7月4日の朝日新聞オピニオン欄に、パトリック・デニーンさんの「米国、思想の地殻変動」が載っていました。
・・・4日に建国250年を迎える米国。その国家の背骨ともいえる自由主義は失敗したのだ――そう説くのが、米国のポスト・リベラル思潮を先導する政治学者で、バンス副大統領の思想的支柱とも目されるパトリック・デニーン氏だ。初来日を機に語った、トランプ政権の背後にある米国思想の地殻変動とは。
―2018年の著書「リベラリズムはなぜ失敗したのか」は大きな反響を呼びました。いわゆる左派リベラルに限らない「自由主義」の失敗を論じていますが、どういうことでしょうか。
「自由主義が危機に瀕しているのは、その理念を実現できなかったからではありません。むしろ、完全に成功したからこそ失敗したのです」
「過去数十年間、米国の左右両派は、まるで共犯関係にあるかのように『個人の解放』を推し進めてきました。左派は社会や文化の面で、右派は経済の面で。それぞれ、伝統や地域共同体のくびきから、個人を切り離すことを優先課題としました」
「民主、共和の両党が自由主義を訴え、米国民には事実上、それ以外の選択肢がありませんでした。その結果、かつて健全だった中産階級や地域社会は破壊され、歩いて生活できる安全な街はぜいたく品となり、私たちは、歴史上最も孤独な社会を生きています」
―あなたの批判の対象は、現代の自由主義にとどまりません。
「米国の自由主義は、1776年の独立宣言や合衆国憲法から始まったのではありません。それ以前の17世紀、プロテスタントと共に英国から新大陸に渡った個人主義、神との一対一の契約という宗教観……建国の父たちは、それを明文化したにすぎません。問題は『個人と国家の二項対立で世界を考える人間観そのもの』にあり、ここから見直す必要があります」
―現実の地殻変動を、どう捉えていますか。
「トランプ現象は、政治的病理の原因ではなく、必然的な症状です。左右のエリート層から見捨てられ、経済的な新自由主義も社会的な進歩主義も望まない労働者の、深い絶望があった。トランプ氏自身は明確な哲学を持ちませんが、直感で訴え、既存システムの『壊し屋』と期待されたのです」
―米国の保守陣営内の変化はどうでしょう。米国で主流のプロテスタントの中で保守色の強い、福音派も注目されています。
「過去数十年間、福音派は家族の価値観を掲げつつ、新自由主義経済と結びついてきました。これは、新自由主義のエリートが宗教右派をつなぎ留めるために取引した結果でした」
「しかし、米連邦最高裁が22年、人工妊娠中絶の権利を認めた判決を破棄したことで、彼らは追い続けたかった目標が実現してしまい、どうしていいか分からない状態に陥っています。中絶問題は、保守連合の接着剤としての機能を失いつつあります。反共産主義でまとまっていたレーガン保守連合が、ソ連崩壊で目標を見失ったのに似ているかもしれません」
―あなたが、宗教と政治が一体化した「神権政治」を目指していると警戒する声もあります。
「私が求めているのは、国家と教会の統合ではなく、『文化としての宗教の公的な承認』です。行き過ぎた個人主義や物質主義に対する防波堤として、宗教の文化的なプレゼンスを取り戻すことを主張しているのです。税金を特定の宗教に回さないといった政教分離の伝統は、私も完全に受け入れています。しかしそれと同時に、米国には公的なキリスト教の長い伝統も存在してきました。政教分離と、社会における宗教の文化的な存在感は別物なのです」
―危機意識は分かりました。ではどのように崩壊した共同体を再建し、自由主義に代わる「共通善」を社会に取り戻すのですか。
「もはや自然発生的な回復を待つことはできません。火災報知機の非常ボタンを押す段階です。具体的にはまず、生活圏レベルの自治の再生。家族、地域共同体、中間集団の再建です。自由主義によって破壊された、個人と国家の間にあった、人が人として育つ場所を取り戻すことです。そして、民衆を見下すエリートでも、方向性を失うただのポピュリズムでもなく、民衆の伝統と常識に深く根ざした新しいエリート層を意識的に育てることです」
「歴史上、時代の根本的危機と出合うかたちで、新しい秩序のビジョンを描く思想家が現れてきました。私たちはそうした思想が必要な時代を生きています。しかし、私自身にできることは新しい共通善を規定することではなく、人々に建物が燃えていると知らせ、避難経路を示すことです。そのあとに何を建てるべきか、その叙事詩的なスケールの仕事は、おそらく若い世代が引き受けるべきではないでしょうか」