カテゴリーアーカイブ:社会の見方

大衆社会を変えたソーシャルメディア

2026年7月30日   岡本全勝

6月11日の日経新聞経済教室、田辺俊介・早稲田大学教授の「新しい大衆、「思い込み」加速させる構造」から。

・・・近年急速に広がったソーシャルメディア(SNSや動画共有サービス)は、人びとにどのような影響を与えたのか。そして新たなメディアは大衆社会をどのように変貌させたのか。

ソーシャルメディア以前のマスメディア(特に新聞とテレビ)が隆盛をみたのは、第2次世界大戦後の成長を経た先進諸国だ。安定した職業をもつ「中間層」が増加し、一国内の経済的平等がある程度達成されたように考えられた。
中間層に消費を促す広告の増加を伴いつつ、主要な情報取得手段となった新聞やテレビは共通の話題を提供し、一定程度均質で平等な存在としての「大衆」を生み出した。マスメディア時代の先進諸国では、貧困や不平等に対処する福祉国家を前提として、既存政党から投票先を選び、時に政権交代させる政治過程が基本モデルとされていた。
しかし1980年代以降、特に冷戦後にグローバル化が進展していく中、多くの先進諸国では所得と資産の格差が拡大して上位1%に富が集中し、一方で大衆社会の基盤とされた中間層を生み出した職業(製造業など)が減少し、不安定化した。また新自由主義的改革によって社会福祉が削減され、国家が提供してきた各種セキュリティー(身体的・法的・経済的安定性、雇用・社会保障など)喪失の不安感が広がった。

直近数十年の間に、インターネットの普及・高速化を背景としてソーシャルメディアが急速に浸透した結果、誰もが発信者となりうる情報環境へと変化した。日本の例を挙げれば、新聞発行部数は97年のピーク時に比べて半減し、テレビも2010年代より視聴時間は減少し続けた。一方、スマートフォンの利用率は優に9割を超え、基本1人1台となっている。
経済階層の不平等化の一方、情報発信の平等化が進む。これらを背景に、先進諸国における政治過程も大きく変容した。既存主要政党は、職業階層に基づく支持層の多くを失っていく。
一方でアウトサイダー的なポピュリスト政治家は、職業や近隣など旧来のつながりから遊離した人びとに対し、SNSなどを通じて直接メッセージを伝え、その支持を調達する。
ポピュリスト政治家の多くは、自らの、フェイクも含む発信内容を正当化するために、情報発信を専有してきた新聞やテレビなどマスメディアを、大衆と敵対する、腐敗したエリートの一員として批判する。

経済格差の原因となる、いわゆる上位1%の経済エリートは、自らもその一員であることが多いこともあってかあまり批判せず、他方で多くの国民にとって「外集団」となる外国人や移民をたたく。
「わたしたち」内集団を「かれら」外集団よりも好意的に見る「内集団バイアス」と、否定的で危険を感じる情報の方が人びとの感情をかき立て、行動を促すという「ネガティビティーバイアス」。この2つの認知バイアスを利用することができる「内集団である国民が被害者で、外集団である移民や外国人は加害者である」というナラティブ(物語)は、多くの人びとに浸透しやすい。
同じ社会の一員という外国人の実像より、少数であっても外国人犯罪者のようなネガティブなイメージの方が、多くの人びとに受容され、拡散されてしまう。
特に、閲覧数や「いいね!」の数が評価や経済的利益と結びつき、真実性の検証は二の次となるSNSや動画共有サイトなどでは、そのような情報の方が「バズり」、流布される。認知バイアスなどを利用できる分だけ、その主張は広まり、支持を調達しやすいからである・・・

・・・たしかに、経済的な不平等化や各種のセキュリティー不安など、大衆が感じる違和感に、既存の政党・政治家、さらにマスメディアは適切に応えることができずにいた。だからこそ、人びとは解答を求めてソーシャルメディアで情報を集め、その問題の解決策を声高に主張するポピュリスト政治家に期待してしまう。
しかし、事実に基づかないポピュリスト政治家の政策は、基本的に状況を悪化させる。第2期のトランプ米大統領が主導する支離滅裂な政策が着実にアメリカの国力を低下させているのは、その典型例であろう。
真偽不明な情報がソーシャルメディア上にまん延しているがゆえに、裏取りのなされた事実の発信者としてのマスメディアの重要性は増している。しかし、認知バイアスの加速により、マスメディアの言葉はますます受け入れられなくなりつつある。
広がる一方の認知バイアス利用に対峙して、事実を伝えていけるのか、実現は容易ではない。大衆の不安と違和感に真摯に向きあっているのかが、いまマスメディアには問われている・・・

日本は進化論を受け入れたか

2026年7月29日   岡本全勝

変な表題ですが、言いたいのは、次のようなことです。
進化論は、ご存じのように、生物が進化したもの、(神様がつくった)固定されたものではないとする考え方です。ダーウィンが、提唱しました。日本人のほとんどが学校で習い、それを受け入れていると思います。
ところが、生物については理解しているのですが、人がつくっている社会も同様に変化していくものだという認識は少ないと思うのです。生物が不変のものではなく、長時間かけて次第に変化するように、社会もまた停まることなく、変化するものだという認識です。生物界の法則を人間社会に持ち込むのは、次元が違うと批判はあるでしょうが。

ただし、ここで言う社会の変化は、かつて唱えられた「社会進化論」「社会ダーウィン主義」ではありません。「進化」は「変化」であって、「進歩」を意味していません。「進化によってよくなる」とか「生き残ったものがよいものだ」といった価値観を含みません。「適者生存」を主張しているのでもありません。社会は変化を続けていて、人や組織は変化の中で生き残る、残らないものもあるということです。

日本人は、「社会もシステムだ」とは理解したけれど、「プロセスとして変化するものだ」とは理解しなかった。そして生物界とは異なり、作為で変えることができるという理解が十分でないように思うのです。
「昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ」の境地です。それは東洋古典の理想だったのでしょうが、近代社会ではそれを許してくれません。特に経済・産業の分野です。昨日まで世界最高水準にあったものが、後発者の挑戦を受けます。それらと戦わないと、負けてしまいます。
経済成長期に、あれだけ新しいことに取り組んだ日本人が、1990年代以降、挑戦を躊躇するようになったと見えるのです。すると、「日本社会は変化することを好まない」あるいは「変化への挑戦を躊躇する」というのは、日本人の特性ではなく、近年の特徴なのでしょうか。

ジェニファー・ラトナー=ローゼンハーゲン著「アメリカを作った思想 ―500年の歴史」(2021年、ちくま学芸文庫)183ページに、プラグマティズムがダーウィンの進化論の影響でできたことを指摘しています。絶対的起源や絶対的終極を捨て去ったのです。

古典を並べただけでは文学史ではない

2026年7月28日   岡本全勝

間違っていたら、ごめんなさい。
「文学史」とか「××文学入門」と銘打っているのですが、中身は古典や有名な小説の羅列だと思うことはありませんか。「思想史」「哲学史」も同様です。哲学者や思想家の著作を並べただけ、というものが多いと思います。それはそれで意味があるのでしょうが、それでは「文学全集(簡略版)」、「思想家著作(概要)一覧」ですよね。

歴史学だと、各年の事実を羅列した年表や年代記です。それも歴史学の一つでしょうが、読んでも面白くないです。そして何より、「一枚に簡潔にまとめよ」と言われても、羅列ではそれを要約できません。
何が起きたか、何をしたかではなく、思想家や小説家が、置かれた条件の中で何をやったか、何をしようとしたのかを知りたいです。さらに、社会にどのような影響を与えたかです。

もう一つは、支配者の行動を記録しただけでは、歴史や政治史になりません。哲学者の著作を紹介しても、その時代の思想史とは言えないでしょう。庶民が何を考えていたかを無視しては、思想史にならないと思います。

ジェニファー・ラトナー=ローゼンハーゲン著「アメリカを作った思想 ――500年の歴史」(2021年、ちくま学芸文庫)を読みながら、考えました。この本については、別途紹介したいと思います(いろいろ忙しくて・・・)。

電子書籍より紙で読む方が記憶に残る

2026年7月28日   岡本全勝

7月14日の朝日新聞「紙で読むと、脳のコスパ良い? 東大グループ、漫画で電子版と比較実験」から。

・・・同じ漫画の作品でも電子書籍で読むより、紙で読む方が脳の余計な活動をおさえられる「省エネ化」に役立つようだ。東京大の酒井邦嘉教授(言語脳科学)らの研究グループが、脳活動を調べられるfMRIという機器を使い確かめた。グループは「社会的に文書の電子化が進み、デジタル教科書の導入などが検討されているが、知的活動や教育における紙の価値を再認識してほしい」としている。
同じ文章を読むにも、紙とパソコン画面で記憶や理解に違いが生じ、紙で読んだ方が読解テストや内容要約の成績がよかったという海外の報告がある。デジタルの文書は画面が瞬時に切り替わるなど、視覚的にも触覚的にも空間的な手がかりが欠け、記憶に残りにくいと考えられるが、脳で実際にどう働いているかはわかっていなかった。

研究グループは、首都圏の大学生・大学院生25人に、読んだことがない漫画を紙とデジタルで読んでもらう実験を試みた。
漫画の内容は男女2人が主人公のラブコメディーで、1話の前半と後半を男女別の視点で描く「ザッピングストーリー」と呼ばれる形式の作品。実験の参加者は、前半を紙かタブレット端末で、後半はすべてfMRI内でゴーグル型の装置で読んでもらう。その後、漫画の内容に関する問題の答えを4択から選んでもらい、反応時間や脳の活動を分析した。
問題は、前半だけ読んで答えられる「問題A群」と、前半と後半を両方読まないと答えられない「問題B群」がある。前半と後半は基本的には同じストーリーだが、主人公2人の視点が違うため、B群の解答には前半と後半の情報をうまく重ね合わせる必要があり、脳への負担が大きい。

実験の結果、前半をタブレットで読んだ場合にB群の解答時間は、A群の解答時間より1秒以上長く、統計上明確な差が出た。前半を紙で読んだ場合の解答時間は、A群とB群の間で差はなかった。
fMRIで脳活動を見ると、漫画の後半を読んでいるとき、前半をタブレットで読んだ場合は左脳の言語機能にかかわる領域(言語野)が強く活動しているが、前半を紙で読んだ場合はほとんど活動していなかった。つまり、前半を紙で読むと内容を理解しやすく、後半に脳の活動を節約できたとみられるという。

酒井さんは「タブレットだとタップ1回で画面が一瞬で変わり、すぐに次の情報が来るのに対し、紙を自然な動作でめくるわずか1秒ほどの間に、前の情報を咀嚼(そしゃく)して次のページに向かうことが内容の理解に大切ではないか」と指摘。「紙の本だとどのあたりを読んでいるかが感覚的につかみやすく、全体の長い文脈の中で主人公の発言などがどう位置づけられるかを頭の中で再構成しやすいことも考えられる」と話す・・・

日本の役所と郵便の素晴らしさ

2026年7月27日   岡本全勝

先日、アメリカの郵便事情を書きました。
戸籍関係の書類が必要なので、明日香村役場に郵便で申請しました。速達にしようかと思いましたが、レターパックライトが同じ早さ、インターネットで追跡できるとのことで、返信用も同封して、送りました。その追跡結果です。こんなに早いのです。経済指標には現れませんが、日本の貴重な財産ですね。

高円寺から明日香まで
7月21日11:16 杉並局引き受け
7月22日9:30 役場に配達

役場はすぐに処理してくれたらしく

明日香から高円寺まで
7月23日18:31 橿原局引き受け
7月24日11:58 我が家に配達