今日4月8日は、ヴェトナム政府幹部研修講師で、政策研究大学院大学へ行ってきました。巨大災害時の政府幹部の行動、復興時の判断についてです。たっぷり、2時間半です。
中央政府と地方政府の幹部14人が、熱心に聞いてくださいました。住民の意向をどのように集約するか、政治家からたくさんの要望が来て現場では処理できないときに断ることが責任者の役割といった点に、大きく頷いてもらいました。
質疑の時間をたくさん取ったのですが、鋭い質問がたくさん出て、時間をかなり超過しました。ありがたいことです。

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世界銀行のウクライナ復興支援講師
4月6日、7日と、世界銀行主催のウクライナ復興支援プログラムで、講師を務めてきました。場所は広島市です。「「統合的都市復興と変革(Integrated Urban Recovery and Transformation)」をテーマとした都市開発実務者向け対話型研修(テクニカル・ディープ・ダイブ:TDD)」
ウクライナからは、30人近くの政府と自治体の幹部が参加しました。
私の出番は、次の通り。
1日目。Re-imagining and reconstructing cities after crisis – urban regeneration and job creation (危機後の都市の再構想と再構築 ― 都市再生と雇用創出)での基調講演と質疑。主に津波災害からの復興を話しました。インフラだけでなく、産業(働く場所)の復旧が重要であること。国と市町村との役割分担、住民意向の把握などです。
2日目。Best practices, examples and tools for strategic planning and investment prioritization and sequencing (戦略計画、投資の優先順位付けと順序付けに関するベストプラクティス、事例、ツール)での講演と質疑。こちらは、原発被害からの復興について話しました。時間がかかること、区域を分けて進めていること、避難が長期になると住民は戻らないことなどです。
皆さん関心は高く、住民の意向をどのように聞いたか、政府は自治体をどのように支援したか、財源はどう確保したか、工事はどのような順で進めたか、住民が戻らなかったのはななぜか、などの質問が出ました。
10日には、締めくくりの総括が東京であります。
桜のきれいな時期に来てもらったので、日本を楽しんでもらいたいです。
シン・みらいチャレンジプログラム交流会
今日4月5日は、シン・みらいチャレンジプログラム 交流会に出席のため、福島県郡山市に行ってきました。
サントリーグループは、東日本大震災からの復興支援を、長年続けてくださっています。特に被災3県での地域活動に、助成と助言をしています。行政の手が及びにくい、地域の課題が対象です。ありがとうございます。私は、その審査員を引き受けています。
今日の催しは、助成先代表による成果発表と、助成先団体の交流会です。参加団体のいくつかを紹介します。
大船渡市母子寡婦福祉協会母子部・つばめカフェ、松島町しおかぜホーム、会津若松市ロータス、郡山市しゅふコミ、郡山市ブルーベリーミュージアム、福島市ビーンズふくしま・・・。
それぞれの団体の活動は、ひとり親家庭の母親支援や子どもの居場所つくりなど異なります。献身的な活動に、頭が下がります。ふだんは相互の連携がないのですが、それらの方々に連携を取って協働してもらえないかという試みです。
明日朝から、広島市で出番があるので、夕方東京駅に戻り、続いて新幹線で向かいます。
『地方公務員月報』3月号に寄稿しました
『地方公務員月報』3月号に、拙稿「働き方が変える「この国のかたち」」が載りました。この雑誌は、総務省公務員部公務員課が編集していています。省庁が関与している出版物としては珍しいでしょう。
時事通信社の専門誌『地方行政』に、「公共を創るー新たな行政の役割」を連載しています。私の問題意識は、私が採用された頃「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた日本経済がこの30年の間に地位を落としたこと、また世界一とも評された官僚組織の評価が低下したことです。
なぜ、そうなったか。それは、日本の経済や暮らしが大きく変化したのに、社会の仕組みと国民の意識が追いついていないこと、そして何より官僚と行政がそれに先回りして対処できていないということです。経済発展期にできあがった社会の仕組みが、成熟社会になった現在の日本には適合しなくなり、「この国のかたち」を、成熟期のものに転換している途中なのです。
その象徴的な場面が、働き方です。そこで、私が国家公務員になってから約半世紀、働き方がどのように変わったかを、体験に基づいて整理してみました。職員研修で述べていることなども、盛り込みました。若い人が読むと、理解できなかったり、笑うかもしれません。
見出し(目次)を並べておきます。
長時間労働を自慢した。偏った生活。「男女共同参画」がやってきた。少子化の原因。不満な従業員。職場管理をしてこなかった。人事政策がなかった。管理職を育ててこなかった。管理職は別に育てる。日本的雇用慣行の終わり。やる気と努力が責任と処遇に反映される仕組みへ。
この間の変化とともに、人事政策関係者に苦言を呈しました。拙著『明るい公務員講座』3部作が、結構売れています。それはうれしいのですが、そもそも人事の専門家でない私が書いた本が売れること、そして人事課にそのような本を書く人がいないことが問題なのでしょう。また、管理職研修の講師に呼ばれることが増えたのですが、主催者が一様に言う悩みは、「管理職研修の定番がない。講師もいない」です。
地方公務員の環境の変化と在り方に関しては、過去に次のような文章も書きました。今回はそれらの総集編でもあります。
「不思議な公務員の世界ーガラパゴスゾウガメは生き残れるか」『地方自治』2008年5月号(ぎょうせい)
「安心国家での地方公務員の役割」『地方公務員月報』2011年4月号(総務省自治行政局公務員課)
連載「公共を創る」第254回
連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第254回「これまでの議論ー大震災の復興から見えた論点と方向性」が発行されました。今回から、「第5章 社会は創るもの」に入ります。
2019年4月から250回あまり続けてきたこの連載ですが、一通りのことを述べたので、いよいよまとめに入ります。連載の表題は「公共を創るー新たな行政の役割」です。その趣旨を第1回で書きました。
・・・なぜ今、公共を考えるのか。
それは、これからの行政を考えるには、これまでの行政の範囲を超えて、より広い視野で捉えなければならないからです。
日本の行政は、豊かさという目標を達成しました。他方で、私たちの暮らしとそれを支えている社会が、大きく変化しています。住みよい社会をつくるには、広く公共を考え、その中での行政が果たすべき役割を考える必要があるのです。
そこで、公共とは何か、どのように変化しているか、そしてこれからどのように変えていくべきか。それを考えたいのです・・・
この7年間、社会ではいろいろなことが起こり、私も書いているうちにいろいろなことに気付きましたが、この問題意識は改める必要はなさそうです。
連載は、「第1章 大震災の復興で考えたこと」から始めました。それは、東日本大震災の復興で私が体験し考えたことが、公共の変化を考える出発点だったからです。
それまでの災害では、政府や地方自治体の役割は、避難者の生活支援や仮設住宅の提供などをする(応急対策)ほかには、公共インフラや公共施設を復旧すること(災害復旧)でした。住宅の再建や事業の再開は、個人の責任でした。ところが、東日本大震災では、公共インフラなどを復旧しても、まちのにぎわいは戻りませんでした。
一つには、人々の暮らしには、商業などのサービス提供と、働く場が必要だということです。それらは民間の役割と考えられてきたのですが、過疎と高齢化の進んだ地域では、政府が支援しなければ再開されませんでした。もう一つは、人と人とのつながりの重要性です。家族をなくした人、ご近所付き合いが絶たれた暮らしは、孤独と孤立を生みました。それを防ぎ緩和するために、政府は乗り出しました。
これらは、従来の公私二元論、すなわち、政府(公)は(国力増進のための産業振興や社会の安全と安定のための規制を除き)民間企業の活動(私)には介入しない、政府は(紛争が起きた際の解決のための民事裁判を除き)個人の生活(私)に関与しないという原則では、整理しきれない活動でした。しかし、現実に問題が起こっており、誰かが対処しなければなりません。住民や非営利団体(NPO)の声にも押されて、少しずつ原則を破って仕事を広げていきました。
「第2章 暮らしを支える社会の要素」では、第1章での議論を踏まえて、従来の社会の見方を変えることを提案しました。その見方を変える一つは、公私二元論から官共業三元論への転換です。私は、大震災からの復興での経験で、NPOやコミュニティーなど非営利活動の存在と重要性に気がつきました。また公私二元論は、個人は自立し、互いに対等な関係に立つという前提で、いくつもの「弱者」を隠していました。