カテゴリーアーカイブ:著作と講演

連載「公共を創る」第258回

2026年5月14日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第258回「これまでの議論ー戦後経済の成長と停滞」が発行されました。これまでの議論のおさらいを続けています。前回から、「昭和の変化」を見ています。その第一は、驚異的な経済成長でした。そして、なりわいの中心が、農業から工業や商業に移りました。

その具体的な現れを、富山県の場合と私の実体験で説明しました。しかし、それだけでは測ることができない「意識の変化」もあります。それは、豊かさの実感です。そしてそこには、豊かになりつつあるという体験と、さらに豊かになるという夢と、そしてそれが実現するであろうという期待がありました。豊かになったという実感とともに、働けばあすはきょうよりもっと豊かになるという思いがありました。社会と暮らしは進歩するという信念があったのです。それは個人の意識であり、社会の通念であり、時代の精神と言うべきものでした。

経済成長がもたらしたことの中でも一番素晴らしいことに、平等があります。身分制度を廃止しても、また農地解放をしても、生まれによって職業や貧富の差が固定されていては、経済的平等は達成されません。経済成長による商工業の発展と農業からの職業転換、そして高学歴化は、生まれによる経済的格差を壊しました。生まれではなく、本人の能力と努力とで出世でき、豊かになれるようになりました。親の職業にも縛られない人生を、自分で選び取ることができるようになったのです。

連載では次に、「平成の変化」を見ました。うまくいった昭和の変化に対し、平成時代がうまくいかなかったことが焦点です。
1991年、平成時代に入って3年目に。バブル経済が崩壊しました。バブル経済の崩壊で、経済成長がマイナスになり、さらにその後、長い経済停滞の時代に入ります。平成時代を昭和後期と対比する場合、一番の特徴は経済の停滞です。今振り返ると、それは景気変動の一環ではなく、構造的な問題だったのです。

コメントライナー寄稿第28回

2026年5月13日   岡本全勝

時事通信社「コメントライナー」への寄稿、第28回「少子化対策、産業界の責任」が5月12日に配信されました。

人口減少が進み、少子化対策は国家の大きな課題です。子どもの数が減った要因の一つは、結婚しない若者が増えたからです。意識調査では、若い人の結婚願望は昔と大きく変わらず、「結婚したいけどできない」という人も多いようです。長期不況で非正規労働者が増え、その人たちは将来の生活にも不安があり、結婚に踏み出せないのでしょう。「リストラ」「小さな政府」という主張の下、人件費を削ってきたツケが回ってきたともいえます。若い人の給与を引き上げ、身分を安定させること、そのためにも日本経済の再生が少子化対策の肝でもあるのです。

もう一つの要因は、今の日本が子育てに優しい社会ではないことです。
長時間勤務を減らすことはもちろん、子育て中の両親には柔軟な勤務時間を認める必要があるでしょう。また通勤地獄では、子どもを会社の近くの保育園に連れて行くことは困難です。住宅と勤務地が離れた長距離通勤は、共働きの子育て家庭を想定していません。子育ては専業主婦である妻に任され、父親には朝早く出勤し夜遅く帰宅することが許されていたからできたのです。

2025年10月に、経済界を中心に「未来を選択する会議」が設立されました。設立趣意には、「私たち一人ひとりが希望する『生き方』『くらし方』『働き方』を実現し、豊かに安心してくらすことができる日本社会をどうつくっていくかが大きな課題となっています。未来を選択する会議は、いま、そしてこれからを生きる世代がいきいきとくらせる日本社会の実現をめざしています」とあります。
ようやく物価、給与、株価が上昇し始め、長期不況が終わりそうです。かつて、日本の企業経営は世界一と評価されました。もう一度、世界に誇れるような職場と社会をつくってほしいものです。

大和大学で講義

2026年5月11日   岡本全勝

5月11日は、大和大学に行って政治経済学部で講義をしてきました。大学は大阪府吹田市にありますが、奈良県の西大和学園が経営しています。総長・創設者である田野瀬良太郎・元衆議院議員のお招きです。

まだ新しい大学ですが、代表的企業の経営陣による実学講座や、政治家や元官僚による特別講義などに力を入れています。私の講義も、その一つです。
我が身を振り返って、学生時代は社会を知りませんでした。大学では、本を読んで知識を得ること、考える力をつけることだと思っていました。しかし社会人になると、それら知識だけでは不十分で、組織や社会を知らないことを痛感しました。偉人の歴史や伝記は学ぶのですが、普通の社会人の暮らしは、知りません。親が自営業なら仕事ぶりを見ることもできますが、勤め人では両親が会社で何をしているのか知らないのです。
なにより公務員も会社員も「集団作業」であり「接客業」だと知りました。勉強ができても、仕事は進まないのですよね。その経験と反省に立って書いたのが、『明るい公務員講座』です。この本を読んでおれば、私も出勤恐怖症にならずにすんだのに・・・。

それを踏まえて、私の公務員経験、特に彼ら彼女らは知らない東日本大震災対応をスライドを見せて話すとともに、社会人になるためにはどのようなことを知っていた方が良いかを話しました。
280人もの学生が、熱心に聞いてくれました。満席でした。質問時間を取ったら、次々と適確な質問が出ました。全てに答えられなかったことが、残念です。ごめん、手を挙げた学生。彼ら彼女らが、将来のことを考えるきっかけになると、うれしいです。

連載「公共を創る」第257回

2026年5月7日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第257回「これまでの議論ー日本社会の戦後の変化」が発行されました。これまでの議論のおさらい、戦後の日本の変化を続けています。

この80年間の変化、特に前半40年間の「昭和の変化」は、誠に驚異的なものでした。いずれの時代にも社会は変化しまが、この間の変化は、その大きさにおいて例外的なものでした。
日本列島に住んだ人たちの暮らしを超長期で見て、最も簡単に区分するなら、狩猟時代、稲作時代、産業化時代の三つに分けるのが分かりやすいでしょう。縄文時代と、弥生時代からほんの少し前まで、そして現代です。
終戦直後まで、日本人の約半数が農業に従事し、大半の人が農村に暮らしていました。その観点で見ると、「長い弥生時代」は、つい最近まで続いていたのです。戦後の経済成長期は、日本人のなりわいが農業から工業や商業に変わり、住む場所が村から町になった時代です。3千年も続いた長い弥生時代が終わるという、社会構造が変わる大変化の時代だったのです。それも地域によって差はありますが、半世紀で、いえ四半世紀で変わったのです。

昭和後期の経済成長は、なりわいを変えただけでなく、世界から驚異的と評価される素晴らしいもので、日本の経済力は世界最高水準に達しました。国全体だけでなく国民も豊かになり、便利で快適な生活が実現しました。併せて、清潔で健康的で安全で自由な社会も、手に入れました。行政は産業振興に成功し、公共サービスも世界最高水準のものを整備しました。過疎と過密という問題はありましたが、全国どこでも同じ水準の行政サービスを享受できるようになりました。「一億総中流」という言葉が定着し、平等な社会を実現したとも思われました。

ところが、そのような成果の享受は、長くは続きませんでした。「平成の変化」がやってきます。バブル経済が崩壊し、日本は長い経済停滞に入りました。当時は、一時的な景気変動であり、経済が正常化するための過程と考えられていたのですが、そうではありませんでした。長期停滞は経済面だけでなく、社会にも暗い影響を与えました。人減らしは、正規従業員と非正規従業員という格差をつくりました。

昭和の終わりは、「長い明治時代」の終わりでもありました。明治以来、日本は国を挙げて、西欧先進国に追い付くことに努力してきました。これが、100年以上にわたって「この国のかたち」の基本になったのです。ところが、昭和後期に西欧先進国に追い付いたことで、「長い明治時代」は終わったのです。それは目標の達成であるとともに、目標の喪失でもありました。産業界にとっても、行政にとっても同じでした。そして、新たな目標を設定できず、長期停滞に入りました。「失われた30年」は、次なる目標を設定できずに漂流する、日本の苦しみでもあるのです。

引き続き、連載第3章では、まず「昭和の変化」を詳しく説明しました。

連載「公共を創る」8年目へ

2026年4月25日   岡本全勝

時事通信社『地方行政』での連載「公共を創る」が、8年目に入ります。第1回は、2019年4月25日でした。
これまで256回。よくまあ続いたものです。我ながら感心します。毎回丁寧に読み込んで、真っ赤に手を入れてくれる右筆に感謝します。
4月から、第5章のまとめに入っています。もう少しで完結します。するはずです。
連載「公共を創る」6年