カテゴリーアーカイブ:官僚論

国会議員事務所への紙資料配布取りやめ

2026年5月29日   岡本全勝

5月27日の読売新聞に「国会議員事務所への「紙資料」配布取りやめ、小泉防衛相「時代遅れ」…これまではHPの発信内容も届ける」が載っていました。

・・・小泉防衛相は26日の記者会見で、防衛省職員による国会議員の事務所への資料配布を取りやめたことを明らかにした。職員の負担軽減が目的で、小泉氏は省庁の国会対応などの業務について「時代遅れになっている。一つ一つ業務改善につなげたい」と述べた。
これまでは同省のホームページなどで発信した内容についても、職員が東京・市ヶ谷の防衛省から永田町の議員会館に紙の資料を届けていた。休日や祝日に資料を配ることもあったといい、職員から改善を求める声が出ていた。
今月中旬に開かれた小泉氏と職員との意見交換の場で同様の意見が出たため、小泉氏が取りやめを決めた。同省文書課は「議員からの個別の問い合わせなどには、引き続きしっかり対応する」としている・・・

まだ、こんなことをやっていたんですね。ほかの省庁は、どうなっているのでしょうか。
私が現役の時は、分厚い資料、白書などを届けていました。でも、国会議員全員に配っても、ほとんど読まれません。それに目を通していたら、いくら時間があっても足りません。欲しい人だけ、紙資料を請求すれば良いことです。

官僚のやりがいをなくす要素

2026年5月8日   岡本全勝

近年、官僚のやりがいが小さくなったと聞きます。現役幹部に聞くと、その一つが、新しい政策への挑戦がなくなったことだそうです。そうですね、官僚を志す人たちは、決められたことを処理するのではなく、新しいこと、社会の課題と取り組むことを望んで、この職業を選んだ人が多いでしょう。「定例と企画、異なる仕事

ところが、新しい政策に取り組む機会が減ったようです。私が考えるその理由は、次の通り。
1 日本が成熟社会になって、一通りの行政サービスをそろえたこと。
とはいえ、次々と新しい課題は生まれています。
2 予算要求枠の制限(概算要求基準、シーリング)が厳しく、新しい政策を考えることが難しいこと。
多くの場合、前年同額または前年度以下です(物価上昇分を加味することもあり)。新しい政策を要求するには、既存予算を削減しなければなりません。しかし、30年以上続くシーリングで、削減できそうな予算は、もはやありません。
3 仕事が忙しく、新しい政策を考える余裕がないこと。職員数は削減されたのに(近年は少し増えています)、仕事の量が増えていること。

2と3は、行政改革を長年続けた代償です。官も民も縮小思考になり、発展がなくなりました。

官僚は国家を考えることができるか

2026年5月5日   岡本全勝

連載「公共を創る」第253回「政府の役割の再定義ー官僚に仕事をさせるために」(3月26日号)で、各省各局の分担管理に収まらない新しい課題をどのように官僚機構が取り上げるのか、全体を見る仕組みが必要であることを主張しました。
しかし、ここに一つ難しい問題があります。明治から昭和後期まで、官僚が存分に力を発揮し、日本の発展に貢献しました。それは分担管理原則に沿って、各官僚と各局が所管行政を整備拡充したからです。発展期には、部分最適が全体最適になりました。もちろん、すべての部門が同じように拡大したのではなく、濃淡はありました。

ところが発展期が終わると、限られた資源(予算や人材)を配分するのに優先順位をつけなければなりません。部門によっては、縮小や廃止もあります。これは、分担管理原則ではできないことです。そこで、これまでに取られた手法は、一律削減です。
また、これまでにない分野に仕事を広げなければならないこともあります。それが「楽しいこと」ならよいのですが、「嫌なこと」「難しいこと」なら、既存組織は手を出しません。また、それらにつぎ込む資源を生み出すために、既存予算を削減することにも抵抗します。

全体を見渡して、優先順位をつけること。そのような部門をつくり、役割を与えれば、官僚は案を作ることはできます。しかし、民主主義では、その決定は官僚にはできないことで、政治家の仕事です。他方で、政治家は各種の利益団体を代表しています。ここにも、難しさがあります。
部分ではなく、全体を考える官僚をどのように育てるか。そのような組織と仕組みをどのようにして組み込むか。それが課題です。

同じことは、会社員にも言えます。それぞれが、自分の部門の業績拡大を考えていると、拡大期にはよいのですが、選択と集中をしなければならないときには、縮小の判断ができません。「新・官僚の類型

新・官僚の類型

2026年4月27日   岡本全勝

連載「公共を創る」第253回で、かつて議論された「官僚の類型」に言及しました。識者によって異なるのですが、官僚の思考と行動を次のように分類します(例えば、真渕勝著『官僚』(2010年、東京大学出版会)。
「国士型官僚」=官僚が国家を背負っているという自負心を持ち、国家のあるべき姿を考えて仕事をする。
「調整型官僚」=本来政治が行うべき利害調整や政治家同士の調整までも官僚が担う。
「吏員型官僚」=政治家の下で官僚の自立性を守るために必要最小限の仕事だけをこなす。

長屋聡執筆「官僚制の変容と若手官僚」(季刊『行政管理研究』2025年9月号)には、これに加えて、次のような分析も書かれています。
・・・さらに近年の官僚の状況と意識を考えると、官僚が政治の下請けになっている点に着目すれば、下請け型と名付ける(田中秀明「官僚たちの冬」)ことも可能であろうし、若手官僚は民間への転職も視野に入れている点で勤労者型といった表現も取り得るかもしれない。これらの変化は、政党の優位、右肩上がりの経済社会構造の終焉、負の配分の行政、官における自律性・当事者性の低下などの時代背景を投影したものととらえることができよう。
ただし、これらの類型はあくまで中央官僚の理念型としての一般的な類型化であろう。官僚個人に着目すれば、場面により、複数の類型の顔を見せることもあろうし、政と近接する幹部職員について見ると、現状では国士型はほとんどおらず、他方吏員型の行動に終始するだけでは幹部職員としての職責は十分果たし得ないように思われる・・・

ある人に意見を求めたら、自分の経験を踏まえて次のような類型もあると、笑いながら指摘してくれました。
「ひまわり型」=上司や親元の方だけを見ている。「コバンザメ型」とも言います。
「玄関先掃除型」=仕事が自分の所に来ないことに最も注力する。

局長が課長の仕事をし、課長が課長補佐の仕事をするようになった

2026年3月25日   岡本全勝

昨日紹介した長屋聡執筆「官僚制の変容と若手官僚」(季刊『行政管理研究』2025年9月号)に、次のような指摘があります。

・・・また、官僚個人のレベルでは、事柄により、かつてより1ランク又は2ランク下の職責の仕事をしている印象も抱く。局長がかつての審議官、ともすれば課長級の判断・決定を、課長が課長補佐級の判断・決定をしているといった具合である。
これは、行政自体がより緻密な仕事を求められるようになったこととともに、例えば、幹部職員について見れば、当該ポストで自らの責任で決めることのできる裁量範囲が狭くなり、上司である政務等の判断を要する事柄が増えている面があることは否めない。上のポストの裁量範囲が狭くなれば下のポストにも影響は及んで行く・・・

「かつては課長補佐がやっていた仕事を課長がやっている」という話は、よく聞きます。働き方改革が進んで、部下に超過勤務を頼めず、管理職がそれを行っているという要素もあるそうです。それなら、仕事を取捨選択して、仕事量を減らさなければなりません。それは、緻密な仕事を求められる・裁量範囲が狭くなった場合も同じです。

他方で、官僚主導から政治主導に移行すると、幹部官僚の仕事の範囲は狭くなっても良いはずです。重要事項は政治家が判断し、幹部はその指示で動くので、責任=仕事が狭くなるからです。組織内で、課長より課長補佐や係長の方が、責任が軽くなるのと同じです。
では、なぜ局長が課長の仕事をするようになったのか。私が考える理由は次の通り。
1 幹部は、政治家に気を遣うことが増えた
これは、長屋論考が指摘していることです。幹部が自分で判断できず、官邸や大臣の意向を重要視することで、仕事が増えて遅くなるのです。想定問答をたくさん用意するとか、指示を待つとかです。

2 幹部が攻めの仕事をせず、守りの仕事になっている。
政治家の指示を待つこととともに、目の前の案件を処理することで手が一杯になり、長期的な課題検討ができていないのではないでしょうか。いつの時代にも仕事はたくさんあります。その際に、優先順位をつけることができれば、効率よくかつ安心して進むことができるのですが、モグラ叩きをしていると、良い成果は出ず、疲れます。

長屋論考には、次のような指摘もあります。
・・・ア  国会待機など、合理的と思われない業務による拘束。
このほか、幹部による必要以上の詰め(必要以上の完璧主義)、上司による有意と思われない手厚すぎる業務の指示など(近年、幹部・管理職は若手を気遣うマネジメントをするようになったとの変化は見られるが、一部には、マイクロマネジメントが変わらぬ幹部・管理職もいるように聞く)。
イ  政官関係の中での官の当事者性(自律性)の低下。
達成感を感じるような成功体験の機会の減少。政治家への根回しと政治家からの宿題こなしに多忙を極めたり、一時の野党ヒアリングで叱責されたりしている幹部・管理職の姿は、若手官僚が自分の将来を考えた時、やりがいや充実感を感じることにつながるであろうか・・・