カテゴリーアーカイブ:日経新聞夕刊コラム

日経新聞夕刊1面コラム「あすへの話題」連載

2018年7月1日   岡本全勝

2018年1月から6月まで、日本経済新聞夕刊1面コラム「あすへの話題」を毎週木曜日に執筆しました。日経のウエッブサイトでも読むことができます。
このホームページでは、「補足説明」も書いておきます。

(連載一覧)
1 1月4日 前例はない
2 1月11日 暗闇の灯台になる 追記
3 1月18日 企業の貢献
4 1月25日 鯉が包丁を持つ
5 2月1日 お詫びの訓練
6 2月8日 職場の非常識
7 2月15日 私設ホームページ
8 2月22日 いつ寝るか
9 3月1日 仕事人間の反省
10 3月8日 3.11から7年
11 3月15日 社会の財産
12 3月22日 フルート
13 3月29日 帽子
14 4月5日 新人諸君へ
15 4月12日 新聞の読み方
16 4月19日 未来との対話
17 4月26日 この国のかたち
18 5月10日 自治体と企業
19 5月17日 NPOの活躍
20 5月24日 高円寺のカエル
21 5月31日 仏像
22 6月7日 内閣官僚
23 6月14日 鷹の目と象の時間
24 6月21日 明日香村
25 6月28日 人間修養道場

5月3日 番外編1(執筆に当たって、主題とオチ)
6月30日 番外編2(連載を終えて、分類など)

日経新聞夕刊コラム終了

2018年6月30日   岡本全勝

日経新聞夕刊コラム連載が、終了しました。全部で25回でした。
お読みいただいた方々に、お礼申し上げます。読まれた感想は、どうだったでしょうか。

(元)官僚という立場ゆえ、何かと制約はあります。でも、私は楽しく書かせてもらいました。行政の話ばかりでは、面白くないですよね。これまで考えていたこと、経験したことの中から、紙面にふさわしい主題を選びました。話題はたくさんあって、選ぶのに苦労しました。知人から「××については、書かないのか」という催促もありました。
「けっこう、好きなこと書いているじゃないですか」「官僚として、ギリギリのところを書いていますね」といった感想も寄せられました。ある人からは「新聞、それも一面に嫁さんの名前を書いて、ヨイショするとは」と、あきれられました(苦笑)。

25回は、次のように分類できます。
大震災関係 1、2、3、10回
官僚経験 4、5、6、8、9、14、15、22、23回
行政論 11、16、17、18、19回
私生活 7、12、13、20、21、24、25回

喜多・日経新聞会長から「途中で息切れしないように」との助言をもらっていたので、連載を始める前に、粗々の全体構想を考えました。大震災の厳しい話、やや専門的な官僚論、高円寺のカエルと、固いものから柔らかいものまで混ざっていましたが、計算の上なのです。
話は具体的になるように、必ず私の経験を書き込んだので、「自慢話」ようになったものもあります。全回を通しての主題を、「官僚の生態学」「官僚が考えていること」としたので、どうしてもそのようになります。御理解ください。

締めきりに追われるのは、精神衛生上良くないので、原稿は十分な余裕を持って提出しました。苦労といえば、決められた字数に納めることでした。でも、字数制限なしで長々と書くより、わかりやすい切れ味のよい文章になったと思います。
厳しい指摘と適切な助言をくださった編集者のSさんと、鋭い指摘をしてくださった校閲の方に、あらためてお礼を申し上げます。

新聞のコラムの連載は、かつて書いたことがあります。鹿児島県財政課長の時、地元の南日本新聞夕刊に、3か月間、10回書きました。 昭和63年、33歳の時です。若かったですね。もう30年も前のことです。このときも、親しい新聞記者さんに意見を聞き、加筆して活字にしてもらいました。

終わってしまうと、あっという間でした。また、このようなコラムを書く機会があれば、うれしいですね。
半年間、お付き合いいただき、ありがとうございました

日経新聞夕刊コラム第25回

2018年6月28日   岡本全勝

日経新聞夕刊コラム第25回(最終回)、「人間修養道場」が載りました。

世間知らずというか、甘やかされたというか。若いときは「たいがいのことは、自分の思い通りになる」と思っていました。母親も近所のおばさんたちも、先生たちも、みんな大事にしてくれました。で、キョーコさんとの新婚生活は、ショックでした。
その後、家庭と職場の両方で経験を積んで、褒めること、頭を下げることを覚えました。なぜ、もっと早く気づかなかったのでしょう。反省。

「職場は人間修養道場だ」と、教えてくださった先輩に感謝します。
私が経験で得た知識は、『明るい公務員講座』と『明るい公務員講座 仕事の達人編』に書きました。皆さん、経験して学ぶことなのですよね。でも、そんな簡単なことは、それが基本なのですが、本には書かれていません。

25回の連載を、どのような形で締めようかと考え、この話を最後に持ってきました。キョーコさんは、合計3回登場しました。この項続く

日経新聞夕刊コラム第24回

2018年6月21日   岡本全勝

日経新聞夕刊コラム第24回「明日香村」が載りました。

正確には、私が生まれた昭和30年当時は、奈良県高市郡高市村大字岡でした。その後に合併して、高市郡明日香村大字岡になりました。飛鳥村と書かないのは、合併した旧村の一つが飛鳥村で、新しい村の名前に明日香村を使ったのです。いずれも、万葉集に出てくる「あすか」(万葉仮名)です。本籍は、そこに残してあります。

「岡」と「岡本」というのは、古い地名のようです。岡寺という有名な寺があり、その門前町で栄えました。西国33ヵ所の第7番札所で、私の子供の頃までは、巡礼の人を見ました。春や夏のお祭りや市も、賑やかでした。今となっては、過去形です。
岡本宮は、7世紀に、岡にあった大和朝廷の宮殿です。岡の麓で、岡本と名づけたのでしょう。わが家の祖先も、それにあやかって、名乗ったようです。折口信夫さんの親戚になるとのことです。書かれたものにも出て来ます。「・・大和の明日香村岡寺前の岡本善右衛門の八男・・」。

石舞台古墳は、当時は石室の上に、登ることができました。あの大きな石ですが、ある方向からは、子供でも簡単に登ることができるのです。今は、登ることは禁止されています。玄室には、入ることができます。壁や天井の巨大な石が、怖かったです。落ちてこないかと。

小学校高学年になるまで、学校にプールはなく、青年団の兄ちゃんたちが、飛鳥川をせき止めて天然プールを作ってくれました。今となっては、ぜいたくな話です。
新たにできたプールも、飛鳥川の水を引き込んでいました。その季節になると、上流の家の子供たちはチラシを持って帰ります。「川の水をプールに使うので、農薬を使わないでください」といった趣旨が書かれていました。
魚、カエル、蛍、トンボ、蝉、モグラ・・・たくさん捕まえて、殺してしまいました。生き物たちにひどいことをしました、すみません。学校の解剖に使ったカエルは、板蓋宮跡の井戸(当時はそう呼んでいました)で捕まえました。
家では蚊帳をつって寝ましたが、玉虫も飛んできました。蛇もムカデも来ましたが。
昭和30年代の故郷の話は、始めると尽きません。それはまたの機会にしましょう。

来週で、この連載も最終回です。

日経新聞夕刊コラム第23回

2018年6月14日   岡本全勝

日経新聞夕刊コラム第21回「鷹の目と象の時間」が載りました。
「鷹の目と蟻の目」、あるいは「鳥の目と虫の目」は皆さんご存じですよね。視野の広さです。拙著『明るい公務員講座 仕事の達人編』でも、わかりやすい挿絵を描いてもらいました(第3章扉)。

長期的な視野と短期的な視野を、どのような比喩で例えるか。なかなか良い言葉が見つかりません。そこでお借りしたのが、本川達雄著『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学』 (中公新書、1992年)です。
初めてこの本を読んだ時は、驚きました。へ~、そうなっているんだと。もっとも、人間はこの算式に、ぴったりとは当てはまらないようですが。

このコラムにも書きましたが、鼠も象もお互いに、自分以外の「時間の進み方」は知らないのでしょうね。人間だけが、このように他の生物の「時間」を計測して、比較することができます。
もっとも、私たち個人個人は、自分の「時間」でしか物事を考えられないことが多いのです。だから、今回のようなコラムが成り立つのですが。
少し違いますが、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という金言があります。先達の経験と智恵を、どのように活用するか。ここに、できる人とできない人の差が出ます。