地仙ちゃん登場

歌仙ちゃん登場の巻
 いずれの時代のことでありましょうか。春のたけなわのことでした。橘の麻呂はぽかぽかとする陽気に誘われてサクラの木の下まで散歩してまいりました。もうサクラの花は風の吹くにまかせて雪のように散り始めています。
 麻呂はサクラの花を見上げて、
「ああ、散るのだなあ・・・。えーと・・・散りぬるをサクラはいいなもろともに・・」と和歌を詠もうとしますが、なかなかいい句が出てきません。と、その時突然、どざざざーと見慣れないオンナのコがサクラの木から滑り落ちて来ました。  
「うわあ、ナニモノ?」
「あたちは和歌の精霊・歌仙ちゃんでちゅナリ」
 オンナのコは背中に自分と同じぐらいの大きさのフクロを背負っています。そのフクロを「よいちょ」と言いながら地面に下ろして、
「ニホンにはたくちゃんの和歌がありまちゅ。その時その時に合ったウタが必ずあるもの。ちゃあ、お引きなちゃいメレ」 とフクロの口を開きました。
 麻呂は言われるままにフクロの口に手を突っ込みます。中にはたくさんのカードのようなものが入っているようです。そのうちの一枚を引きました。
「こんなの出てきたけど・・・」麻呂はオンナのコにカードを渡そうとしました。しかし、オンナのコはクビを振ります。
「なりまちぇん。あたちは字が読めないの。オノレで読むナメリ」「はあ・・・」
 麻呂は仕方がないのでカードに書かれた文字を読みました。
 さくらばな ちりかいくもれ 老いらくのこむといふなるみちまがふがに(なりひら)と書かれています。
「ちゃあ、解説ちてンゲレ」
 解説までひとにさせるようです。
 
麻呂は説明しました。
「えー、この歌は確か古今集賀歌の中に選ばれている歌で、右大臣藤原基経の四十歳のお祝いに作ったもの。サクラの花吹雪に、老いることを擬人名詞化した「老いらく」が道に迷うようにすごく散ってください、と依頼している歌だね。
 パターン化した方が賀歌としてはメデタくていいような気がするが、この歌はかなり破格。サクラの花の向こうから不気味にやってくる「老いらく」の姿は、大昔には時季を定めて村を訪れたと折口信夫のいう「まれ人」あるいは「翁」といった来訪神を連想させ、ぞくぞくするような幻想的な情景だが、お祝いの席でこんなキモチ悪い歌うたわなくていいような気がする。
 「この幻想的な花吹雪が止んだら、「老いらく」が微笑みながらオマエを待っているであろう」と言っているようなもんじゃないかね。
 ちなみに作者の在原業平は色好みの代表みたいになっているけど、若いころはともかく中年以降武官として中将、さらに官房長官に当たる蔵人頭まで勤めた実務派官僚でもあり、兄行平の死後は在原一族の棟梁として政治的にも活躍している。おエラ方のお祝いの席にも出かけたのだろうね。ちょっとがっかりだね」
 歌仙ちゃんはうんうんとうなづいて、「よくできまちたでコソアリシカー」と言いました、と伝えられています。