岡本全勝 のすべての投稿

国際法と国際関係の相互作用

7月20日の朝日新聞オピニオン欄、小和田恒・元国際司法裁判所長へのインタビュー「国際法の理想の長い旅」から。
東京大学とオランダのライデン大学が秋に共同で始める「小和田恒記念講座」について。
――講座の狙いは何でしょう。
「第一に、法の支配に基づく国際秩序への挑戦が冷戦終結から今世紀にかけ台頭した背景と、その克服です。私が終生の実践と研究の対象とする『国際法と国際関係の相互作用』から探ります」
「17世紀の欧州で宗教戦争を和解に導くウェストファリア講和が実現し、主権尊重と内政不干渉を中核に主権国家が併存する近代国際秩序の枠組みが確定しました。ここから発展した近代国際法学には、ユートピアを目指す規範主義的指向が強く、国際紛争の平和的解決を掲げた1899年のハーグ平和会議で頂点に達します」
「これに対し2度の大戦とナチス台頭への幻滅から生まれたのが国際関係学で、ジャングルの掟が世界を支配するという認識に立つ現状肯定的指向が主流です。国際法学が目指す理想と、国際関係学が取り組む現実のギャップを埋める努力がなく、国際社会観を乖離させてきたのではないか。近代以降の歴史の流れを巨視的に見て『国際法と国際関係の相互作用』を的確に捉えることが、世界に安定をもたらす道と考えます」

――「国際秩序への挑戦」と言えば、いま世界は米中対立やコロナ禍で混沌としています。
「歴史は繰り返すと言われますが、私は国際秩序はらせん状に進化すると考えます。今はその進化の途中の『幕間(まくあい)劇』であり、講座ではこの紆余曲折を乗り越える歴史的課題に接近を試みます。国際法と国際関係のギャップを埋めるため、宗教や文化、感情といった人間集団に影響する様々な要因を学際的に探ることも必要です」
この項続く

本を増やさない2

本を増やさない」の続き、その後の経過報告です。
キョーコさんが崩してくれた本の山から発掘された本の中に、読みたい本がたくさん出てきます。それを、順次読んでいます。これで満足しておれば、新しい本を買わずにすむのですが(前もって笑い)。

1 本屋に行かない決心は、守れません。書評欄や広告で、面白そうな本が載っていると、見たくなります。
2 ある本を読んでいて、関係する本が紹介されていると、読みたくなります。アマゾンで、簡単に取り寄せられます。これも、くせ者です。かつてなら、古本屋をはしごして探す必要があったのに、すぐに手に入ります。
3 いただき物の本が届きます。交遊が広がり、いろんな方から送ってもらいます。ありがたいことです。すぐに読んで、感想を送らなければならないのですが、全部に目を通すことはできません。いただいたお礼を述べたあと、積ん読になるのもあります。すんまへん。

「本を増やさない」を読んだ肝冷斎から、次のような趣旨のぼやきがありました。
・・・中国古典の続きを探そうと本の山を崩してしまい、大混乱になっています。そのおかげで、同じ本がいくつか見つかりました。しかも先に古本屋で安く買ったのを、新刊を定価通り買ったのがあるのです。ほんとうに情けなくなりますよね・・・

でも、まったく同情せず。
写真も送ってもらったのですが、彼の名誉のために転載しません。もっとも、以前に載せました。この状態よりさらにひどくなっています。

政治決定の文書保存

7月18日の読売新聞1面コラム「地球を読む」、御厨貴先生の「つなぐ重み 五輪巡る判断 公文書に」から。
・・・国立公文書館開館50周年記念式典が7月1日、東京都内で開かれた。福田康夫元首相ら来賓の講演を、感無量の想いで聞いた。
私は駆け出しの学者として、開館数年後から公文書館のお世話になった。明治の元勲政治家の手になる閣議文書や政策文書のつづりを、1ページずつめくり、近代政治の実相に迫った。ある時は大正、昭和の政党政治家の行政改革に関する議事録を読みふけり、政友会、民政党という戦前の2大政党の政策の相違をじかに感じ取った。こうして学問の神髄に触れた日々が、いまは懐かしい。
公文書は戦後、徐々に充実していった。ただ、ある時期まで、この国の官僚は公文書の保存・管理に熱心ではなかった。21世紀に入ってから、未来のためにも過去の記録と記憶を残すことがいかに大事なことであるかを、官僚はもとより、政治家も国民も、次第に理解してきたように思う。私自身、内閣府の独立行政法人評価委員会や公文書管理委員会の委員を務めることを通して感じたことだ。
公文書が重要だという認識が深まったがゆえに、安倍内閣以来、公文書の改ざんが重大な案件として問われ続けてきたのだ。「説明責任」という言葉は、かつてよりずいぶんと軽くなった。だからこそ公文書の重みは一段と増している・・・

・・・いま、新型コロナウイルス対策と東京五輪を巡る意思決定に関する内閣への風当たりは強い。東京都への更なる緊急事態宣言の発出や、東京五輪のほぼ無観客での開催は、後に令和の始まりの時期を振り返る時、いずれもかなり重大な意味を持つ決定だったことが明らかとなろう。
「コロナに打ち勝った証しとして、東京五輪を開催する」という菅首相の宣言が事実上、意味をなさなくなったからだ。「ジリ貧」変じて「ドカ貧」となるのではないか。菅政権が、そんな危機感を持つのも無理はない。これらの決定に至る過程を、きちんと公文書として残すのは当然のことといえる・・・

黒江・元防衛次官の回顧談3

黒江・元防衛次官の回顧談2」の続きです。「失敗だらけの役人人生(追補4)」(7月13日)は、「911米国同時多発テロとその後の対応」です。
当時の衝撃を読んでください。
今回、紹介したいのは、その本論のほかに、官邸連絡室についてです。3ページ目から出てきます。

小泉内閣になって、総理秘書官を出していない5つの省から、課長級の職員が秘書官を補佐する役割で常駐することになりました。
総理秘書官の実態も語られること、書かれることが少ないですが、この官邸連絡室の実態も語られることは少ないです。もちろん、秘書官たちは黒子に徹することを義務づけられていますが、どのような実態にあるのかはもう少し書かれても良いと思います。
官邸内や内閣官房についても研究書が少ないのですが、これもその一つです。

ワクチン以外の政治を

7月17日の読売新聞夕刊「とれんど」、穴井雄治・論説副委員長の「ワクチン以外にも政治を」から。

・・・東京五輪の開幕を目前に控え、56・8%の人が「オリンピックは結構だが、わたしには別になんの関係もない」という選択肢に同調したという。
1964年大会に関する世論調査である。近現代史研究者の辻田真佐憲さんは、近著『超空気支配社会』(文春新書)でこの結果を紹介し、日本の黄金時代を象徴するようなイメージは「六四年の幻想」だと指摘している・・・

・・・ワクチン接種を加速させる必要があるが、ほかの懸案が先送りされかねないことは気がかりだ。菅首相は自民党の二階幹事長に「ワクチン一本で行きたい」と語り、二階氏は「政治も政局もすべてワクチンだ」と応じたという。
たとえば、私権制限のあり方、緊急時の病床確保策、国と地方の役割分担など、コロナ禍で突きつけられた課題は多い。利害が絡み合う構造的な問題の解決こそ、政治が取り組むべき仕事である。
立憲民主党は、酒の取引停止問題で西村経済再生相を追及しているが、閣僚の辞任を成果と考える発想では物足りない。「ゼロコロナ」などと夢想せずに、具体的な改革案を示してもらいたい。
秋までに衆院選がある。空気だけで政権を選択する、というわけにはいくまい・・・

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