カテゴリーアーカイブ:社会の見方

経済財政4

2006年10月24日   岡本全勝
20日の東京新聞「新生経済財政諮問会議民間議員に聞く」、伊藤隆敏議員の発言。
「小泉・竹中チームと、安倍・大田チームがよく比較されるが、日本経済が置かれている状況は全然違う。小泉・竹中チームの2002年、03年は不良債権が大問題で、旧体制をまず壊すという改革が重要だった。いまは、経済成長率も高くなり、期待されているのは成長をいかに持続していくかということだろう。壊れた後に新しい建物を建てる、創造する、というのがわれわれの置かれている状況だ」。(10月21日)
今日、経済財政諮問会議が開かれ、重点改革分野と第1回の集中審議・地方の改革が行われました。地方の改革がなぜ1番目に選ばれたかは、定かではありませんが、重要な改革課題と認識されていることは間違いないようです。それは、喜ばしいことです。有識者提出資料(民間委員ペーパー)は、詳しくは本文を見ていただくとして、私なりに考えたことを述べます。
今回のペーパーの特徴です。まず、分権改革(権限と責任を地方に移す一括法)と、その先の道州制を明確に位置づけました。これは、前書き(本文)と、項目1です。次に、その分権改革の具体項目を書いてあります。項目2~4です。数値目標と期間が明示されています。そして、3つめが歳出削減です。これが項目5、6です。このように、3つの部分からなっているようです。
これまでの諮問会議、骨太の方針との違いは、抜本的分権のための、次なる道筋を明らかにしたことでしょう。これまでの到達点(第1次分権改革、三位一体改革)を踏まえ、次なる道筋を示しました。項目1~4までは、これまでの諮問会議、骨太の方針にないことです。もっとも、これは有識者資料であって、まだ骨太の方針や閣議決定になっていません。反対勢力もあるようですから、これからも紆余曲折があるようです。
今朝の新聞に未公表資料が出ていたようで、記者さんから質問(詰問)がありました。
記「なぜ出るのでしょうかね、しかも、いつも同じ新聞社です(私にも教えてくださいよ。そうしないと私の立場がありません)」
全「そう言われてもねえ。有識者が書いておられるし。もし、僕が持っていても、出すわけにはいかないよ」
記「じゃあ誰が出すのですか」
全「第一次当事者でなく、それをもらった人。その人は資料の機密度は知らないから、お気楽に出すね。もう一つは、漏らすことで、つぶしたい人だね」
記「なるほど」
(10月24日)
今朝の各紙は、昨日の経済財政諮問会議を報道していました。日経新聞は「新分権一括法案3年以内に、国・地方の税配分明記」でした。読売新聞は「5兆円移譲議論スタート、自治体格差是正カギ」でした。
民間委員ペーパーで論点が設定され、関係者も同意して方向は定まりました。これからは、その目標に向けて、問題点を解決していく過程に入ります。その問題点は、簡単なものではありません。簡単なら、とっくに解決していました。何かを犠牲にしなければ、みんなが喜ぶ解決はありません。地方団体や分権改革を進めようとする人たちは、その解決策を提案する責任があるのです。それを提案しない限り、守旧派は「問題がある」といって、改革を先送りします。(10月25日)
29日の日経新聞読書欄「経済論壇から」で、大竹文雄教授は次のように書いておられました。
安倍内閣の経済政策を担当する経済学者を紹介して、「今後、政策運営にどの程度経済学的な知識が反映されていくのかについては、まだ不明な点も多い。しかし、経済政策の決定に、専門的な知識が不可欠であるという認識が高まってきたことは間違いないだろう・・・政治的な意思決定が教科書的な経済学ですべて決めることができるほど単純でないのは当然である。しかし、経済学者が政策に参加することのメリットは、経済学的な思考実験を行って、政策のメリットとデメリットを整理することができる点にある」
「経済政策や規制の設計は、日本では利害関係者が調整をするという形で決められることが多かったのではないか。例えば、八代氏は・・・労働市場の改革を、労使間の利害調整に終始する労働審議会だけで審議する時代はもはや終わったのではないか、と述べている。こうした中、政府税調が利害調整の場から専門家集団に衣替えされることは注目すべき変化だ」。(10月30日)
今日は、経済財政諮問会議が開かれ、社会保障改革と公共投資改革が議論されました。有識者ペーパーには、総量削減の他、地方との役割分担についての記述もあります。(11月10日)
15日の朝日新聞時々刻々は、「さえない最長景気」を解説していました。1965~70年のいざなぎ景気、86~91年のバブル景気、2002年~現在の最長景気の比較が、わかりやすい表になっています。平均実質経済成長率は、順に、11.5%増、5.4%増、2.4%増です。物価は、27.4%増、8.5%増、今回は0.4%減です。月給も、79.2%増、12.1%増、1.2%減です。景気拡大、好景気が続いているといっても、内容が全く違います。(11月15日)
29日の朝日新聞「どうする財政」は、「借金大国。果実、返済か分配か」でした。「不況時の財政悪化は仕方ないが、警戒回復期の税収増でその穴を埋める、というのが財政学の基本だ。ところが日本では国債発行を始めた1965年度以来、普通国債残高(国の借金)が減ったことが一度もない。不況時だけでなく、好況時にも税収増の果実をばらまき続けたからだ。典型がバブル期の・・」
その通りです。これについて、2点指摘しておきます。
この記事にあるように「不況時には国債を発行し、好況時にはそれを返す」と、経済学の教科書は書いてあります。これがケインズ政策の有効需要創出策です。しかし、日本はケインズ政策をつまみ食いしてきました。不況期には国債を増発して需要を作りますが、景気回復時に国債を繰り上げ償還しないのです。すべて60年償還なのです。ところが、このことを指摘した本が見あたりません。私の勉強不足で、書いてある本があったらお詫びします。私は、新地方自治門」p121~でその点を解説しました。ようやく、気がついてくれたかと、喜んでいます。
もう一点は、国はしませんでしたが、地方はバブル期に借金を繰り上げ返済しました。これも同じくp122に書いてあります。詳しくは「地方交付税-仕組と機能」p85をご覧ください。国がバブル期にそれまでの国債を繰り上げ償還しておけば、こんなに借金は貯まっていなかったはずです。(11月29日)
今日の諮問会議では、予算編成の基本方針も決定されました。今週はそれに先立ち、与党審査が続きました。基本方針は閣議決定されるので、与党の事前審査が必要なのです。説明側の一員として出席しましたが、再チャレンジや地方財政で質問が飛んできて、私の出番もありました。(2006年11月30日)
国民一人あたりのGDPの最新数字が、公表されました(13日付け日経新聞など)。それによると、日本は35,650ドルで、世界では14位に後退しています。1993年には35,000ドルで世界一位、その後4万ドルを超しましたが、現在では90年代前半の金額まで減少しました。
「新地方自治入門」p6では、2001年までのグラフを示しています。日本の金額はさらに減っています。問題なのは、「西欧各国は日本の3分の2」と示してあるのが、現在では、日本と同程度または追い抜いているということです。すなわち、「日本は欧米先進諸国を目標に、追いつき追い越した」と説明していましたが、「その後日本は後退・低迷した」のです。この部分は、記述を変えなければなりません。
(日本社会の構造改革)
無理をしてまで、世界一になる必要はありません。また、経済成長だけが日本社会の目標でない、というのが拙著の主張です。しかし、絶対額として低下することは、日本の活力を損ないます。一時的なものは許容できますが、長期的構造的なのは問題です。もちろん、日本が構造改革をするために必要な過渡期「ため・たわみ」ならば、それはよいことも言えます。
そうしてみると、この長期不況は、バブルの崩壊という高い授業料をはらう時期だった他に、遅れた金融改革とその後の改革によるもの、グローバル化による日本経済の護送船団方式から競争への転換、アジアの追い上げによる産業の転換などの時期だったのです。
それらの波は、銀行の破綻から、今議論されているように、労働市場改革に及んできています。働き方、子育て、年金まで広がるのでしょう。これらの変革をうまくできるか、遅れたり先延ばしにして、さらに世界から取り残されるかです。すでにバブル崩壊から、15年が経ちました。第二次世界大戦後は、11年で「もはや戦後ではない」と政府が宣言しました。明治維新(廃藩置県、地租改正、徴兵令、学制、経済制度改革)や戦後改革では、制度改革はもっと短期間にやっていますから、そのスピードはすごかったのですね。今回は、勉強期間としては、長すぎるとも思えます。(2007年1月13、14日)

勉強不足の記事2

2006年10月9日   岡本全勝
9日の朝日新聞「新聞週間特集」で、藤原帰一教授が「世界は単純じゃない」として、次のようなことを発言しておられました。「ただでさえ分かりにくい国際問題を少ない情報量で書くと、どうしても「善玉対悪玉」の話になりがち。フセイン政権下のイラクもそうですが、北朝鮮の内情は不明な部分も多い。その際、学者は「わからない」と言う権利や、むしろ責任があるけど、記者は言えないんですね」
「変化の深層を掘り下げた報道がもっと欲しい。例えば、先日クーデターがあったタクシン政権下のタイを、これまでどれだけ報道していたのか」

政治と思想

2006年10月8日   岡本全勝
先日、三島憲一著「現代ドイツ-統一後の知的軌跡」(岩波新書、2006年)を読みました。机に向かっているときは、ほとんど原稿を書いているか、このHPを加筆しているので、もっぱら布団の中での読書になってしまいます。
それは、さておき、なかなか考えさせる本でした。私は、ドイツ統一を政治の大きな企てとして、関心を持っていました(例えばヨーロッパで考えたこと)。この本は、統一後15年を経たドイツを、制度や経済でなく、政治思想・政治哲学から分析しています。政治思想からの分析は、数字で実証できないので、なかなか難しいものです。エピソードの羅列になる恐れもあります。その点の評価は、それぞれ読んでいただくとして・・。
筆者は、次のように指摘します。EUの統合は、国家単位でものを考える思考から、抜け出ようとする企てであった。民族単位で国家を作り、その国家同士が競い合うという、権力政治的な考え方からの訣別であった。それに対し、ドイツ統一を支えた思想は、同じドイツ人ならば、それだけで統一は正当化されるという暗黙の前提に依拠していた。この前提は、一見当然に思えるかもしれないが、ドイツ人というのは歴史上のある時期に偶然の政治的理由による線引きで、できあがった人々を指す言葉に過ぎない。
そのほか、東ドイツ解体吸収が生んだ精神状況、ネオナチ暴力への評価、ナチスの犯罪をめぐる論争、イラク戦争をめぐるアメリカとの距離など、政治家・知識人の思想の葛藤と戦いが、書かれています。
15日の日経新聞中外時評は、平田育夫論説副主幹の「広がるか、談合の自首」でした。「今年1月施行の改正独占禁止法は、談合など違法行為を自首(申告)した企業には課徴金を減免するようにした。『日本の企業風土に合わない制度。とても機能しないだろう』。専門家の多くはそう予想していた。ふたを開けてみれば実施から3か月で26件、その後も月に4-5件の自首がある」
日本の風土といった理由付けは、怪しいことも多いですよね。

内弁慶と国際化

2006年9月29日   岡本全勝
29日の朝日新聞夕刊「ニッポン人脈記」から。
「大相撲の支度部屋ではいま、ロシア語が共通語として飛び交っている・・相撲と無縁の国々から、突然力士が来るようになったわけではない。20年以上にわたって異国に種をまいてきたのは、日大相撲部監督の田中英寿である」
「田中の相撲人生を変えたのは、79年、朝日体育賞の授賞式だった。全日本選手権の3度制覇や指導者としての実績を評価された、相撲界からの受賞は初めて。晴れがましい思いで壇上に上がった。居並ぶ他の受賞者は、柔道の山下泰裕、マラソンの瀬古利彦、体操の監物永三、塚原光男ら。自分は全日本レベル、自分以外は、世界レベル。そう気づき、愕然とした」

高校と大学の機能

2006年9月16日   岡本全勝
15日の日本経済新聞連載「大学激動」「受験で合格、今や少数派」から。
「今春の私大入学者の44.8%が推薦入試組。AO入試を加えれば、今や一般入試組の方が少数派だ。40.4%の私大が定員割れになる中、全員合格状態の一般入試も増える」「家庭で全く勉強しない高校生が4割という調査もある・・日本の教育をゆがめた元凶と批判されてきた大学入試。少子化と大学過剰の環境で、勉強しなくてはというプレッシャーが急低下する中、入試に変わる学習の動機づけを何に求めるのか。皮肉な課題が浮上してきた」。
学歴だけが基準だという問題を解消する方向に向かっていると、私はよいことと考えています。
社会の条件が変わると、高校や大学の意味・機能が変わるということですよね。少数のエリートが行く時代は、高校と大学は学問を教えるところでした。しかし、全入になると、変わってきます。
社会や本人たちの立場から考えると、行きたくない学生を無理に行かせている、その後の職業人や社会人に必要な教育をおろそかにして学問的教育ばかり教えている、といった問題点が浮かび上がります。今の学校は、供給側の論理が優先されているのです。一方で、学生たちはしたたかで、おもしろくない授業は出ない、アルバイトに精を出し、大学と高校の多くは、若年失業者収容所になっています。(8月16日)
31日の日経新聞経済教室は、スイスにある経営開発国際研究所の「世界競争力ランキング」が紹介されていました。ここでは、大きく4つの分野、マクロ経済・政府の効率性・ビジネスの効率性・インフラに分けて、各国の競争力を比較しています。もちろんその4つの分野には、いくつもの指標が含まれています。政府の効率性には、政策決定の実施、政策の方向、適応性、中央銀行の政策などなど。
私は「新地方自治入門」で、地方行政の成果として、道路、下水道、学校、医療、介護の数字を50年前と比較して示しました(p9)。また、地域の財産として、新国民生活指標(p187)や、自然環境、公共施設、制度資本、関係資本、文化資本を提示しました(p190)。
地方自治体が地域の実力を考える場合には、私が提示したような項目を考える必要があるでしょう。もっとも、まだまだそうなっていないことを指摘したのです。公共事業に重点を置きすぎて、自治体の首長や企画部門は、そこまで考えていないのではないかという批判です。
一方、中央政府が、世界の中の日本を考える場合には、このような外国との競争力比較も必要なのでしょう。この研究所以外にも、このようなランクを発表している所があります。もちろん、それぞれの指標の取り方には、異論もあるでしょうが。私の関心は、その順位よりも、どのような項目が要素として拾い上げられているかです。国政レベルでは、誰とどのような部門が、このようなことを考えているのでしょうか。(8月31日)
8日の朝日新聞は、「経済法制、改正ラッシュ」と題して、近年の民事・経済法制の大改正を解説していました。確かに、明治、戦後改革以来の大型改正が続いています。会社法改正、民事再生法、中間法人制度、公益法人制度改正、金融商品取引法などなど。このHPでも会社法改正などについて書きましたが、経済社会が大きく転換していることの反映でしょう。このような経済の変化に対する政治と法律の対応を、政治の仕事という観点から、どなたか簡単に解説してもらえませんか。(9月8日)
OECDの調査で、高等教育への公的支出のGDP比は、日本が最低とのことです(日経新聞他)。また、13日の読売新聞「ポスト小泉を考える、医療改革」では、二木立教授が、日本の医療費のDGP比が、先進7か国中最下位であることを指摘しておられました。
医療費が少ないことは、国民が健康だからという言い訳もできますが・・。蚊のいる島といない島では、蚊のいる島の方がGDPが大きくなるとは、私が学生の時に知った、都留重人先生の説でした。蚊取り線香とか殺虫剤がいるからです。もちろん、蚊がいなくてGDPの小さい島の方が、住みやすいのです。
しかし、私は「小さい政府」というスローガンに、疑問を持っています。別の所でも書きましたが、かつては、税金はお代官様に召し上げられるお金でした。少ない方が良かったのです。しかし今はそれだけでなく、福祉やその他のサービスとして、みんなに還元されるのです。政府への預け金でもあります(もちろん、事務費やムダな経費は、少ない方が良いです)。
とすると、貧しい人は、「大きな政府」を求める方が、もうかります。だって、その経費をたくさん負担するのは金持ちですから。この観点からは、小さい政府は、金持ちが得をする主張です。
納税者番号もそうです。反対される人が多いです。それぞれ、少しは「節税」をしておられるからでしょう。でも、小金持ちが節税したところで、しれてます。金持ちが脱税できる金と、庶民が節税する金とでは、ケタが違うのです。納税者番号を導入し、消費税にインボイスを導入すれば、庶民の税金は少なくてすむと思います。庶民の味方を称している政党が、もっと主張して欲しいです。
納税額に応じて、将来の年金給付額を増やす国があると聞きました。すると、税金の申告を大きくなる方に、訂正する人が出たそうです(うろ覚えで済みません)。(9月13日)
また、同紙「分裂にっぽん」は、「規制緩和、会社共同体崩れた」でした。ここ数年、正社員が減り、非正社員が増えました。景気の悪い時期だけでなく、良くなってもその傾向が続いています。会社とすると「低いコストでクビの切りやすい非正社員」が都合良いのでしょう。
年功序列・終身雇用という会社共同体が、崩れつつあります。もっとも、このような会社共同体は、必ずしも日本に古くあるものではなく、またそうでない職場も多かったのです。しかし、それが理想型とされていて、国民の多くも信じていました。ところで、「正規社員、非正規社員」という言葉に当たる英語はないとのことです。それだけ、会社共同体は日本に適合したのでしょう。
かつては、家族・親族(血縁)と農村共同体(地縁)が、個人の帰属先・共同体でした。助け合いという福祉機能、いろんなことを教えてくれ相談に乗ってくれる情報・教育機能、安心感を与えてくれる機能など。今風に言えば、セイフティネットでした。その後、工業社会になって、帰属先は家族と会社などの職場になりました(拙著「新地方自治入門」p211~)。経済構造の変化で、それが崩れつつありますが、まだ私たちは新しい共同体を作り切れていないのです。それが、不安を生んでいます。