7月13日14日と、福島県の原発被災地を視察してきました。旧知の首長さんにも会って、現状と課題を聞きました。多くの地域では災害があったことがわからないくらいになっています。他方で、まだ避難指示が解除されていない地域も残っています。息の長い取組が必要です。
14日は、県庁で、国や他都県から派遣されている職員との意見交換会。皆さん若いので、知らないであろう発災当初の状態や、どのような考えで復興を進めたかを話しました。若い力、外からの視点で、復興を進めてください。
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住宅の広さ、国の目安が廃止
8月20日の日経新聞に「住宅、家族向けも40〜50平米が標準に? 消えた広さの「国の目安」」が載っていました。個人の自由と言っても、いくらでも狭くてもよいのでしょうか。誰だって、それなりに広い家に住みたいです。小さな家が増えるのは、地価が高いからで、そちらを放置していることが問題でしょう。しかし、旧基準の、4人家族で50平方メートルは、狭いですね。ゆとりある生活も、趣味のものを持ち込むこともできませんね。
・・・今後の住宅のあり方を示す国の「住生活基本計画」から、広さについての目安が消えた。昨今の住宅高騰で家は狭くなるばかり。目安がなくなり、これからの住まいはどうなるだろうか。
国土交通省は今後10年の住宅政策のあり方を示す同計画を5年に1度のペースで見直している。2026年度からの最も新しい計画は3月に閣議決定された。
新しい計画には異変があった。住宅の広さについての目安が削除されたのだ。目安とは、豊かな住生活の実現に必要な「誘導居住面積水準(誘導目標)」と、必要不可欠な「最低居住面積水準(最低面積)」の2つを指す。
広さの目安は戦後の住宅不足が解消し、住宅政策を「量」から「質」へと転換するなかで1970年〜80年代につくられた。例えば都市部では家族4人で95平方メートルを目標にする。一人暮らしでは25平方メートルを最低面積とするといった内容だった。
なぜ今、削除されたのか。国交省の会議で計画の見直しにあたった東京大学教授の大月敏雄さんに尋ねると「ライフスタイルが多様化する中で国が一律の基準や目安を設ける時代じゃない。それに目安と現実が乖離している」という回答だった。
確かに誘導目標は、現代の東京の感覚からするとやや高い理想に感じる。家族4人でも都市部のマンションなら70平方メートル前後を想定する人が多いだろう。100平方メートル近い物件はそもそも数が少ない。検索サイトで100平方メートル以上の新築マンションをみると「億ション」が目につく。
一方、最低面積がなくなると狭い家に押し込まれる人が増えてしまうのではないか。大月さんは「都心部では狭くても家賃が安いなら住みたいという人もいる」と話す。「国が目安を押しつければそうした人たちの住む場所の選択肢が少なくなる」とし、「原則的には民間市場で需要と供給に合わせて決められるべきだ」と主張する・・・
記事には、2001年頃に75平方メートルを超えていた新築マンションの面積が、最近は65平方メートルまで下がっている図もついています。
経済停滞・高齢化と終身雇用の変貌
かつての日本の雇用慣行は、「年功賃金、終身雇用、企業別組合」と言われていましたが、私は、「新卒一括採用、人事課による配属決定、年功人事管理、終身雇用」が特徴だったと考えています。日本の雇用慣行は、いわゆるジョブ型雇用に対するメンバーシップ型雇用です。もっとも、日本だけだそうですが。
近年、それが代わりつつあります。
早期転職と中途採用の増加は、新卒一括採用をくずし、終身雇用も揺るがしています。
人事課による配属決定は、従業員の不満を招いています。年功人事管理は、実はかつても能力と業績によって差をつけていたのですが、なるべくそれを目立たさないようにしていました。しかし、良くできる社員から管理職を選抜する方法では、真の管理職を養成しないことになり、問題を生じています。「みんな仲良く働きましょう」の班長には向いているのですが、何かを切り捨てる厳しい判断はできないのです。
そして、終身雇用も、不況期にリストラという名の首切りが行われ、崩れてしまいました。そして非正規労働者の増加は、新卒一括採用・終身雇用を一部の人に限定してしまいました。
それに生き残った従業員には、年功人事管理と終身雇用はまだ適用されているようですが、以前とは形が異なっています。
かつては、競争に勝ち残った人が幹部になり、なれなかった人は関係企業や団体に引き取ってもらい、そこでそれなりの処遇を受けました。また、企業が成長している時代は、内部での組織の拡大と関係企業などの増加が、それを引き受けました。しかし成長が止まり、さらに縮小する時代になると、引き受けてもらえなくなりました。
そして、雇用の65歳までの延長は、年長者のみんなを同じような処遇にできなくなりました。「なるべく平等に」が成り立たなくなったのです。また、「経験を積むほど技能が上がり、職位を上げて、報酬も上げるという」年功人事も、できなくなりました。
「年功賃金、終身雇用、企業別組合」と「新卒一括採用、人事課による配属決定、年功人事管理、終身雇用」は、経済成長期に形成されたのですが、その時期にのみ成り立った慣行でしょう。経済成長が止まり、年長者も抱えるには、年功の処遇はできません。組織も生き残りをかけて厳しい競争に生き残るために、管理職や幹部を意識的に養成する必要が出てきました。ここでも、年功処遇は難しくなります。
こうしてみると、かつての企業や役所の職場は「疑似ムラ」であったことがよくわかります。生活共同体です。それは良い働きをしたのですが、企業が経営を維持できなくなると、企業が機能的組織であることが顕現するのです。
それはまた、共同体に面倒を見てもらえる反面、同調を強いられ、共同体を抜けることも難しかった「集団主義」から、個人の才覚で職を代えることができる、しかしそれは自己責任である「個人主義」への転換でもあります。
両論併記は客観的な報道か
6月20日の朝日新聞オピニオン欄「「係争中」がもたらすもの」から。
・・・「係争中」。その一言が、表現や報道の現場に萎縮と自粛をもたらすことがある。提訴が言論を封じる手段になる場合も。裁判で争われているということは、議論を封印する理由になるのか・・・
高田昌幸・専修大特任教授の「後ろから弾、恐れず真相へ」
・・・見解が対立する問題を取り上げる際、双方の言い分を両論併記する。それが「客観的な」報道だと思われています。しかしそれは記者にとって最も安易な道です。場合によっては一方の訴えに明らかに理があるかもしれないし、両者の主張の間に真実があるかもしれない。それを徹底的に調べる作業を怠り、どちらからも距離を置いた記事は公正な報道とは言えません。
特に、一方が政治家や官庁、大企業の場合、両論併記的な報道では、ジャーナリズムの本務である権力監視を果たせません。水俣病をめぐっては、1959年に熊本大研究班が原因を有機水銀と突き止めた後も、在京メディアは根拠薄弱な非水銀説を「中立的に」併記し続け、国とチッソによる原因確定引き延ばしに結果的に加担しました。
圧倒的な力の不均衡がある対立構造の中では、まずは弱き側の声なき声に謙虚に耳を傾け、調査報道によって真相に迫る。それが報道の本来の責務です。
しかし、調査報道はリスクや困難を伴います。権力は組織防衛のためにあらゆる手段を尽くす。そして企業メディアの記者にとって最も怖いのは、後ろから弾が飛んでくることです。
北海道新聞時代、道警の裏金問題を徹底的に報じました。道警側の「反撃」はすさまじいものでした。事件の取材は拒否の連続。道警の元総務部長からは名誉毀損で訴えられました。
その過程で最もこたえたのは、道新幹部らが道警との関係修復のため元総務部長と秘密裏に交渉し、記事について社内調査すると約束していたことです。道新は取材班による一部記事に非があったとして謝罪し、私は処分を受けました・・・
アメリカの郵便事情
先日書いたとおり、アメリカ・バージニア州(首都ワシントンの隣)まで、書留で書類を送りました。郵便局のホームページだと18日で着くと書いてありますが、「去年の例」では1か月かかりました。今年は次のような経過をたどりました。
5月25日、新高円寺駅前郵便局で投函
5月27日、東京国際郵便局を通過
5月28日、アメリカの国際交換局(USJFKA)へ到着、税関へ
ところが、その後、インターネットで状況を確認しても、まったく動きません。
7月7日、ようやく「到着」と出ました。税関で6週間。といっても、まだ配達はされていません。1か月以上が経っています。内容は紙が2枚で、税関で精密に検査するようなものではありません。郵便物が大量に滞留しているのか、ええかげんな作業なのか・・・。
配達されたのは7月10日でした。