カテゴリーアーカイブ:連載「公共を創る」

連載を書いている間にも時代は進む

2026年6月8日   岡本全勝

連載「公共を創る」は、締めに入り、これまでの議論を振り返っています。過去に書いた記事を要約すればすむと思っていたのですが、そうは問屋が卸さないようです。

国民の意識を説明する際に、内閣府が行っている「国民生活に関する意識調査」やNHK放送文化研究所が行っている「日本人の意識調査」を利用してきました。経済成長期からの変化を追うことができるのです。生活の満足度が高まったこと、物質的な豊かさより心の豊かさを選ぶ人が増えたことなどです。

ところが、2019年の調査の後、新型コロナウイルス蔓延で、これまでの対面調査ができなくなり、郵送調査に変わりました。すると、調査結果数値が大きく変わって、経年変化を終えなくなったのです。
内閣府調査では。「現在の生活に満足しているかどうか」という問には、満足している人(まあ満足しているを含め)が2019年では74%でしたが、再開された2021年では55%に低下しています。その後も大きな変化はありません。調査方法の変更が、その原因だと思われます。
対面では見栄も会って「満足」と答えていた人が、郵送調査では「本音」でそうではないと回答しているのでしょうか。なお、郵送調査では回収率も6割あまりです。
これでは、単純に国民の多くは満足しているとは言えなくなりました。

また、『明るい公務員講座 仕事の達人編』(2018年)では、ワークライフバランスを説明する際に、イクメンとイクメンパスポートを紹介したのですが。育児をする父親が珍しくなくなって、この言葉は死語になりつつあり、「共育」「ともそだて」に変わっています。

連載「公共を創る」第259回

2026年5月21日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第259回「これまでの議論ー成熟期における日本の変化」が発行されました。前回から「平成の変化」を見ています。一番の特徴は、経済の停滞です。成長を続けていた経済が、マイナス成長になりました。

歴史を振り返ると、一国の産業の発展は、繊維や日用品といった軽工業から出発し、鉄鋼、電気製品、自動車、化学といった重工業に進みます。日本もこの過程をたどりました。後発国がこの過程を進むと、先進国は賃金の差で競争力を失い、軽工業から撤退していきます。そして、国内での産業構造の転換が進みます。日本はこの産業化で成功を収め、電気製品や自動車では当時の世界一になりました。ところが世界では、次なる産業への転換が始まっていました。情報通信技術(IT)産業や情報技術を利用した金融業の高度化です。日本は、この分野での企画と競争に負けました。
日本は、1990年代半ば以降、経済成長が止まりました。しかし、他の先進諸国は、緩やかながら成長を続けています。直近では一人当たり国内総生産(GDP)は、米国8万6千㌦、英国5万3千㌦に対し、日本は3万2千㌦です。そしてアジアでは、シンガポール9万1千㌦、韓国3万6千㌦、台湾3万4千㌦です。

なぜ、日本だけが停滞したのか。そこには次のような要因が考えられます。
一つは、産業転換に遅れたこと。それは、追い付き型産業の成功の裏面でもあります。
もう一つは、産業界と政府が「縮小路線」を続けたからです。企業は、バブル経済の三つの過剰(雇用、設備、債務)を処理した後も、設備投資など事業拡大に消極的な姿勢を続けました。業績が良くなっても、内部留保を増やすことにことに熱心で、人件費の増額や新たな投資には使いませんでした。国も地方自治体も、新自由主義的改革として「小さな政府」「行政改革」の名の下、職員数削減、給与の据え置きを続けました。株主も国民も、それを選んだということです。その結果、30年にわたって、国民の所得は増えなかったのです。
昭和後期を表す言葉が「拡大」「成長」とするなら、平成時代を表す言葉は「縮小」「萎縮」ではないでしょうか。

産業構造の変化は、地方の経済を直撃しました。それまで地方の経済を支えていた要素のうち、三つのものがなくなりました。工場の地方分散、公共事業、米の買い支えです。

日本経済と社会が、成長期から成熟期に入りました。平成の初め頃に、それを表す小話がありました。「昭和の成長を主役として引っ張ってきたが、平成時代になって、権威を落とした三つの業種を上げよ……答えは、百貨店と銀行と官僚」というのです。
経済成長期に、百貨店は憧れである消費の展示場や情報の提供者として、銀行は産業拡大の資金配分の司令塔として、そして官僚は経済社会発展の設計者として、それぞれ主役であり象徴だったのです。しかし、経済発展に成功することによって、その役割を終えていったのです。

連載「公共を創る」第258回

2026年5月14日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第258回「これまでの議論ー戦後経済の成長と停滞」が発行されました。これまでの議論のおさらいを続けています。前回から、「昭和の変化」を見ています。その第一は、驚異的な経済成長でした。そして、なりわいの中心が、農業から工業や商業に移りました。

その具体的な現れを、富山県の場合と私の実体験で説明しました。しかし、それだけでは測ることができない「意識の変化」もあります。それは、豊かさの実感です。そしてそこには、豊かになりつつあるという体験と、さらに豊かになるという夢と、そしてそれが実現するであろうという期待がありました。豊かになったという実感とともに、働けばあすはきょうよりもっと豊かになるという思いがありました。社会と暮らしは進歩するという信念があったのです。それは個人の意識であり、社会の通念であり、時代の精神と言うべきものでした。

経済成長がもたらしたことの中でも一番素晴らしいことに、平等があります。身分制度を廃止しても、また農地解放をしても、生まれによって職業や貧富の差が固定されていては、経済的平等は達成されません。経済成長による商工業の発展と農業からの職業転換、そして高学歴化は、生まれによる経済的格差を壊しました。生まれではなく、本人の能力と努力とで出世でき、豊かになれるようになりました。親の職業にも縛られない人生を、自分で選び取ることができるようになったのです。

連載では次に、「平成の変化」を見ました。うまくいった昭和の変化に対し、平成時代がうまくいかなかったことが焦点です。
1991年、平成時代に入って3年目に。バブル経済が崩壊しました。バブル経済の崩壊で、経済成長がマイナスになり、さらにその後、長い経済停滞の時代に入ります。平成時代を昭和後期と対比する場合、一番の特徴は経済の停滞です。今振り返ると、それは景気変動の一環ではなく、構造的な問題だったのです。

連載「公共を創る」第257回

2026年5月7日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第257回「これまでの議論ー日本社会の戦後の変化」が発行されました。これまでの議論のおさらい、戦後の日本の変化を続けています。

この80年間の変化、特に前半40年間の「昭和の変化」は、誠に驚異的なものでした。いずれの時代にも社会は変化しまが、この間の変化は、その大きさにおいて例外的なものでした。
日本列島に住んだ人たちの暮らしを超長期で見て、最も簡単に区分するなら、狩猟時代、稲作時代、産業化時代の三つに分けるのが分かりやすいでしょう。縄文時代と、弥生時代からほんの少し前まで、そして現代です。
終戦直後まで、日本人の約半数が農業に従事し、大半の人が農村に暮らしていました。その観点で見ると、「長い弥生時代」は、つい最近まで続いていたのです。戦後の経済成長期は、日本人のなりわいが農業から工業や商業に変わり、住む場所が村から町になった時代です。3千年も続いた長い弥生時代が終わるという、社会構造が変わる大変化の時代だったのです。それも地域によって差はありますが、半世紀で、いえ四半世紀で変わったのです。

昭和後期の経済成長は、なりわいを変えただけでなく、世界から驚異的と評価される素晴らしいもので、日本の経済力は世界最高水準に達しました。国全体だけでなく国民も豊かになり、便利で快適な生活が実現しました。併せて、清潔で健康的で安全で自由な社会も、手に入れました。行政は産業振興に成功し、公共サービスも世界最高水準のものを整備しました。過疎と過密という問題はありましたが、全国どこでも同じ水準の行政サービスを享受できるようになりました。「一億総中流」という言葉が定着し、平等な社会を実現したとも思われました。

ところが、そのような成果の享受は、長くは続きませんでした。「平成の変化」がやってきます。バブル経済が崩壊し、日本は長い経済停滞に入りました。当時は、一時的な景気変動であり、経済が正常化するための過程と考えられていたのですが、そうではありませんでした。長期停滞は経済面だけでなく、社会にも暗い影響を与えました。人減らしは、正規従業員と非正規従業員という格差をつくりました。

昭和の終わりは、「長い明治時代」の終わりでもありました。明治以来、日本は国を挙げて、西欧先進国に追い付くことに努力してきました。これが、100年以上にわたって「この国のかたち」の基本になったのです。ところが、昭和後期に西欧先進国に追い付いたことで、「長い明治時代」は終わったのです。それは目標の達成であるとともに、目標の喪失でもありました。産業界にとっても、行政にとっても同じでした。そして、新たな目標を設定できず、長期停滞に入りました。「失われた30年」は、次なる目標を設定できずに漂流する、日本の苦しみでもあるのです。

引き続き、連載第3章では、まず「昭和の変化」を詳しく説明しました。

連載「公共を創る」8年目へ

2026年4月25日   岡本全勝

時事通信社『地方行政』での連載「公共を創る」が、8年目に入ります。第1回は、2019年4月25日でした。
これまで256回。よくまあ続いたものです。我ながら感心します。毎回丁寧に読み込んで、真っ赤に手を入れてくれる右筆に感謝します。
4月から、第5章のまとめに入っています。もう少しで完結します。するはずです。
連載「公共を創る」6年