時事総合研究所の「コメントライナー」に寄稿しています。その目次2です。「目次」から続く。
2026年
1月5日「省庁再編から25年 これまでとこれから」
12月25日に、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第244回「政府の役割の再定義ー地方自治体の「内包と外延」」が発行されました。新自由主義的改革の行き過ぎを反省し、地方自治体の在り方を、その役割にさかのぼって考えています。
官共業三元論で見ると、政府部門、市場部門、非営利部門がそれぞれ得意なものを提供し、公的・私的といったサービスの区別はなくなります。そしてこの三つの部門の「上に」、政府がもう一度出てきます。こちらの政府の役割は、公共的なサービスが継続的かつ安全、公平に行われるよう、ルールを設定すること、各主体を誘導し監視することです。また、企業やNPOだけで提供できない場合は、支援するという役割を持ちます。
地域の経営という視点で考えると、地方自治体の役割は、地域の暮らしに必要なサービスが提供されるよう、それら全体について目配りし、足りない部分を補うことです。
これからの地方自治体の在り方を考える際には、役所そのものを対象としているだけでは不十分であり、地域の状態とその中での役所の役割を対象としなければならない、ということになるでしょう。私は、この違いを「内包と外延」と表現しています。専門的な定義は置いておいて、ここでは「内容を深掘りすること」と「周囲を見渡して置かれた立場を考えること」と理解してください。
人口が減少し活力が低下する地域では、役所が従来の施策を実施するだけでは、地域を維持できなくなりました。総合計画もそのような観点から、見直す必要があるでしょう。もっとも、行政の範囲外の分野は民間の力に頼るので、目標や手法について同じような位置付けにはできませんから、新たな整理が必要になります。
例えば、福島県の総合計画(2021年策定)は、県の事情により、東日本大震災からの復興・再生と、地方創生・人口減少対策を重要課題としています。そして目標を、ひと・暮らし・しごとの3分野それぞれについて掲げています。課題と目標は明確です。その際に、SDGs(持続可能な開発目標)の理念を踏まえて、目指す将来の姿を描いています。
12月18日に、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第243回「政府の役割の再定義ー「役所の経営」を超えた「地域の経営」」が発行されました。
公共経営論は盛んになったのですが、個別事業の有効性は測りにくく、役所全体の目的達成=政策選択についての議論はそれ以上に難しく、進みませんでした。企業にあっては、目的の達成度は全体の売り上げと利益という数字で測ることができ、それを基に事業や商品の取捨選択ができます。それに対し、役所では住民が何を求めているか、施策間の評価と選択が簡単には判断できないからです。
ところが、役所側の施策に着目してその成果を測るのは難しいのですが、「住みやすさ」という観点で地域が良くなっているかどうかを見ることで、役所の活動の成果を測ることができるのです。
すると、自治体幹部が自治体の経営を考える場合には、「役所の経営」とともに「地域の経営」という、二つの違ったものを相手にしなければならないことが分かります。
この二つは異質ですが、別のものではなく、つながっています。すなわち、役所の経営の「成果」が、地域の経営にあっては「投入量」となっているので、地域の経営を目的と考えると、役所の経営については効率性ではなく有効性の観点で考えることが必要になるのです。
結論から考えると、市町村役場の目的は住みよい地域をつくることです。役所の経営は、そのための手段にすぎません。もちろん効率的に仕事をするために行政改革は有意義ですが、予算と人員を削減して効率的に執行することが、市町村役場の最終目的ではありません。
日本が経済発展していた時期には、役所は増大する人口と生活水準の向上に合わせて、行政サービスを確実に提供し、その質量の拡大をしていれば、住民の期待に応えることができました。ところが、高齢化と人口減少が進むと、雇用の場がなくなり、各種サービスが提供されなくなって、暮らしにくい地域が出てきたのです。そこでは、市町村役場が良い行政サービスを提供しているつもりでも、人々は便利に暮らしていくことができません。
12月11日に、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第242回「政府の役割の再定義ー反転攻勢に必要な縮小思考からの転換」が発行されました。
政治主導がうまくいっていない理由を議論しています。その一つは、1990年代に行われた政治改革・選挙制度改革の限界です。もう一つは、20世紀第4四半期の言論空間を支配した「新自由主義的改革」という思想です。
小さな政府論の成功が日本にもたらした最大の代償は、企業、行政、社会、国民に、縮み思考を植え付けたことかもしれません。官民を挙げた「縮小の思考」は社会の通念となり、合理化の目標を達成した後も、企業が新規事業へ挑戦することや、役所が新しい政策を企画することをためらわせました。日本経済が停滞している間に、ほかの先進国に置いていかれただけでなく、後発国にも追い抜かれました。国際化が進んだ自由主義経済においては、立ち止まればあっという間に周りが進んでいくのです。
ところが、そのような社会の雰囲気に染まらず、挑戦を続けた企業や人々もいたのです。その一つが、インターネット上の娯楽動画など「コンテンツ」と呼ばれるものです。コンテンツ産業の海外売上高は2023年で過去最高の5・8兆円。鉄鋼産業や半導体産業を上回っています。
個人でも、世界で活躍する日本人が増えています。その代表がスポーツの分野です。米国のプロ野球大リーグ(メジャーリーグ)での日本人選手の活躍は、大きなニュースになっています。ほかにも、男女のプロゴルフツアー、欧州でのプロサッカーリーグ、フィギュアスケートなどなど。かつては世界上位の選手には追い付けないと思われていた種目で活躍している選手が増えました。彼ら彼女らは、国内で勝つことに満足せず、また「できっこない」という固定観念に負けずに、世界で挑戦することを選びました。そして、実績を生んでいます。