カテゴリーアーカイブ:歴史

福井ひとし氏の公文書徘徊17

2026年11月2日   岡本全勝

『アジア時報』11月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第17回「大政翼賛会は雲か霧のように」が載りました。
今回は、前回に引き続き、大政翼賛会についてです。前回は設置根拠もない不思議な組織であることが書かれていましたが、終わりもよくわからないままになくなります。

最初の方で、座席表が出てきます。このようなものが残っていたのですね。現在でも各省でつくられているはずですが、公文書としては残らないでしょう。
「「タイプ」と表記されたタイピストが六人います。この人たちにタイプを打ってもらわないと文書が作れませんから、時おりはお菓子でも差し入れて顔を覚えてもらいましょう」という文章(62ページ)は、若い人にはわかりますかね。

「杉森さんの本を読んでいると、人事はあちこちからの寄せ集めで、職場には、先輩が面倒をみたり鬼軍曹が規律を守らせたりといった、 あるいは自由闊達な議論が可能、といった「社風」のようなものが存在していません。」73ページ

「団体としての設置根拠がはっきりしないままで設立され、活動してきたのですが、設置根拠が無いのですから廃止することができませんでした。無くなった日さえわからない。国家に事務を引き継いだわけでもないので、記録も文書も無く、国費補助金を使いながら、財産目録さえ残っていません。」84ページ
「けしからん組織を「お取りつぶし」にすると、その時点では厳格な対応だと喝采を博しても、責任を取って謝罪・賠償する人や失敗の経験を活かすための記録や反省が雲散霧消してしまう。ある先輩がよく言う「お取りつぶしのパラドックス」を思い浮かべてしまいます。」84ページ。
「責任を取る方法4」

福井ひとし氏の公文書徘徊16

2026年10月4日   岡本全勝

『アジア時報』10月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第16回「「大政翼賛会」の作り方―設立の手順と根拠」が載りました。

大政翼賛会と言っても、名前を聞いたことはあっても、どんな組織だったかは、多くの人は知らないでしょう。1940年10月、第二次近衛内閣の下で新体制運動の結果結成された国民統制組織です。ぎょうぎょうしい割には、何をしたのかよくわかりません。今回の論考を読むと、当初の意図とは異なり、尻すぼみになったようです。

行政学・行政法学的には、国家行政上どのように位置づけるのか、どのような根拠と手続きで作られたのか、興味深い事例のようです。詳しくはこの論考を読んでいただくとして、内閣の決定で作られるのですが、法律や勅令もない、不思議な位置づけの組織になります。

51ページに、第一回準備会の議事録で「女の腐つたようなことを言ひ合ふよりもこの場で心の底からお互に意見を吐露せねばならん(金光氏、憤然自席より「女の腐ったとは何だ!不謹慎極まる!」との発言があり、それに対して「取り消さぬ、断じて取り消さぬ」との応酬が載っています。こんなやりとりがあって、記録されているのですね。

ところで、漢文の素養が高い筆者です。末尾に「翼賛」の語源が出てきます。中国の三国志に出てくるとのことです。

東京駅前の再開発ビル

2026年9月21日   岡本全勝

東京駅前、と言っても八重洲口ですが、真ん前に再開発ビルができました。私も工事途中から時々見ていたのですが、なんとも奇妙な風景なのです。
建物本体は立派な高層ビルなのですが、入り口は狭く、両側に小さなビルが残っています。それが質屋と消費者金融で、見慣れたケバケバしい看板が出ています。周辺のビルも再開発で立派になったので、いかにも場違いな感じがします。残念に思います。街の風格を損ないますよね。強制的に買収に応じさせる方法はないので、買収金額の折り合いがつかなかったのでしょうか。入っている企業も、評判を下げると思うのですが。

『プレジデントオンライン』が「東京駅直結の超一等地に建つ新施設なのに…2400億円投じたトフロム八重洲に「消費者金融」と「質店」が並んだワケ」(9月16日)を載せていました。写真を見てください。

もっとも、少し東北方面(日本橋方面)に進むと、昔ながら雑然としたお店が並んでいます。少し進んだ先にある日本橋や京橋は、日本を代表するような立派な通りで、きれいなビルが並んでいます。八重洲口は再開発の途中なのです。街づくりは、長い目で見なければなりません。
さて、買収に応じなかった二つのビル、いつまでこの状態が続くのでしょうか。

福井ひとし氏の公文書徘徊15

2026年9月2日   岡本全勝

『アジア時報』9月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第15回「発車オーライ!──日本バス史点描」が載りました。

今回は、バスについてです。よくこんな話題を考えますね。鉄道ファンは多いですが、バスは・・・。
路線バスは、戦前は県庁(国の出先機関)の認可なので、多くの資料は県に、あるいは引き継いだ地方運輸局にあるのでしょうか。今回の記事は、国に残っている公文書を基に調べています。
冒頭に出てくる「田舎のバスはおんぼろくるま~」という歌は、私の子どものころに歌いました。覚えていた歌詞は違っていましたが。
9月20日がバスの日とは、知りませんでした。1903年のこの日に、乗り合いバスが初めて走ったのだそうです。京都でです。

東京都美術館、大英博物館日本美術コレクション展

2026年8月14日   岡本全勝

キョーコさんのお供をして、「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画」を見に、東京都美術館に行ってきました。行列に並び、30分待ちでした。館内も混んでいました。それだけの価値のある内容でした。お勧めです。

これだけもの立派な絵画が、ロンドンで残されているのですね。国内にも、これだけそろえている美術館はないでしょう。イギリス人が、幕末維新のころに、これらを手に入れ、収蔵したのです。貧乏した社寺が売りに出し、当時はそんなに価値があると思われずに、海を渡ったのでしょう。でも、大英博物館にあるから、残ったのですよね。

「海を越えたふすま絵、約150年ぶりの再会」は、以前にニュースで見ました。元の所有者である談山神社は、明日香村(石舞台の横の道)を登った山の上にあります。立派な絵があったのですね。