カテゴリーアーカイブ:社会の見方

テック企業が国家を乗っ取る

2026年8月18日   岡本全勝

7月29日の朝日新聞オピニオン欄、マリエッチェ・スハーケ(テック政策研究者)さんの「これはテック・クーデター」から。

・・・シリコンバレーなどのテック企業が、国家に並ぶ力を獲得したと言われて何年もたつ。いや、目の前で起きているのは、国家の権能自体を企業が乗っ取る「クーデター」なのだ――。元欧州議会議員でテック政策研究者のマリエッチェ・スハーケさんの訴えだ。民主主義が統制を奪い返す道は残っているのか。

―「クーデター」とはまた強い言葉ですね。
「かつて国防や諜報、インフラ開発といった領域は、公共の責任を負った政治と政府の専売特許でした。しかし今は海底ケーブルの開発・敷設から戦争での爆撃ターゲットの決定、さらには機密情報の真偽の選別までテック企業が担っています」
「有権者に選ばれたわけでもない企業が、監視や抑制もないまま、正当なプロセスを経ずに国家権力を奪取してしまっている。これはまさにクーデターです。テック企業の独善だけでなく、それを許してきた政治指導者たちも批判されるべきです」

―米起業家のイーロン・マスク氏が典型例でしょうか。
「彼は衛星通信サービス『スターリンク』のウクライナ側への提供を一時拒み、ロシア寄りの『和平案』を示しました。たった一人の富豪が地政学的な決定権を持ち、国際法を無視して自らのビジョンを世界に強制できる現実が生まれています」
「マスク氏に限りません。米データ解析大手パランティアはイランなどでの軍事作戦の選定に関与しているだけでなく、コロナ禍では『誰を優先的に治療すべきか』というトリアージまで担いました。膨大な情報と資本、独自のイデオロギーに基づき、一企業とそのCEO(最高経営責任者)が、民主的な政府を追い越して支配力を持つ社会が構想されているのです」

―なぜテック企業がここまで権力を握ったのでしょう。
「共和・民主両党とも、企業に自由を与えすぎました。『既存勢力に挑戦する革新の旗手』というナラティブ(語り)は魅力的だったのです。バイデン前政権時には独占禁止法を厳しく適用する努力をしましたが、成功を収めるに至っていません」

―欧州連合(EU)はテック企業の権力を警戒し、数々のデジタル規制を導入しました。
「EUの規制は誇るべきものですが、あまりにも後追いでした。今日はAI(人工知能)法、明日は量子法といった具合に、技術の進展をそのつど追いかける立法には限界があります。人員や予算も不足してきました。そして、競争力向上などの名目で、その規制自体が今や突き崩されようとしています」
「EUもロビー攻勢に対抗しきれていません。同僚議員が規制修正案を一度に120件も出したことがありますが、それはテック企業の提案と全く同じものでした。露骨な例ですが、私がより懸念するのは、学会や市民団体への支援といった『目に見えにくい形』でも企業の影響力が膨らんでいることです」

―対する欧州も、自前の有力なプラットフォームを持てていない弱みがあります。
「私たち欧州人は長く、規制がより良い景色をもたらすと信じてきましたが、それだけでは期待される結果を出せなかったのは事実です。自ら『作りあげる』ことへとかじを切らなければなりません。独自の技術基盤を築いて選択肢を持たなければ、真の主権は得られません」
「そもそも欧州はデジタル技術で米国に依存し、関係を信頼しすぎていました。しかし今や、テック企業だけでなく米政府までもが欧州の規制を攻撃し、EUの正統性そのものを揺さぶっています。『クーデター』が民間企業による権力の乗っ取りにとどまらず、さらに進んだ段階に入ったといえます」

日本社会の平等を支えたもの3

2026年8月17日   岡本全勝

日本社会の平等を支えたもの2」の続きです。
平等と言っても、政治的平等、経済的平等、社会的平等、さらには家庭内での平等などがあります。
政治的平等は、憲法で確保されました。もっとも、男女格差による不平等は、政治の面でも続いていました。政治家に女性が少ないのです。
経済的平等は、経済成長によって、かなり達成されました。しかしここでも、男女格差は続いています。女性幹部は少なく、非正規雇用は女性が多いのです。そして、非正規雇用の拡大で、格差が広がっています。
社会的平等も、形式的には憲法で達成されました。残っていた実質的な格差は、経済成長などで減りました。が、男女の不平等は戦後半世紀も放置されました。政府によって男女共同参画が進められ、解消に向かっています。教育での男女格差も続いていました。大学進学率に男女差があったのです。近年は解消しました。家庭での男女の役割分担は、まだ続いているようです。障害者への差別も残っているでしょう。
「ムラの外の人」への差別も続いています。外国人などがそれにあたるでしょう。
ここで私が述べた「戦後達成した平等」は「昭和の平等」と言えるでしょう。

1 このように見ると、これまでの憲法学や経済学、政治学での「平等」は一面的でした。
平等や自由という概念は、絶対的に定まるものではなく、その時代時代に求められる、あるいは達成したものを指しているようです。そして一定のものを達成すると、次に欠けているものが見えてくるのです。
2 「ムラ型社会」「横並び志向」が支えた日本の平等は、農村や会社内では平等を支えました。また経済成長期には、各家庭の経済的平等、学歴の平等を支えました。しかしそれは他方で、男女格差を隠していました。また、才能や努力による競争を認めない方向での力が働きました。極端な場合は「悪平等」です。
3 この記事の表題は「日本の平等を支えたもの」です。経済成長期に強化され、それに適合した「ムラ型社会」「横並び志向」は、現在の社会と適合しなくなっています。すでに「昭和の平等」は崩れつつあります。さて、これからはどのようになるのでしょうか。

電柱王国日本

2026年8月17日   岡本全勝

8月10日の朝日新聞小学生ニュース欄に「無電柱化で通学路を安全に」が載っていました。ウェブ紙面では、読むことができないようです。
無電柱化とは、電線や通信線を地中に入れて、電柱をなくすことです。電柱は道路を狭くし、台風などでは倒壊の恐れがあり、さらに景観を損ないます。近くの高円寺商店街も、きれいな街灯を並べているのですが、その前をたくさんの電線が邪魔をしていて醜いです。
欧米に行くと、街並みがきれいですが、理由の一つはこの電線がないことです。もう一つは看板の有無。

記事には、いくつかの都市の無電柱化率が載っています。ロンドン、パリが100%です。
そして、香港、シンガポールが100%、台北が96%、ソウルが50%です。
対して、東京23区は8%。アジアの中でも、遅れています。
輸出額、韓国と台湾に抜かれる

人工知能で浮いた時間は仕事に

2026年8月16日   岡本全勝

8月2日の日経新聞別刷り「文化時評」に、「怠け心が育むフランスのイノベーション 効率が生む余暇、創造の源に」が載っていました。「日本人はハイテク好きで、新しいもの好きの国民といわれる。だが、フランス人も負けず劣らず技術革新を受け入れる。ただ、その動機には少なからず違いがあるようだ」が主旨なのですが、ここでは、次の部分を紹介します。

・・・仏タイヤ大手ミシュランで研究開発を率い、日本法人トップなどを経て、日産自動車の筆頭独立社外取締役を務めるベルナール・デルマス氏は「フランス人はややこしいことを嫌う」と話す。イノベーションを「物事を簡単にし、自由な時間を得るための手段」と考える。
生まれた時間は自分のために使う。それは余暇となり、趣味や文化的な活動を楽しむ時間となる。では、日本はどうか。デルマス氏の目には「仕事の生産性と質を高めることに目的が絞られがち」と映る。勤勉さが尊ばれ、怠け者と思われたくないという意識もある。

人工知能(AI)の急速な普及も、本来は煩雑な仕事から人々を解放し、自分のために使える時間を増やすはずだった。だが現実は、必ずしもそうなっていない。
調査会社マクロミルの「生成AIの活用実態調査」の結果は興味深い。生成AIを導入した現場では、1日平均75分の業務削減効果が生まれている。ところがその時間の使い道を尋ねると、最も多かった回答は「以前は手が回らなかった別の業務・雑務」だった。「創造性や感性を伴う業務」は3割に満たず、「特に何もしていない」は1割程度にとどまる。忙しさは必ずしも軽減されていない実態が浮かび上がる。
「仕事からの切り替え困難に対する心理的支援」の著書である国学院大学の内村慶士助教は「日本人は時間があると仕事で埋めようとする傾向が強い」と指摘する。特に20〜40代は経済的な不安から「自由な時間より働いて収入を増やす」考え方が強いという・・・

余暇や自分のために働くフランス人と、時間があれば仕事で埋める日本人との違いが指摘されています。フランスに見習うべきとは言いません。それが日本人の勤勉性の基礎にあるのでしょう。しかし日本人は、昔から仕事人間だったわけではないようです。貧しい時代でも、農民も農閑期には遊んでいます。戦前の労働者も、真面目人間ばかりではなかったようです。仕事人間は、経済成長期につくられたのでしょう。
私も、余暇を楽しめない一人です。抱えている連載がすべて完結したら、余暇ができるかな。

追記
肝冷斎は、人工知能で浮いた時間はまずは居眠りすることに充てるそうです。

日本社会の平等を支えたもの2

2026年8月15日   岡本全勝

日本社会の平等を支えたもの1」の続きです。「異論や逆張りの発想の重要性」の続きにもなります。
村の中では、みんなと変わったことをすると、批判されました。なるべく、みんなと同じことをすることがよいとされました。村の中の団結を保つためでしょう。

日本人論は流行らなくなりました。しかし、社会の通念は社会や家族を通して引き継がれ、「この国のかたち」を続けているようです。周囲に合わせる横並び意識、それを強制する同調圧力です。
例えば、雇用慣行です。日本はメンバーシップ型雇用で、新卒を一括採用し、組織内で配置転換し、年功序列の昇進を行います。そして、定年まで面倒を見ます。村の中で、共同で稲作をしたのと同じです。所属が、農村から企業に代わったのです。この雇用慣行は、経済発展の過程でできあがったようです。そして、工場生産のような職場では、効果的に機能したようです。
社員には能力の差、意欲の差、会社への貢献度の差があるのですが、極端な者を除いて、なるべく平等に扱うようにします。しかしそれは、部下の評価にも現れます。なるべく差をつけず、ほとんどの部下を真ん中くらいに評価するのです。

若者も起業せず、勤め人を選びました。私が大学時代に、アメリカの経営者が「なぜ日本の若者は、企業勤めを選ぶのか。しょせんは従業員ではないか。結構な事業をしている家の息子が、大学を出て、家を継がずに会社に入るのは理解できない」といった趣旨の発言をしました。そんなものかと思いました。ジョブ型とメンバーシップ型雇用の違い、そしてその背景に個人の能力を重視する社会と、集団への同一化を良しとする社会の違いがあるようです。
教育もまた、一定の水準の生徒を育てることを目標としました。画一的教育です。そこからは、突出した若者は生まれません。「平等ではトッププレーヤーは生まれない

経済成長の過程で、多くの若者が会社勤めになったことも、平等を進めました。親から農業や事業を受け継ぐと、出発時点で差がついています。しかし、新卒採用では同じ出発点に立ち、会社での処遇も大きな差をつけませんでした。しかも、それは社員だけでなく家族の面倒を見ることで、社会が平等な豊かさと生活に向かったのです。「一億総中流」という言葉もありました。

新憲法が平等を謳ったこと、戦後改革で財閥や大地主をなくしたこと、教育制度や社会保険、相続税制などで平等を支えたことなど、政治や制度が日本の平等を支えました。「世界で最も成功した社会主義」とも言われました。他方で、上に書いたような、国民の「横並び志向」が平等を支えたのでしょう。仕組みだけでなく、経済成長と、意識が支えたのです。
その後の長期停滞での非正規労働者の増加は、平等を壊しました。ジョブ型雇用への転換は、平等志向を崩していくでしょう。
この項続く。