の思想界、先走る現実へ警鐘
2 気候変動:オランダ水上住宅、荒ぶる自然と共生図る 利便と正義は両立するか
3 放射性廃棄物:「核のごみ」封印計画 欧州で高まる未来への倫理的責任論
4 ゲノム解析:英国で進む全新生児のゲノム解析計画 技術と人権、両立に悩む欧州

どんどん進む技術とどのよう付き合うかについては、この倫理問題ほかに、次のようなものもあります。
・インターネットを利用した武力攻撃や犯罪
・人工知能の武力攻撃への利用
・ソーシャルメディアによる世論や意識の誘導
・スマートフォンが子どもに与える悪影響
・人工知能に頼る学生の論文執筆
・環境や生物に悪影響を与えるプラスチックごみ
などなど

不必要な戦争

2026年5月5日   岡本全勝

4月16日の朝日新聞オピニオン欄は「不必要な戦争」でした。
・・・米国がイスラエルと仕掛けたイランへの先制攻撃。明確な目的や戦略を欠き、同盟国を説得する大義もない。多数の人命が奪われ、米イランの直接協議も実を結んでいない。トランプ大統領の「不必要な戦争」はなぜ起きたのか。世界をどう変えるのか・・・

リチャード・ハース(米外交問題評議会名誉会長)の「慎重さも正当性も皆無な選択」から。
―戦争には「必要な戦争」と「わざわざ選んでする戦争」があり、区別が重要だと論じていますね。
「『必要な戦争』は、死活的な国益が懸かっていて、軍事力以外に方法がない場合です。例えば、ロシアに侵攻されたウクライナの戦争です。『わざわざする戦争』とは国益が死活的とまで言えないか、軍事力以外でも同じかそれ以上の確率で達成できるのにあえてする、という戦争です」
「私が米政権内で関わった戦争では、1990~91年の湾岸戦争が『必要な戦争』、2003年からのイラク戦争は『わざわざする戦争』だったと考えます。私はイラク戦争に反対でした。自分が賛同していない政策を日々、擁護する役割を求められ、政権の途中で去ることになりました」
「私は『わざわざする戦争』が絶対に悪いとは考えていません。ただ、軍事力は重大な結果をもたらすため、『わざわざする選択』においてはなおさら、極めて慎重な検討が必要だとの教訓を得ました。当時の米政権は、イラク戦争の潜在的影響について熟考していませんでした。イランの影響力が強まったことも重大な悪影響の一つです」

―今回のイラン攻撃はどう位置づけられますか。
「正当化の余地が全くない、浅はかな『わざわざする戦争』でした」

―そもそも戦争の目的が不明確ですね。
「全くその通りです。トランプ氏と政権は、イランの体制転換、反体制派の保護、核開発能力の一掃など、様々な戦争目的を掲げてきました。戦闘が始まってからは(イランの『反撃』で実質的閉鎖に至った)ホルムズ海峡を開放するとか、イランの軍事能力を弱めるとかいった目的が加わりました。本来は、戦争が始まってから目的を広げることがないよう、極めて慎重を期さなければならないのです」

―目的が不明確なため、「この目的を果たせば戦いは終わり」という出口も見えません。
「本来は一時的な停戦ではなく、公式な和平の合意で終えることが望ましい。ただ、核問題やホルムズ海峡危機を巡ってイランとの合意に至るのは極端に難しくなっており、(戦いが終わるとしても)かなり限定的な公式の合意にとどまるか、全く何の合意もできない可能性があります」