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連載「公共を創る」第141回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第141回「近年の行政改革における問題点」が、発行されました。前回から、行政改革を振り返り、改革で目指された政治主導の現状を評価しています。

第2次安倍内閣と菅内閣では、政治主導や内閣主導ではなく、官邸主導という形が定着したようです。「官邸一強の弊害」という批判もあります。その一つは、官僚たちが官邸からの「指示待ち」になったというものです。
ただし、「官邸一強」と呼ばれるのは、官邸と各省官僚との関係だけで、与党と内閣・官僚たちの関係は変わっていないようです。官僚は、官邸の了解を取ることとは別に、与党の了解をも取らなければならないのです。政治指導の一元化は、されていません。
また政治改革も、道半ばです。二大政党制は定着せず、国会での党首討論も開かれません。政党の政権公約についても、マニフェストは定着しませんでした。

行政改革の話に戻すと、公務員数の削減は業務にしわ寄せが来ています。そして、新しい仕事に取り組まなくなったように見えます。

教員の不足

1月16日の日経新聞1面は、「教育岩盤・迫る学校崩壊(1)」「先生の質を保てない 公立2000校で欠員、1年で3割増加」でした。

・・・教員不足や不登校の急増などで「学校崩壊」の危機が迫っている。社会の変化に応じて仕組みを変える動きの鈍さが原因だ。人材育成の土台が機能不全に陥れば国力の低下を招きかねない。学校を持続可能にする条件を探った・・・

文部科学省の2021年の調査では、公立小中高校と特別支援学校の1591校で2065人の欠員が生じていました。日経新聞の調査では22年5月で、2092校で2778人の欠員が出ています。
数の不足だけでなく、教員の質の低下も危惧されています。志願者数が減って、力不足の教員も採用されているようです。
「日本の教育は優秀」といわれていたのですが、そうではなくなっています。この課題にどのように対応するか。政府と自治体の力が問われています。

経営者の謝罪会見

1月17日の読売新聞解説欄に「トップの陳謝 「火に油」注意」が載っていました。

・・・不祥事やトラブルを起こした企業が行う「謝罪会見」。昨年だけでも三菱電機の検査不正やKDDIの通信障害などで、経営トップが頭を下げる光景が繰り返された。そもそも企業はなぜ謝るのだろうか。

「お客様や関係者の皆様に多大なるご心配とご迷惑をおかけしておりますことを深くおわび申し上げます」
三菱電機の漆間啓社長は昨年10月、鉄道車両向け製品などの不正検査問題を巡り、現旧役員の処分を発表した。謝罪会見では、まず役員がこうした「口上」を述べ、深々と頭を下げるのがお決まりのシーンだ。
組織改革などの「再発防止策」がついてくるのもお約束。社長は「しっかりやっていく」と強調したが、2021年に不正が発覚してから五月雨式に新たな問題が出ている。企業風土を変えられるかは疑問が残った・・・

・・・東北大の増沢隆太特任教授によると、企業の謝罪会見が多くなったのは1990年代後半。それ以前は不祥事を起こしても、世間に「謝罪する」というよりは記者に「説明する」という側面が強かった。
変化の背景には、インターネットの普及があるという。ネット掲示板やSNSで「個人の正義感や、足を引っ張ろうという感情の発信が容易になった」。企業は従来以上に世論に配慮し、会見を開くようになった。
その結果、会見は「劇場化」していく・・・

詳しくは原文を読んでいただくとして、2000年の雪印乳業・集団食中毒事件、2007年の船場吉兆・ささやき女将などが紹介されています。若い人は知らないでしょうね。
元「お詫びのプロ」より。「お詫びの仕方・形も大切

プロの経営者のいない日本

1月13日の日経新聞経済教室、久保克行・早稲田大学教授の「企業トップのスキルを問う 経営者の市場を確立せよ」から。

・・・まず、当然のことながら上場企業の経営者には、経営陣に参画する時点で実質的な経営スキルを保有していることが求められる。「実質的な経営スキルを保有している」ということの解釈は様々だが、一つの考え方は、過去に企業経営の経験があるかどうかだろう。
現在の大企業トップは、難易度の高い多くの意思決定が求められる。ふさわしい経験や能力を持つ人が経営者に就くことは、その企業だけではなく社会的にも望ましいといえよう。
ここで疑問が浮かぶ。そもそも日本の経営者は就任前に経営者としてのトレーニングをどの程度受けているのか、言い換えると経営スキルをどの程度保有しているのだろうか・・・

・・・図は2つの指標を示している。一つは「資本関係のない他の上場企業で経営の経験がある経営者」の割合、もう一つは、「資本関係の有無を問わず他の上場企業で経営の経験がある経営者」の割合である。前者が真の意味で経営のプロフェッショナルを示す指標と考えられる。なお、ここでは社長・最高経営責任者(CEO)などの肩書を持つ役員を経営者とした。また非上場・海外企業での経営経験は集計から除外した。
結果は驚くべきものだった。一言で言うと、日本では狭い意味での経営のプロ、すなわち資本関係のない他の上場企業で経営の経験をした経営者によって経営される企業は、全くと言っていいほど存在しないということである・・・

・・・現時点で、経営者の労働市場が機能していない理由の一つは、諸外国と比較して日本の経営者が概して高齢であり、退職後も企業や団体の様々な役職に就いていることがある・・・

オンライン会議の機能と限界

先の日曜日の午前中、オンライン会議に参加しました。ある学術出版について、執筆者と編集者による打ち合わせです。私も、そのうちの1章を分担しています。
この企画が昨年春に始まって以来、様々なやりとりは、電子メールでの連絡と、オンライン会議を組み合わせて行われています。執筆の際の形式などそろえるべき要素は編者から指示があり、執筆者はそれに従って分担執筆します。とはいえ、進めていくうちに、相互に調整をとらなければならないこと、統一した方がよいことが出てきます。そのための、オンライン会議でした。
執筆者が20人を超えます。この人たちが集まるのは、かなり難しいことです。各地から集まるとなると、時間もかかります。それを考えると、自宅から参加できるのは、便利なものです。

参加して、便利なものだと思いつつ、違ったことを考えていました。
参加者は、著名な学者さんたちです。久しぶりにお目にかかる方や、初めてお目にかかる方もおられます。会議が始まる前に、簡単な挨拶はできるのですが、それ以上はできません。
集まっての会議の「効用」は、そのような人たちと挨拶を交わすこと、雑談ができることです。そして、気になっていることを相談したり。親しくなるということは、そういうことですよね。場合によっては、会議後に席を移して話すこと、食事に行くこともあります。

毎年秋にニューヨークで国連総会が開かれ、都合がつく限り総理が出席されます。ところで、総会では各国の代表が入れ替わり、それぞれ主張を述べるだけです。他の国の代表はほぼ出席しておらず、各国の外交官が座って聞いています。それはそれなりに意義はあるのですが、これがどれだけの効果があるのか疑問に思うこともあります。それだけなら、ビデオでの出席と同じです。
ところが、国連総会に各国首脳が出席する意義は、本会議だけではなく、その前後に開かれるいくつもの各国首脳同士の1対1の会議が重要です。これを個別に行おうとすると、日程の調整や各国間の移動など、大変な労力が必要になります。会合に集まるというのは、そのような付随機能があるのです。