カテゴリーアーカイブ:著作と講演

連載「公共を創る」第266回

2026年8月6日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第266回「これまでの議論ー近年におけるリスクの変化」が発行されました。前回から、政府が取り組むべき社会の課題が変わったことを説明しています。その第一は、リスクの変化と新しい社会の不安です。

不安やリスクがどのように変化しているかを見るために、社会のリスクをその原因や被害の種類によって9の分野に分類し、さらにそれらを被害の形態によって三つに大括りしました。
一つ目は「身体や財産への被害」です。 武力・テロ、自然災害、事故、犯罪などは、国民の身体、生命、財産に対し直接に物理的、経済的な被害を与えます。病気と環境問題は、直接・間接に健康に被害を与えます。
二つ目は「経済社会活動全体への被害」です。経済社会システムの混乱は、経済社会活動を根底からひっくり返す危険を含んでいます。個別の財産への危険もシステムへの不信を呼び起こしますが、それよりも、不特定多数が参加している経済社会活動全体への被害をもたらします。
三つ目は、「人間らしい生き方への被害」です。格差と社会生活問題は、もちろん身体や財産に被害を与えますが、それよりも尊厳ある生き方をできなくさせてしまいます。各人にとっての危険であるのは当然ですが、「人間らしい生き方」を支えているはずの社会の側に問題が起こっているということでもあるでしょう。

ここには、技術と経済の発展が生む新しいリスクとともに、従来あったリスクが再認識されたものもあります。また、社会生活問題などのリスクは、豊かな社会になって顕在化しました。パワハラ、セクハラ、幼児虐待、高齢者虐待、ヤングケアラーなどは、これまで耳にしなかった言葉です。事実は昔もあったのですが、社会問題と認識され、対応が必要な課題として新しい言葉が定義され、意識を深めることになってきたのです。児童虐待や自殺は昔もあった事件です。ただし、それらは個人の責任であって、本人や家族が、場合によっては親類や近所の人たちが解決すべき問題と考えられてきました。しかし、児童虐待も自殺も、今や社会の問題と認識されるようになりました。

古典的なリスクは、担当する役所や学問が確立されているのですが、「人間らしい生き方への被害」には、まだそれが確立されていません。

マッセ大阪で講義

2026年7月24日   岡本全勝

今日7月24日は、マッセ大阪での研修講師に行ってきました。大阪府内の市町村職員の広域的な研修研究機関です。

関西大学との共催で、「行政職員が知っておくべき自治体の “お金” の話」です。私が1日目を、林宏昭先生が2日目を担当します。
対象者は、財政経験のない職員です。どのような構成にしようかと、悩みました。私がかつて本を書いたり講義をしたのは、地方財政論や地方財政の仕組みであって、学生や実務者を対象としていました。財政経験のない人に、短時間で地方財政を知ってもらうには、どのような内容にするのがよいのか。いくつか本を見ましたが、意外とないですね。

そこで3つの角度から、説明することにしました。
その1は、各地方自治体の仕事とそれを支える財政がどうなっているか、現場の地方行財政です。
その2は、日本の地方行財政の仕組みです。日本の地方自治体の税財政制度は、法律によって枠組みが決まっていること、そして国による誘導と地方団体間の調整が行われていることに特徴があります。これが、全国で均一な行政サービスを提供できる理由です。
その3は、現在の地方行政と地方自治体が抱えている課題と、それに対しどのように取り組まれているかです。
とはいえ短時間なので、「見方」をお教えして、あとは各自の関心に応じて、勉強してもらうことにしました。事前に関心事項を調査してくださったので、それも参考になりました。

また、私の話を聞くだけではつまらないので、班別討議を組み込みました。皆さん、熱心に話を聞いてくださり、討議も活発で、目的を達したようです。対面の講義は反応がよくわかって、やっていてやりがいがあります。

埼玉県職員研修で講師

2026年7月21日   岡本全勝

今日7月21日は、埼玉県に呼ばれ、職員研修の講師に行ってきました。去年に続き、2度目です。
主題は「自治体職員のマネジメント力」で、課長を目指す職員が対象です。今回も、私の講義と班別討議を組み合わせました。
討議は2問、事務局と一緒に考えた問題です。検討結果を発表するだけでなく、班同士で質疑をします。これが緊張感をもたらします。最初はぎこちなかった討論ですが、後半は盛り上がりました。参加型の研修は、効果があると思います。研修生たちには、負担になったと思いますが。

さいたま市は、午前中に35度を超えていました。最高気温は38度とか。会場は冷房があるのですが、駅から会場までが暑かった。

連載「公共を創る」第265回

2026年7月16日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第265回「これまでの議論ー成熟社会での不安」が発行されました。
前回から、現在の社会の不安と課題を説明しています。日本は豊かで便利な、そして自由で平等な社会を実現したのですが、それで幸せな社会が実現したのではありませんでした。
自由は責任も連れてきました。幾つもの選択肢の中から選ぶことができるということは、何を選ぶかを自分で決めなければならないということです。「親が決めたから」という言い訳はできません。そして、競争に参加する必要があります。そこでは努力をしなければなりません。競争での敗北は自己責任です。人生の選択と言った大きなものだけでなく、今日何を着ていくかというような、日々の暮らしにもそれはあります。

自由は孤独も連れてきました。近代の目標の一つは、身分、家、ムラ、宗教などの伝統的束縛から人を解放することでした。ところが、それらの拘束から解放されると、人はバラバラな個人となります。帰属する集団、頼るべきところがなくなり、孤立することになったのです。
平成時代に一人暮らしが増え、「おひとりさま」という言葉が生まれました。それは、煩わしさが減る反面、助けてくれる人が少なくなるということでもあります。

豊かさを達成した日本は、新しい不安に覆われているように見えるだけでなく、そもそも元気がないという問題を抱えています。それは、平成以降の長期停滞の原因であり、結果であるのかも知れません。 昭和後期には、憧れを求めて、国民は努力しました。その意識と努力が、昭和の発展を支えました。成長を達成すると、憧れがなくなり、それに代わる憧れが見つかりません。憧れていたものを手に入れたこと、さらには手に入れたものがこんなものだったかと気付いたことで、達成の喜びも次の目標に向かう活力も低下してしまったのでしょう。

近代社会を発展させた三つの仕組み(科学技術、市場経済、民主主義)と、進歩という思想が輝きを失い、批判の対象になりました。

コメントライナー寄稿第29回

2026年7月15日   岡本全勝

時事通信社「コメントライナー」への寄稿、第29回「所管のみ、目標なき役所」が7月10日に配信され、14日のiJAMPにも転載されました。

中央省庁や自治体の幹部と話すと、みんなが「忙しい」とぼやきます。日々起きる問題の対処の上に、首相官邸や首長から下りてくる指示が増えています。他方で職員数は増えず、現場では悲鳴が上がっているようです。しかし、国民や住民から見ると、その割には社会の課題は解消しているようには見えません。なぜ、そのようなズレが起きるのか。

一つは、日々生じる問題への「対策」に忙しくて、現在の問題を踏まえてその解消を図る「政策」がおろそかになっていることでしょう。対策は出てきた問題に対応するので、受動的です。その中で目標を考えることはありません。それに対し、政策は能動的に未来を考え、将来像を示します。大きな政策課題を後回しにして、小さな課題への対策に注力していては、全体として成果は上がりません。
もう一つは、役所の各部局には、「任務と所管」は定められていても、「目標」は与えられていないことです。各省設置法や組織令には任務のほか、所掌事務が詳しく書かれていますが、その目標は書かれていません。

役所の職位と任務を分類すると、指示されたことを実行するのが一般の職員で、その職員を使って与えられた目標に取り組むのが管理職です。その管理職に与える目標を考えるのが幹部です。
所掌事務しか書かれていない組織において、何が課題なのかを考え、それら課題に優先順位をつけ、いつまでにどのように進めるのかを考える。そして、大臣や首長の了解を取って、部下を指揮して解決に導く。それが幹部の役割でしょう。