カテゴリーアーカイブ:連載「公共を創る」

人工知能と競争する

2026年6月12日   岡本全勝

連載「公共を創る」は、これまで書いたことの要約に入っています。ある知人曰く「人工知能にさせれば、すぐにやってくれますよ」。なるほど、そうですね。
かつて行った講演を、主催者が機械で文字に起こし、要約を作って送ってきたことがあります。「確認してください」とのことでした。読んでいくと、よくまとまっています。「すごい」と思ったのですが、読み進めていくと、変なところがでてきました。さらには、私が話していないことまで書いてあります。「なんじゃこれは??」
便利だけど、信用してはいけないと言うことでしょうか。

しかしこの指摘を受け、人工知能に負けてはいけないと、闘志がわきました。「そうだ、単純に要約するのではなく、長期にわたって書き続けたことを現時点で振り返り、その視点でもう一度考え直そう」と思い至りました。しんどいことなのですが。

要約する機能以上に、人工知能(AI)が発達して、人の代わりに文章を考えてくれるそうです。しかしこれも、広く世の中にある文章を要約しているのですよね。
新しいことを述べたり、自分の考えを語ったりする際に、過去の蓄積(本や論文)を元にします。全くの無から、新しいことを生み出すことはできません。その際に、かつては自分で論文を探す、知っている人に聞くことが主でしたが、インターネットが発達してからはネットで検索することが便利になり、さらに人工知能は検索しなくても過去の文章を探して書いてくれるのです。

すると、人工知能には書けない内容を書こうと、これまた闘志がわきます。すでに書かれてている事実や主張を元にするのですが、それを越える「付加価値」をつけなければなりません。

連載「公共を創る」第260回

2026年6月11日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第260回「これまでの議論ー平成の変化─ICT、家族形態、男女共同参画」が発行されました。
「平成の変化」に関する記述を続けます。「昭和の変化」では身の回りの物が劇的に増え、私たちの暮らしを大きく変えました。それに比べると平成の変化では、物は大きくは増えていないように見えます。ところが社会の中では、大きな変化が始まっていたのです。物ではなく、暮らしの形が変わり始めていたのです。

その一つが、情報通信技術(ICT)、すなわちコンピューターとインターネットの飛躍的な発展です。パソコン、携帯電話、スマートフォンは、いつの間にか、私たちの暮らしだけでなく社会の仕組みまで変えました。
それまで職場や家庭を単位に連絡を取っていた個人同士が、移動しながら直接会話するという形が出来上がりました。仕事の仕方が、体を使うことから、パソコンに向かってキーボードを叩たたくものになりました。職務内容によっては、職場に出勤しなくても、自宅でも外出先でも仕事ができるようになりました。商品の購入も、電子決済と宅配便の普及で購入者と直接取引ができるようになりました。クレジットカードとICカードの普及は、現金を持ち歩かなくても良くなりました。

インターネットとスマホの発達は、情報を入手したり知人同士で連絡を取ったりするだけでなく、世界に向けて情報発信することを可能にしました。一億人が記者に、出版社に、映画監督になることができます。万民に対して「表現の自由」を実質化したとも言えます。
ところがその発信内容には、十分考えたものではなく、思い付きや感情のままの発言、過剰な表現もあります。匿名なので、嘘や誹謗中傷も書かれます。他者とのつながりを便利にするスマホが、それを阻害する状況さえ表れました。つながっている先は、携帯電話では人でしたが、スマホでは娯楽性の高い映像や商品の宣伝画像などです。
子どもが有害な情報を見たり、見知らぬ人にだまされて被害に遭ったりしています。いじめに使われる場合もあります。詐欺被害も多発し、被害額も巨額になっています。

平成時代の暮らしのもう一つの変化は、家族形態の変化です。「昭和の標準的家庭」は夫婦と子ども2人でしたが、未婚化や晩婚化、配偶者と死別した高齢者の増加で、単身(単独)世帯が増えました。生き方の多様性が認められるようになったのですが、一人暮らしでは、家族による支援がなくなります。

連載を書いている間にも時代は進む

2026年6月8日   岡本全勝

連載「公共を創る」は、締めに入り、これまでの議論を振り返っています。過去に書いた記事を要約すればすむと思っていたのですが、そうは問屋が卸さないようです。

国民の意識を説明する際に、内閣府が行っている「国民生活に関する意識調査」やNHK放送文化研究所が行っている「日本人の意識調査」を利用してきました。経済成長期からの変化を追うことができるのです。生活の満足度が高まったこと、物質的な豊かさより心の豊かさを選ぶ人が増えたことなどです。

ところが、2019年の調査の後、新型コロナウイルス蔓延で、これまでの対面調査ができなくなり、郵送調査に変わりました。すると、調査結果数値が大きく変わって、経年変化を終えなくなったのです。
内閣府調査では。「現在の生活に満足しているかどうか」という問には、満足している人(まあ満足しているを含め)が2019年では74%でしたが、再開された2021年では55%に低下しています。その後も大きな変化はありません。調査方法の変更が、その原因だと思われます。
対面では見栄も会って「満足」と答えていた人が、郵送調査では「本音」でそうではないと回答しているのでしょうか。なお、郵送調査では回収率も6割あまりです。
これでは、単純に国民の多くは満足しているとは言えなくなりました。

また、『明るい公務員講座 仕事の達人編』(2018年)では、ワークライフバランスを説明する際に、イクメンとイクメンパスポートを紹介したのですが。育児をする父親が珍しくなくなって、この言葉は死語になりつつあり、「共育」「ともそだて」に変わっています。

連載「公共を創る」第259回

2026年5月21日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第259回「これまでの議論ー成熟期における日本の変化」が発行されました。前回から「平成の変化」を見ています。一番の特徴は、経済の停滞です。成長を続けていた経済が、マイナス成長になりました。

歴史を振り返ると、一国の産業の発展は、繊維や日用品といった軽工業から出発し、鉄鋼、電気製品、自動車、化学といった重工業に進みます。日本もこの過程をたどりました。後発国がこの過程を進むと、先進国は賃金の差で競争力を失い、軽工業から撤退していきます。そして、国内での産業構造の転換が進みます。日本はこの産業化で成功を収め、電気製品や自動車では当時の世界一になりました。ところが世界では、次なる産業への転換が始まっていました。情報通信技術(IT)産業や情報技術を利用した金融業の高度化です。日本は、この分野での企画と競争に負けました。
日本は、1990年代半ば以降、経済成長が止まりました。しかし、他の先進諸国は、緩やかながら成長を続けています。直近では一人当たり国内総生産(GDP)は、米国8万6千㌦、英国5万3千㌦に対し、日本は3万2千㌦です。そしてアジアでは、シンガポール9万1千㌦、韓国3万6千㌦、台湾3万4千㌦です。

なぜ、日本だけが停滞したのか。そこには次のような要因が考えられます。
一つは、産業転換に遅れたこと。それは、追い付き型産業の成功の裏面でもあります。
もう一つは、産業界と政府が「縮小路線」を続けたからです。企業は、バブル経済の三つの過剰(雇用、設備、債務)を処理した後も、設備投資など事業拡大に消極的な姿勢を続けました。業績が良くなっても、内部留保を増やすことにことに熱心で、人件費の増額や新たな投資には使いませんでした。国も地方自治体も、新自由主義的改革として「小さな政府」「行政改革」の名の下、職員数削減、給与の据え置きを続けました。株主も国民も、それを選んだということです。その結果、30年にわたって、国民の所得は増えなかったのです。
昭和後期を表す言葉が「拡大」「成長」とするなら、平成時代を表す言葉は「縮小」「萎縮」ではないでしょうか。

産業構造の変化は、地方の経済を直撃しました。それまで地方の経済を支えていた要素のうち、三つのものがなくなりました。工場の地方分散、公共事業、米の買い支えです。

日本経済と社会が、成長期から成熟期に入りました。平成の初め頃に、それを表す小話がありました。「昭和の成長を主役として引っ張ってきたが、平成時代になって、権威を落とした三つの業種を上げよ……答えは、百貨店と銀行と官僚」というのです。
経済成長期に、百貨店は憧れである消費の展示場や情報の提供者として、銀行は産業拡大の資金配分の司令塔として、そして官僚は経済社会発展の設計者として、それぞれ主役であり象徴だったのです。しかし、経済発展に成功することによって、その役割を終えていったのです。

連載「公共を創る」第258回

2026年5月14日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第258回「これまでの議論ー戦後経済の成長と停滞」が発行されました。これまでの議論のおさらいを続けています。前回から、「昭和の変化」を見ています。その第一は、驚異的な経済成長でした。そして、なりわいの中心が、農業から工業や商業に移りました。

その具体的な現れを、富山県の場合と私の実体験で説明しました。しかし、それだけでは測ることができない「意識の変化」もあります。それは、豊かさの実感です。そしてそこには、豊かになりつつあるという体験と、さらに豊かになるという夢と、そしてそれが実現するであろうという期待がありました。豊かになったという実感とともに、働けばあすはきょうよりもっと豊かになるという思いがありました。社会と暮らしは進歩するという信念があったのです。それは個人の意識であり、社会の通念であり、時代の精神と言うべきものでした。

経済成長がもたらしたことの中でも一番素晴らしいことに、平等があります。身分制度を廃止しても、また農地解放をしても、生まれによって職業や貧富の差が固定されていては、経済的平等は達成されません。経済成長による商工業の発展と農業からの職業転換、そして高学歴化は、生まれによる経済的格差を壊しました。生まれではなく、本人の能力と努力とで出世でき、豊かになれるようになりました。親の職業にも縛られない人生を、自分で選び取ることができるようになったのです。

連載では次に、「平成の変化」を見ました。うまくいった昭和の変化に対し、平成時代がうまくいかなかったことが焦点です。
1991年、平成時代に入って3年目に。バブル経済が崩壊しました。バブル経済の崩壊で、経済成長がマイナスになり、さらにその後、長い経済停滞の時代に入ります。平成時代を昭和後期と対比する場合、一番の特徴は経済の停滞です。今振り返ると、それは景気変動の一環ではなく、構造的な問題だったのです。