カテゴリーアーカイブ:復興15年

坪井ゆづる執筆「東日本大震災15年の「節目」に」

2026年6月7日   岡本全勝

月刊『自治総研』2026年6月号に、坪井ゆづるさんが「東日本大震災15年の「節目」に」(61ページから)を書いています。インターネットで読むことができます。
15年間の復興事業の実績と評価が、よくまとめられています。事実と数値を詳しく取り上げ、かつ実績と問題点を均衡の取れた形で評価してあります。問題点の指摘だけでなく、対応策も提言してあります。関心ある方に、一読をお勧めします。

発災当初からこれまでを追いかけてきた記者でなくては、書けない論文です。たぶん、官僚もこのようにまとめることはできないと思います。そして、今後、福島復興に携わる関係者や、災害復興を担当する官僚たちにとって、よい教科書になると思います。感謝します。

津波被災地では、復興事業がほぼ終わったこと、それに費やした予算(歳入、歳出)、「まちの復興」と「ひとの復興」の間に時間差が生じたこと、土木事業が優先されたこと、今後の災害に備えて事前復興が重要なこと、新たな土地制度が必要なこと。
原発被災地では、復興はまだ道半ばであること、除去土壌を処理する課題、先が見えない廃炉の扱いなど。
復興15年での振り返りなど

熊本地震、県総務部長の回顧

2026年5月4日   岡本全勝

4月14日の朝日新聞夕刊、木村敬・熊本県知事の「熊本地震10年、「次」への伝言は」から。
・・・関連死を含め278人が犠牲になった熊本地震は、14日で前震から10年を迎えた。熊本県の木村敬知事は県総務部長だった発生時から震災対応に携わり、「熊本地震がなければ私は今ここ(知事職)にいない」と語る・・・

・・・発生の前日に出向元の総務省に戻る辞令が発表され、大西一史・熊本市長に夫婦で招かれた送別会の最中に大きな揺れに見舞われた。県庁に戻って国の省庁からの電話応対や被災市町村への被害確認、応援の人選などにあたった。
余震で建物に危険を感じて屋外に出ていた避難者がテレビニュースに映ると、旧知の官僚たちから「政権幹部が問題視している」と電話が来た。翌15日には松本文明・内閣府副大臣(当時)が県庁に来て、屋内に避難させるようにと言ったため、理由を話し「現場の気持ちが分かっていない」と反発した・・・

・・・総務省への帰任を延ばし、国の現地対策本部員として5月末まで国と県・市町村との連絡調整役を担った。国には「熊本県の出身者ではなく、県に最近出向した経験のある官僚をよこしてほしい」と要望した。「出身者は高校を出るまでの熊本しか知らない。出向経験者は今の事情に精通して人脈もある」。局長級から若手官僚まで多数派遣された。
国は、現地が要望する前から救援物資を送り込む「プッシュ型支援」をしたが、輸送ルートをよく考えなかったらしく最初はなかなか届かなかった。当時強い力を持っていた安倍晋三政権への「ご機嫌取り」で、ただ送っただけのように感じた。
熊本でもニーズの把握や備蓄する場所、管理態勢などが整っておらず混乱した。派遣された官僚らが動き、各避難所でタブレットに打ち込んで共有できるようにしてくれた・・・

企業による復興支援

2026年3月31日   岡本全勝

3月13日の朝日新聞に「復興支援の「隙間」埋めた企業 135億円拠出、三菱商事の財団が今年解散へ」が載っていました。
・・・東日本大震災の復興支援のために三菱商事が立ち上げた復興支援財団は震災から15年となる今年、その役目を終えたとして解散する。拠出総額は135億円と一企業としては異例の規模だ。国や行政ではできない「隙間」を埋めるような支援を企業として続けた・・・
・・・三菱商事復興支援財団は12年春に設立。三菱商事が震災直後に作った基金を使って被災地支援に取り組み、同社の拠出総額は135億円に上る。財団は学生向けの奨学金や助成金も出してきた。ただ、企業による支援ならではの取り組みが、20億円をあてた「産業復興・雇用創出支援」で、投資(出資)や融資による支援をした。
財団の代表理事も務める三菱商事の野島嘉之・常務執行役員は狙いをこう話す。「寄付だと実行後に基本的に関係も終わる。中長期でどうコミットしていくかを考えた」
投融資で支援先企業を育てる一定の責務も財団が負う。財団は経営への相談にも乗ったほか、三菱商事グループで販路の紹介もしたという・・・
・・・財団は計50件の投融資を実行。このうち45の支援先が今も事業を続けている。ただ、復興も徐々に進む中で、活動も縮小。19年には新規投融資を終え、財団も今年中に解散する予定だ。

震災の復興は一義的には行政が担う。そのうえで、企業の復興支援とはどうあるべきなのか。
野島氏は「企業は行政よりフレキシブルに、ある程度リスクを取った形で協力していく補完的な役割があるのではないか」とする。そしてこう続ける。「財団の資金がそうした隙間を埋めるような役割を果たせたと期待をしている」

東日本大震災の復興支援には多くの企業が取り組んだ。義援金などの金銭的な支援だけではなく、長期にわたる支援や他団体との協働など、中身の多様化が進んだ。
長期支援には宅配大手のヤマトホールディングスも取り組んだ。ヤマト福祉財団は11年7月から「東日本大震災生活・産業基盤復興再生募金」を開始。集めたお金を被災地の産業復興や振興などの助成にあてた。対象事業数31件、助成総額は142億円超にのぼった。
国や自治体、地域に根ざしたNPOとの協働も盛んだった。製薬大手の武田薬品工業は、認定NPO法人「日本NPOセンター」に総額12億円を寄付して「タケダ・いのちとくらし再生プログラム」を立ち上げた。社会的弱者に対する福祉・保健支援や、雇用創出に動く約430のNPOなどに助成するなどした。
復興庁はこうした事例を「東日本大震災の教訓継承サイト」にまとめている。担当者は「今後起きる災害でもこうした教訓やノウハウを生かしてもらいたい」と話す・・・

「災害ケースマネジメントに基づく 被災者支援ガイドブック」

2026年3月25日   岡本全勝

一般財団法人ダイバーシティ研究所が、「災害ケースマネジメントに基づく 被災者支援ガイドブック」を作成しました。無料でダウンロードできます。

災害時に被災者支援に携わる自治体職員、福祉・医療関係者、NPOやボランティアなど、現場で支援を担う人たちが、「災害ケースマネジメント」の考え方に立って、実践に活かすための手引きです。これまでに実践してきた被災者支援の取り組みと、中国5県の被災自治体における支援の実践経験を基に、「災害ケースマネジメント」で必要な要素を体系化して提供するものとのことです。

被災者支援活動は、行政の手が行き届いていませんでした。極端に言えば、避難所で支援物資を提供し、仮設住宅を建設するまででした。東日本大震災で、NPOによってさまざまな被災者支援の重要性が認識され、支援内容も充実してきました。
研究所代表の田村太郎さんは、その面での私の師匠です。

震災デジタルアーカイブが消えてゆく

2026年3月18日   岡本全勝

3月4日の読売新聞に「東日本大震災15年 震災デジタルアーカイブが消えてゆく 約50件中10件超が閉鎖・停止」が載っていました。

・・・2011年に発生した東日本大震災の写真や動画、文書などをインターネット上で保存・公開するデジタルアーカイブが、徐々に姿を消している。経費節減や担当者の世代交代などが原因だ。持続可能なデジタルアーカイブのあり方や、データの継承が課題となっている。

東日本大震災では、数多くのデジタルアーカイブが作られた。政府が「復興構想7原則」などで、震災の記録や教訓を国内外から容易に閲覧できる仕組みの構築を示したことや、デジタルカメラが浸透し、スマートフォンも普及しつつあったことが要因だ。
国立国会図書館などへの取材や資料から、約50件は作られたことを確認できた。運営主体は、県や市町村、大学、図書館、研究機関、報道機関などが多いが、そのうち少なくとも9件が閉鎖され、2件が公開停止となっている。主な理由は、維持費やシステム更新などの経費節減、担当者の世代交代という。

2016年に公開を始めた「茨城県東日本大震災デジタルアーカイブ」は、21年度末で閉鎖した。その後、国会図書館が運営する東日本大震災アーカイブ「ひなぎく」が、データを継承した。県の担当者は「システム更新の時期でもあり、資料も集まりきったので引き継いだ」と説明する。年間約140万円の維持費が削減できたという。
宮城県気仙沼市が運営していた「けせんぬまアーカイブ」は、開始から10年経過し、老朽化したサーバーの更新を行わず、24年に閉鎖した。約1万点の写真や動画などは、県と県内市町村が運営する「東日本大震災アーカイブ宮城」が引き取り、公開を続けている。

米ハーバード大ライシャワー日本研究所の「日本災害DIGITALアーカイブ」は、今夏をめどに東北大が運営する「みちのく震録伝」に引き継がれる予定だ。
当初から運営に携わるハーバード大のアンドルー・ゴードン教授は、1月に東北大で行われたシンポジウムで「私もいずれ退職する。人材が循環する中で、災害に関心のある研究者が、常にライシャワー日本研究所にいるとは限らない」と、移管する理由を語った。

六つの閉鎖アーカイブを継承している「ひなぎく」を担当する、国会図書館の小林芳幸主任司書は、「担当者や組織のトップが代替わりすると、活動が停滞してしまうアーカイブもある」と指摘する・・・