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連載「公共を創る」第262回
連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第262回「これまでの議論ー平成における地域の変化」が発行されました。
平成時代の暮らしについて、次は地域の変化を取り上げましょう。数字で見る変化は連載第258回で富山県を例に示しましたが、ここでも数字には表れない変化が進んでいました。
地域産業の空洞化と地域活力の低下は、街の形を変えました。人通りの減った商店街は寂れ、シャッター通りも増えました。郊外に大型店舗が進出したことや、事業の後継者がいないこともそれを加速させました。若者が都会に出て行って、戻って来ません。空き家が増え、放置された家が周囲に与える悪影響からその対策も必要になりました。
平成時代になって、限界集落という言葉が広がりました。地域人口の半数以上が65歳以上の集落です。冠婚葬祭などの社会的共同生活を維持することが限界になりつつある集落を指します。さらに日本創成会議が、2014年に「消滅可能性都市」を発表し、衝撃を与えました。
過疎地域でも道路や上下水道などの整備に力を入れました。しかし、生活が便利になっても、住民は中山間地域を離れたのです。経済発展の過程で、都市は豊かになるのに、稲作や林業だけでは貧しいままでした。さらには、それらの産業への需要も減り続けましたから、住民は農山村を離れました。
便利さの向上の次に取り組まれたのが、地域おこしや地域活性化政策です。一村一品運動、ふるさと創生、地方創生などです。全国一律の工場誘致やインフラ整備による地域振興でなく、自治体が地域の特性を生かした、個性的な地域活性化に取り組むようになったのです。「国土の均衡ある発展」から、「個性ある地域の発展」「知恵と工夫による活性化」へと地域振興の方向性が変わりました。
平成初期に地方行政関係者の間で流行した言葉に、「3K」がありました。高齢化、国際化、高度情報化の頭文字Kを取ったものです。これらの三つが自治体にとって大きな課題でした。
この頃は、地方分権改革が進んだ時期でもあります。分権改革、三位一体の改革などです。併せて、平成の市町村合併が進みました。