何杯も食べる

何杯も食べる
大食い選手権の参加者たちは、次々と大盛りのドンブリを平らげていきまして、もう十杯目です。じゃーん、じゃーん、とドラの音がして、二周目に入ったということが会場中に知らされました。また牛丼に戻って、玉子丼、カツ丼と十種類のドンブリものが大盛りで出てくるのです。
これぐらいでは誰も苦しそうな顔は見せません。関係者の見るところ、優勝候補はおそらく二年連続優勝中の金陵代表の元青霞と名乗る女性でしょう。対抗は去年の準優勝者の能大黒だといわれています。彼も金陵地区代表でして、この二人が数年前から金陵食堂協会に雇われて以来、「金陵は大食いが育つ、クイモノがウマイからだ」という評判になっているのです。ほかにも蘇州の唐老人、松江の班氏など錚々たるメンバーが参加していますが、金陵代表にはかないそうもありません。
「今年もわが金陵の勝利は確実じゃな。それにしても始めから諦めたのか、あんなコドモを出してくる町もあるとは・・・、コドモに大盛りが何杯も食えるものかのう」とふんぞり返って高笑いしているのは金陵の食堂協会の会長さんのようです。まわりのひとはエラそうにしやがってと不満顔ですが、先生は突然ナニか思いついたみたいです。
「「何杯」の「杯」という字は、木ヘンに「不」から成っていて、その古いカタチは図左上に枠囲みしたとおり(この例では「不」の部分は①でなく③のカタチとなっている)。木ヘンが木製という材料を示しているけど、形態を示す「皿」といっしょになると「盃」という字になる。・・・さて、「杯」「盃」に共通している「不」はナニなのだろう。
①「不」は、今では「~せず、~ならず」という否定辞として使われるだけだけど、これは仮借という造字法で、もともと否定を表す「フ」という口語があって、それに当てはまる文字がないので、同じ音を持つ文字を当てたもの。「不」は「鳥の飛び上がる象形」という説(説文解字)もあるんだけど、紀元前千年紀中ごろ以前の「詩経」の中に「華の咢不(がくふ)」という表現が現れるので、花のガク(花びらの下の受け皿部分)を横から見た象形文字だったということがわかる。
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この「不」を含み意味上も関連のある系列の文字がある。まず②は「丕」(ヒ)で「大きい」という意味。「不」の下の方の、実になる部分が膨らみはじめている形象で、これを使った文字に「胚芽」の「胚」の字があって、字の原義をよく伝えているね。
次に③が「否」(ヒ)。この字は「否定」とか「諾否」に使って「ノー」を表す文字だが、古い例にはやはり「大きい」という意味があり、「不」の下部が大きく膨らんで結実していることを表しているのだ。
同じ系列の文字が④の「 」(トウ、ホウ)。この字は膨らんだ実のアタマに割れ目らしい線が入って、割けかけている姿。「解剖」の「剖」、「部分」の「部」など、この文字を含んでいる文字には「分ける、割ける」という意味が共通に入っている。
ということで、木で作った花のガクのようなモノ、である「杯」は「さかずき」などモノを受ける食器を表すんだ。古代のお墓には、木製のさかずきがたくさん入っている例があって、死者を葬る最後の儀式として、参列者が「杯」でお酒か水を飲み干して、その容器を棺の中に納めていく風習があったことが確認されているんだよ」
「ピリリ~・・・」
カミナリちゃんはしかたないので聞いているふりをしているようです。