「日本社会の平等を支えたもの1」の続きです。「異論や逆張りの発想の重要性」の続きにもなります。
村の中では、みんなと変わったことをすると、批判されました。なるべく、みんなと同じことをすることがよいとされました。村の中の団結を保つためでしょう。
日本人論は流行らなくなりました。しかし、社会の通念は社会や家族を通して引き継がれ、「この国のかたち」を続けているようです。周囲に合わせる横並び意識、それを強制する同調圧力です。
例えば、雇用慣行です。日本はメンバーシップ型雇用で、新卒を一括採用し、組織内で配置転換し、年功序列の昇進を行います。そして、定年まで面倒を見ます。村の中で、共同で稲作をしたのと同じです。所属が、農村から企業に代わったのです。
この雇用慣行は、経済発展の過程でできあがったようです。そして、工場生産のような職場では、効果的に機能したようです。
社員には能力の差、意欲の差、会社への貢献度の差があるのですが、極端な者を除いて、なるべく平等に扱うようにします。しかしそれは、部下の評価にも現れます。なるべく差をつけず、ほとんどの部下を真ん中くらいに評価するのです。
若者も起業せず、勤め人を選びました。私が大学時代に、アメリカの経営者が「なぜ日本の若者は、企業勤めを選ぶのか。しょせんは従業員ではないか。結構な事業をしている家の息子が、大学を出て、家を継がずに会社に入るのは理解できない」といった趣旨の発言をしました。そんなものかと思いました。ジョブ型とメンバーシップ型雇用の違い、そしてその背景に個人の能力を重視する「狩猟民族」と、集団への同一化を良しとする農耕民族の違いがあるようです。
教育もまた、一定の水準の生徒を育てることを目標としました。画一的教育です。そこからは、突出した若者は生まれません。「平等ではトッププレーヤーは生まれない」
経済成長の過程で、多くの若者が会社勤めになったことも、平等を進めました。親から農業や事業を受け継ぐと、出発時点で差がついています。しかし、新卒採用では同じ出発点に立ち、会社での処遇も大きな差をつけませんでした。しかも、それは社員だけでなく、家族の面倒を見ることで、社会が平等な豊かさと生活に向かったのです。「一億総中流」という言葉もありました。
新憲法が平等を謳ったこと、戦後改革で財閥や大地主をなくしたこと、教育制度や社会保険、相続税制などで平等を支えたことなど、政治や制度が日本の平等を支えました。「世界で最も成功した社会主義」とも言われました。他方で、上に書いたような、国民の「横並び志向」が平等を支えたのでしょう。その後の長期停滞での非正規労働者の増加は、平等を壊しました。ジョブ型雇用への転換は、平等志向を崩していくでしょう。
この項続く。