岡本全勝 のすべての投稿

早い春

東京では、多くの桜が葉桜になりました。
散歩していると、低いところでは、サツキが鮮やかな赤紫の花を咲かせ、高いところでは、ハナミズキが咲いています。中には、もう満開のものも。
私の記憶では、大型連休の頃にサツキが咲き、その後にハナミズキが咲くものでした。
ここ数日は東京も朝晩は寒いのですが、全体的に温かくなったと言うことでしょうか。

わが家の夏椿は、鮮やかな黄緑の葉をたくさん広げています。椿には、早々とチャドクガが卵を産みました。直ちに処分しました。

産業としての文化芸術

4月9日の日経新聞文化欄「コロナ時代の芸術 不要不急とよばれて」、第5回は「文化は単なる娯楽か 見取り図なき支援策からの脱却を」でした。
コロナ下で、文化芸術関係者や関係産業が、苦境に陥っています。飲食店や旅行業などと同じようにです。

政府も苦境を救うために、支援金を用意しました。ところが、必要なときに届かなかったらしいのです。
欧米諸国との比較もされています。どの国でも「文化芸術は主要な産業として認められている」のに対し、日本では「産業として分析してこなかった」との指摘があります。
文化芸術は、欧米から輸入するものであり、好きな人が楽しむ趣味だと思われていたからでしょうか。

コロナウイルスは、飲食店、旅行業などとともに、文化芸術にたくさんの人が従事していて、大きな産業であることを明らかにしました。受け手とともに、送り手がいるのです。

戦後民主主義の罪、3

戦後民主主義の罪、2」の続きです。2つ目は、建て前と本音の使い分けです。

2 建て前と本音の使い分け
憲法に書かれたことを理想と掲げつつも、実生活では違ったことをしています。そして、それを変だと思いませんでした。
例えば男女同権は、日本型雇用慣行ではまったく適用されませんでした。女性社員は男性社員の補助として扱われ、結婚したら退社を余儀なくされました。女性議員や女性管理職の少なさは、世界でも突出しています。
結婚は両性の同意に基づくといいつつ、親が決めたり、親が反対することも続きました。

日本では、憲法という建前の世界と、世間という本音・実態の世間の2つがあります。世間とは、日本社会の集団主義であり、個人を縛る力です。前者は、個人が主体で、権利と義務があり、もめるときは法律で決め、裁判で決着をつけます。後者は、個人より先に世間があり、法律ではなく世間常識が規則です。もめたときは、裁判ではなく、お詫びで片をつけます。
会社でも社会でも、「世間の常識」に従うことが要請され、時に強要されます。「空気を読め」とです。それに反する行動をした場合は、「世間をお騒がせしました」と謝罪を要求されます。
新型コロナウイルス感染症拡大の際に、外出や会合そして会食の制限が私権の制限であるにもかかわらず、法律ではなく自粛要請で行われます。そして自粛要請に従わない店や利用者を「取り締まる」のは、警察ではなく、匿名の個人の批判なのです。公務員が自粛要請に反し、夜遅くまで大勢で会食をした際におとがめを受けるのは、コロナ特措法違反ではなく、信用失墜行為としてです。

「変な平等主義」も、この延長にあります。平等が主張されます。それはもっともなことです。ところが憲法が定めた平等は、法の下の平等扱いであって、現実には各人は平等ではありません。身長、体重、運動能力、性格、趣味などなど、人は平等ではありません。「順位を付けない運動会」は、「変な平等主義」の表れでしょう。
目立つ人をやっかみます。エリートの存在を許さず、足を引っ張ります。しかし、そのような人たちがいないと、社会がうまく回らないことも事実です。エリートの存在を許さないのに、彼らが職責を果たしていないと批判します。官僚批判には、このような面があります。
この項続く。

「いずれ対策はとられるだろう」

4月7日の朝日新聞オピニオン欄「専門誌に聞け」、「週刊東洋経済」西村豪太編集長の「資本主義を見つめて:2」から。
・・・創刊5千号という記念号が出たのは1991年のことでした。私はその頃この会社への入社が内定した直後で、当時もらった実物をまだ保管しています。記念号の特集タイトルは「GNPが世界一になる日」でした。20年後の2010年に日本はGNP(国民総生産)世界一の国になっている――そんな未来像を思い描ける時代だったのです。ただ特集の中身自体は、タイトルから想像されるものよりは冷静でした。最後に次のように総括されているのです。
日本が若年人口の減少や高齢化という問題に直面していることは今から分かっているのだから、いずれ対策はとられるだろう。今のままではダメだが、政治家も官僚も変わるに違いない。2010年の日本は、国家としての力は弱まっているかもしれないが住みやすい国になっているだろう……と。
当時の記者が取材を重ね、未来への期待を形にしたらどうなるかと考えた結論でした。長期的課題を前にして「いずれ対策はとられるだろう」という楽観を持つことは禁物だと自戒させられます・・・
参考「変えなければ変わらない

日本は貧しい国

4月6日の朝日新聞オピニオン欄「株高 冷たいバブル」、坂本篤紀・日本城タクシー社長の「日本の実態は貧しい国」から。
・・・じつはコロナの前から、日本の経済は終わっていると感じてました。海外のお客さんが口をそろえて言うのは「日本は物価が安い」。日本は円安とデフレで「貧しい国」だから、海外から観光客が来てただけなんですよ。
少しでも客をとろうと、割引をしている事業者もたくさんいます。でも、僕は逆やと思うんです。労働を安く売ったら、日本はますます貧しくなるだけでしょ。公務員たたきや生活保護バッシング、何よりもそれらをあおる政治にももううんざりです。
お金がないと優しくなれないのは当たり前。けど、それで、他人の足を引っ張ったところで、みんなで貧しくなるだけやないですか。「あいつらがいるから悪い」じゃなくて、「俺にもくれ」と言わなあかん。給料が増えれば、みんなお金をつかって、税金も払いますよ・・・

日本の労働者の賃金は、安いのです。2000年から2019年にかけての平均賃金の伸び率は、G7中ほかの6か国は、アメリカやイギリスでは7割近く、イタリアでも4割ほど伸びているのに、日本だけが減少しています(OECD調査)。
最近のビッグマック指数は、アメリカ590円、イギリス493円に対し、日本は390円です。タイが443円、韓国428円で、日本より高いのです。原材料費に大きな差がないとするなら(少なくとも日本の原材料費が安いとは思えません)、差の原因は人件費でしょう。日本の労働者が、安く使われているのです。

「競争が厳しいから、価格を据え置き、賃金も上げられない」と経営者は言いますが、日本国内の外食やファストフードは国際競争しておらず、国内の他社と競争しています。ハンバーガーも牛丼も人件費を上げて、価格に転嫁すれば、売れ行きが落ちることはないでしょう。