カテゴリーアーカイブ:政治の役割

齋藤純一ほか著「ジョン・ロールズ」

2022年1月24日   岡本全勝

齋藤純一、田中将人著『ジョン・ロールズ 社会正義の探究者(2021年、中公新書)を読みました。私にとって、「比較的」分かりやすかったです。

ジョン・ロールズは、『正義論』(1971年、邦訳2010年、紀伊国屋書店)で哲学を再生させたと評価される、ハーバード大学の哲学の教授です。
『正義論』は買ったのですが、分厚くて、本棚で寝ています。ロールズを紹介する本もいくつかかじったのですが、その都度、挫折。この中公新書は、最後まで読み通すことができました。新書は、門外漢がとりつくには、ありがたいです。すべてを理解できたわけではありませんが、ほぼ全体像をつかむことができました。

ところで、歴史上の偉大な人や研究者の評伝には、2種類のものがあるようです。一つは、その人の成り立ちから、行ったことを詳しく書いたものです。もう一つは、その人のこととともに、その人が育った背景、そして社会に何を提示し何を変えたか、それは後世にどのような影響を与えたかを書いたものです。前者はその人についての深掘りであり、後者は社会と歴史におけるその人の位置づけと言ってよいでしょう。

門外漢や初心者には、後者が必要なのです。その人が書いた書物を読むときも、それまでの何を変えたか、社会と後の世にどのような影響を与えたかを知らないと、その古典の価値が分かりません。

安全保障としての感染症薬

2022年1月20日   岡本全勝

1月15日の朝日新聞経済面連載「瀬戸際の感染症ビジネス5」「平時も売る「消火器モデル」提唱」から。
・・・菌やウイルスのライブラリーは維持費や購入費で年間数億円にのぼる。化合物も室温の調整やロボットでの管理など、費用がかさむ。これらは感染症が流行しようがしまいが、毎年のしかかる負担だ。
塩野義の2019年度と20年度の決算は2期連続の減収減益だった。大きな要因が、主力の「ゾフルーザ」などインフルエンザ治療薬の不振。18年度は295億円あった売り上げが19年度は24億円、20年度は3億円と激減した。この2年間、インフルが流行しなかったことが原因だ・・・

・・・塩野義が新型コロナのワクチンと治療薬の開発に乗り出したことに、投資家から懸念の声が上がった。インフルと同様、収束すれば収益を得られない可能性があるからだ。塩野義の手代木功社長は「ビジネスとして成り立つわけがない」と打ち明ける。
危機感を募らせる手代木社長が提唱するのが、自ら「消火器モデル」と名付けた仕組みの創設だ。火事に備えて設置する消火器は定期的に交換するが、使われなくても不満に思う人はいない。同様に感染症の治療薬も、流行に備えて平時から売れれば、ビジネスとして成立する、と考えた。要は国が定期的に治療薬を買い上げる制度だ。

海外では、感染症を国家の安全保障上のリスクととらえ、製薬会社を支援する仕組みを整える国がある。内閣官房によると、米国は、平時でも感染症関連に年間5千億円以上を投じ、研究開発を促す。英国は薬を開発した会社に毎年定額料金を前払いし、必要なときに薬を受け取れる「サブスクリプション」の制度を導入した。
日本政府も新型インフルの流行後、タミフルやイナビルなどの治療薬を備蓄する制度を設け、平均して年間100億円前後を備蓄分の更新にあてる。ただ、備蓄は一部の治療薬のみで、薬の有効期限の関係で更新しない年もあり、研究する企業に安定してお金が入るわけではない。
手代木社長は言う。「事業を持続できるかどうかが重要だ。新しいビジネスモデルができなければ急性感染症の治療薬をやめることも考えないといけない」・・・

1月17日の日経新聞1面は「重要物資、供給網を支援 半導体や医薬品 政府、投資計画促す」を伝えていました。
・・・政府は社会・経済活動に不可欠な物品の国内調達を維持するため、サプライチェーン(供給網)の構築を財政支援する仕組みを新設する。半導体や医薬品を支援対象に指定し、事業者の研究開発を後押しする。米欧が同様の支援に乗り出しており、日本も経済安全保障の目玉の一つに据えて日本企業の国際競争力の向上につなげる・・・

中国の体制が必要としている反日感情

2022年1月16日   岡本全勝

1月9日の読売新聞、エマニュエル・トッド氏の「アジアの地政学 米の強硬姿勢 譲らぬ中国」から。
・・・ 日本の安全保障の基軸は日米安保体制だと承知はしています。私の考えは日本の外交安保専門家と違う。その上で日本人に米国の戦略的思考について考えてもらいたい。米国の対中戦略が軍事的気配を帯びてきた今、特に大事です。
米国の旧来の戦略思考は国家間の関係を憎悪と捉え、究極的な解決策は戦争としてきました。

日本は大変発展した島国で、中国という強大な国が隣にある。
中国は近年、軍備を増強し、南シナ海などに基地を複数設置している。台湾に対し主権を断念することはない。日本とは歴史的な争いがある。日本は中国の大半を侵略した過去がある。日本は独自の軍備増強も含めて現実的に安保を考える必要があります。
ただ理想主義も重要です。戦争の可能性だけでなく、平和の可能性についても検討しなければなりません。つまり日本が中国と良好な関係を改めて築くことです。今はその好機と私は考えます。

中国の反日感情は中国の体制が必要としている。国内の不満、今日で言えば経済格差拡大に対する民衆の不満をかわす必要がある。日本はいけにえのヤギです。
米国が今、中国の敵として立ち現れている。日本が中国に嫌悪される理由はなくなったはずです。
米中対決という重大な危機を武力ではなく、分別で解決することは21世紀の人類の務めです。日中関係が改善すれば、米中間の緊張は幾分和らぐでしょう。日本は大事な鍵を手にしています・・・

民主主義対専制主義

2022年1月13日   岡本全勝

1月6日の日経新聞オピニオン欄、ハビエル・ソラナ・スペインESADE世界経済・地政学センター長の「民主主義国、対立超え協調を」から。

・・・民主主義はまだ生きているが、明らかに弱体化する兆しをみせている。米人権団体フリーダムハウスによる各国の自由度を測る指数は2020年、15年連続で低下した。
バイデン米大統領は21年12月、オンライン形式による「民主主義サミット」を開いた。権威主義の台頭に対抗するため、約110カ国・地域を招き、世界的な民主主義の強化を目指した。国々が集まり、地球規模の具体的な問題に取り組むのは悪いことではないだろう。だが、国際関係の構図を、単なる民主主義国家と専制主義国家の衝突と定義すべきではない。
重要なのは、こうした集まりを問題解決につなげることだ・・

・・・民主主義と専制主義の分断は、地球規模の問題を管理する基盤となる国際機関に及ぶ可能性もある。世界貿易機関(WTO)が機能不全に陥って久しい。先進国と途上国の対立などが深刻になっているからだ。既に存在する対立に、民主主義国と非民主主義国の分断という要素が加われば、解決はさらに難しくなる。ほかの国際機関では世界保健機関(WHO)も、新型コロナウイルスの危機に立ち向かうには資金不足だった。

民主主義国は、非民主主義国とのイデオロギーの違いを強調するのではなく、自らと世界に対する責任を認識すべきだろう。最初の課題は、国内の経済格差の縮小だ。第2次大戦後、民主主義国は主に福祉国家を建設し、経済成長と社会的結束を保証することで存在意義を示した。だが社会的な一体感は最近の数十年で大きく後退し、特に08年の世界金融危機や20年からの新型コロナ危機などで弱くなったようにみえる。
社会・経済の格差は、民主主義への脅威だ。他人と隔たりのある生活をすることで、集団的な政治参加は難しくなってしまう。多くの国で民主主義が後退しているのは、経済の低迷を政治システムが反転させられるという信頼感を失った、市民の不満が一因になっている。

民主主義国の第2の課題は、「グローバル・サウス」と呼ばれる発展途上国の一層の開発に求められる社会・経済的な整備を、明確に主導することだ。途上国での民主主義的な価値観への支持を維持することにもつながる。例えば途上国の新型コロナのワクチン接種を迅速化することは、民主主義の力を示すのに有効だ・・・

・・・民主主義を強化する必要があるのは明らかだが、最も急を要する国際的な課題を解決するための他国との協力が妨げられるべきではない。価値観の異なる国々との協力が、民主主義に求められていることだ・・・

討論にならない国会の仕組み

2021年12月25日   岡本全勝

12月21日の朝日新聞オピニオン欄、山本龍彦・慶応大学教授の「「政治オペラ」の構造、切り込んで」から。
・・・先の衆院選以降、野党のあり方に関する議論が熱い。読者からも、「野党は批判ばかり」論に賛同する声、批判ばかり論を批判する声など、多くの意見が寄せられている・・・

・・・私が専門とする憲法学の観点から見ると、野党のあり方、野党と政府との関係性は、国会の統治構造によって強く規定されている。もちろん議員個人の性格にもよるが、審議手続きなど、現在の国会の統治構造上、野党は批判や対決に傾斜せざるをえない事情があるのだ。
例えば、国会運営に長く関わった元衆院事務局議事部長の白井誠氏は大日本帝国憲法下から形成されてきた、(1)内閣が提出した法案を野党が質疑で追及する「質疑応答型」の審議形式(2)与党事前審査制(法案提出前に与党が法案内容を審査し、承認を与える制度)(3)厳格な党議拘束、という「三位一体の統治構造」が党派を超えた議員間の自由な討論を妨げてきたという。審議は、構造上必然的に、与党多数派の承認を既に得ている法案の、「政府の都合による野党向けの説明会」となるから、野党議員は結論を承知のうえで「批判ぶり」を国民に向けアピールするほかない。また、会期中に議決に至らなかった議案は次の会期に継続しないという「会期不継続の原則」もある。この原則により、与党は会期中の法案成立を急ぎ、野党は会期切れの廃案を狙うという、およそ熟議からはかけ離れた政治が常態化する。

こう見ると、実質的で協働的な議員間の「討論」ではなく、硬直的で党派分断的な、さらに言えばショー化した政府・野党間の「対決」が行われるのは、国会が帝国議会だった時代から議事堂の内部で構築されてきた強固な統治構造のためでもあるわけだ。とすれば、仮に立憲民主党が「政策提案型」を取り込もうとしても、「構造」自体を変革しない限り、結局は「対決型」、それも劇場的対立型へと逆戻りする。
衆参各院と政府による内輪の取り決めや先例などから成る、こうした統治構造は、もちろん日本国憲法には書かれてはいない。しかしそれらは、わが国の議会制民主主義のあり方を根底において拘束してきた実質的な「憲法」といえる。しかしわが国の新聞は、このインフォーマルな「憲法」を明るみに出そうとせず、岩盤化した舞台の上で延々と繰り広げる「政治的オペラ(人間劇)」ばかりを報じてきたのではないだろうか・・・