カテゴリーアーカイブ:社会の見方

日本語の話し言葉と書き言葉、論理性を

2020年12月14日   岡本全勝

12月12日の日経新聞読書欄、「理想のリスニング」著者の阿部公彦・東大教授の「英語のためにも日本語再考」から。

・・・日本語の話し言葉は英語に比べ「相手との良い関係や場の雰囲気を作るには便利だけれど、議論に必要な安定した論理性や表現が十分ではない」という。いっこうに当を得ない一部国会議員の質問や答弁が典型例だ。
雄弁術の発達した西欧語は往々にして「話し言葉がそのまま書き言葉として通用するくらいの様式性を備えている」。日本社会が西欧発の制度を土台にしている以上「日本語でも書き言葉に近い話し言葉を育てていく必要があるのではないか」・・・

デジタル教科書の欠点2

2020年12月11日   岡本全勝

12月2日の読売新聞「デジタル教科書を問う4 健康への影響 未知数」から。
・・・日本では、19年度にデジタル教科書が一部で導入された。健康との関連の検証は緒に就いたばかりだ。
文部科学省が19年度、デジタル教科書を使う小中高校4校の児童生徒271人に調査したところ、小学生の32%、中高生の45%が目の疲れを訴えた。小学生の20%、中高生の9%は「体調が悪くなった」と答えた・・・

・・・スマートフォンの普及などを背景に、子供の視力は悪化し続けている。19年度は裸眼視力1未満の割合が小学生35%、中学生57%といずれも過去最悪だった。
デジタル教科書で視力や生活習慣に悪影響が及ばないか、不安を抱く医師や保護者は少なくない。
就寝前に端末を見ると、画面から放たれるブルーライトで体内時計が狂い、寝不足になるともされる。眼科医の不二門尚ふじかどたかし・大阪大特任教授は「デジタル化の影響は、視力以外にも幅広く考慮すべきだ」と指摘する。
ネット依存も心配だ。国立病院機構・久里浜医療センターの樋口進院長は「ネットに接続する端末を子供に渡せば、閲覧を制限しても抜け道を見つけて長時間、遊びに使うこともあるだろう」と危惧する・・・

デジタル教科書の欠点

2020年12月9日   岡本全勝

12月2日の読売新聞「デジタル教科書を問う2 読解力向上 模索続く」から。

・・・豪州は、先進的に教育のデジタル化に取り組んでいる。ところが、シドニーの私立レッダムハウス小中学校では昨年、それまで5年間続けていたデジタル教科書の利用をやめ、紙に戻した。7~11歳を対象にデジタルでの学習の成果を測ったところ、子供が「紙の方が集中できる」と感じていると判明したためだ。
原因を探ると、デジタル教科書では画面の切り替えやメール着信などの際、気を取られることが分かった。広報担当者は「紙の教科書を読み、自らノートに書き込む方が学んだ内容をしっかり記憶できる」と語る。

台湾では2009~11年、一部の小学校でデジタル教科書を試験的に導入した。保護者から「視力が落ちる」「鉛筆でノートに書く学習がおろそかになる」など懸念の声が上がった。これを受け、紙の教科書を維持し、理解を補うためのデジタル教材の開発に修正した。現在も、紙とデジタルを併用している・・・

・・・紙とデジタルの教科書を巡っては、経済協力開発機構(OECD)が18年、79か国・地域を対象に行った国際学習到達度調査(PISA)が注目されている。
本を「紙で読む方が多い」と答えた日本の生徒は読解力の平均得点が536点、「デジタルで読む方が多い」は476点と60点差があった。数学でも、授業でデジタル機器を使う割合が61%の豪州が、わずか8%の日本に比べて平均得点が高いわけではない。

台湾で「デジタル教育の先駆者」と呼ばれる中央大(桃園市)ネット学習科技研究所の陳徳懐教授は、端末を使った学びは「疑問を解決し、友達と共に勉強しやすいなどの強みがある一方、文章を読み飛ばしやすく、深い理解や感情移入がしにくい」と指摘する。
紙と電子媒体の違いを研究する群馬大の柴田博仁教授(認知科学)は「情報の全体像をつかみ、考えを深めるにはデジタルより紙が優れている。子供の思考力を育むにはデジタル教科書は不向きだ」と強調した・・・

アメリカの悩み、賃金が増えない

2020年12月8日   岡本全勝

11月26日の日経新聞経済教室は、会田弘継・関西大学客員教授の「大統領選後の米国と世界」でした。内容は本文を読んでいただくとして、そこに2つのグラフが載っています。

一つは、学歴別で見た男性正規従業員の実質賃金の変遷です。1964年から2012年までの実質賃金の変化(1963年を100とした指数)が、折れ線グラフで示されています。学歴別区分は、高校中退、高校卒、大学中退、大学卒、修士以上の5区分です。
グラフを見ると、ものの見事にその差が出ています。1970年代までは少しの差がありつつも、全体に上がっています。1980年代以降は、大学中退以下の学歴層が低下します。高校中退では、1990年代に指数が100を切ります。他方で、修士以上は1990年代以降も順調に伸びます。大卒も上昇します。
その結果2012年では、修士以上は200、大卒が140に対し、大学中退は120程度、高卒は110程度、高校中退は100程度です。
この半世紀で、大卒以下はほとんど賃金が伸びていないこと、そして学歴によって大きな格差が生じていることがわかります。製造業が他国に奪われ、知識集約型産業は元気が良いことの反映でしょう。

もう一つは、親の所得を超えた子の比率です。1940年から1980年代半ばまでに生まれた子どもの、親の所得を超えた子の比率です。1940年ごろに生まれた子どもは、9割が親の所得を超えます。その後どんどん低下し、1960年代生まれでは6割になります。1980年ごろの生まれでは、5割です。
これも、一目瞭然です。

1980年代にアメリカが元気を失った際に、経済で日本に追い抜かれたことより、建国以来続いていた、子どもが親より豊かになることが止まったことが理由だと言われたことがあります。連載「公共を創る」でも、紹介しました。
「公共を創る」では、社会の雰囲気や社会意識が「この国のかたち」をつくることを説明しています。アメリカの元気のなさ、社会の分裂を生んでいるのは、このような経済的背景でしょう。それも、GDPといった一国の経済指標でなく、国民・庶民の暮らしであり、肌感覚です。
そして、アメリカの現状は対岸の火事ではなく、明日の日本でもあるのです。