コボルトその5

コボルト暦
 みなさんは中世の一時期、お百姓さんたちの一部で使われていたコボルト暦をご存知ですか。中世のカレンダーはたいてい毎日、どういう農作業をすべき日かとか、どういう聖人をお祭りすべき日か、といったことが書き込まれていたのですが、内陸部のドリエンヌ地方で使われていた絵入りカレンダーには、特に、三日から四日ごとにコボルトちゃんの印が入っていまして、「コボルト暦」といわれているのです。
 このコボルトマークは何をあらわすものなのだろうか、ということに多くの学者が悩みまして、いくつかの学説が立てられました。
① 中世の精霊信仰に注目したドレスデン学派は、このマークをコボルト信仰で説明しようとしました。代表的な学説は、次のとおり。
「大地の精霊「コボルト」への信仰はドリエンヌ地方で最大であったのじゃ。当時のオロカな民衆たちはひと月の中に何日か、大地のチカラが最大限に発揮される日があると信じ込んでおり、その日に農作業をすると豊かな収穫が約束されると信じておって、これらのコボルトマークはその日を示すモノなのであーる。」
(ドレンスデン大学メッセル教授講演「中世のオロカなものどもについて」)
② 欧州大戦後には、中世のひとたちの考えていた宇宙像から説明しようという学派もありました。代表的な学説は次のとおり。
「当時のひとびとは天王星より外側の惑星を知りませんでした。代わりに、目に見えないナゾの惑星の存在を信じていまして、この星が三日から四日ごとに太陽または月の軌道と交差すると考えられていたのです。その日を示すのがコボルトマークです。コボルトさんは神出鬼没なので、この星のような目に見えないモノの代替物として使われたのです。」
(マイエルツ迷信文化研究所ドンマル副所長「中世のクダらん天文学的発見」)
③ このマークはコボルトちゃんとは違うコかも知れない、という逆転の発想からナゾを解こうとしたのがマルタンヌ文化庁の新鋭の学者たちです。代表的な学説は次のとおり。
「このマークは、コボルトちゃんと別種のケボルトちゃんのマークであり、転写の過程でケが落ちてしまったものにすぎない。中世のひとたちは、三日から四日ごとにヒゲを剃っていたので、このケボルトマークは「髭剃りをすべき日」を示している。」
(マルタンヌ文化庁編「ケボルト文明」)
 しかし、近年、ドリエンヌ地方の農家の土蔵から、秘密にされてきた文書が発見され、これらの学説が誤りであったことが証明されるに至っています。この文書は「メントマリーの手記」と呼ばれ、農家のシュウトメがヨメに主婦としての心構えをコト細かく教えようとしたものですが、その中に「コボルトに注意するんだよ」という一条がありました。
 コボルトは食い意地がはっているからキケンだよ。しようがないから村の各家庭交代で毎日祠にお供えモノをしておくんだけど、オオグイだからお供えモノだけでは足らずに、三日か四日に一回は人家に盗みに来るよ。だから、コボルトが来そうな日には、パンくずや食い残しをテーブルの上に置いておくんだね。それを盗んでいってくれるから、生ゴミ
を出さなくてよくて助かるよ。コボルトも利用できないようじゃ、主婦失格だね。
 これでやっとわかったのです。コボルトマークの日は、コボルトちゃんが盗みに入る可能性のある日を示していたのです。要するに「コボルト注意報」だったのですね。みなさんもコボルトちゃんには気をつけましょう。      (採集地:ドリエンヌ地方)