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中西準子先生、早期帰還目指し線量の見直しを

2015年8月24日   岡本全勝

東京新聞8月23日「あの人に迫る」は、環境リスク学者の中西準子先生でした。
「なぜ除染と帰還の目標に、国が長期に目指すとしている放射線追加被ばく線量の年1ミリシーベルトより高い、年5ミリシーベルトを提案したのですが」という問に。
・・・私は、原発事故の被災者一人ひとりが今後の人生を決めていくことを念頭に考えました。現状では判断材料が乏しい。簡単に除染できないことが既にわかっているので、1ミリシーベルトを帰還の目標にすると、ほとんどの人がいつ帰れるのか分からないのです。
だから、被災者の人生の大切な時間が奪われないよう、なるべく早く帰れるような条件と根拠を探りました。学業や就職など人生の一区切りを15年とし、期間後に1年間住んでも積算で100ミリシーベルトを超えず、その間に自然減で年1ミリシーベルトになるという条件を設定しました・・・
・・・一方、現実的な除染を考えると、年5ミリシーベルトなら数年内の目標として可能です。この値なら、自然減を加味すると15年間の積算線量は100ミリシーベルトを大きく下回ります。このリスクは、私たちが日常的にさらされている化学物質のリスクと比べても大きくありません・・・
・・・除染の目標を徹底的に下げれば、放射能のリスクが下がるから良いように思えますが、逆に、いつまで経っても帰れません。
その間に、被災者の生活や人生設計が破壊されるリスクを考えないと。一つのリスクを無理に減らすと、別のリスクが大きくなる。これをリスクトレードオフといいます。
水道水の塩素消毒では発がん性物質ができますが、感染症を防ぐために、そのリスクを私たちは受け入れています。大気中の発がん性物質も環境基準として一定程度認められているのは、自動車や産業活動を止めるわけにはいかないから。互いにバランスをとって生きましょうという考え方です・・・

JR常磐線再開に向けて

2015年8月21日   岡本全勝

JR常磐線は、まだ全線が開通していません。津波の被害にあった地域(例えば宮城県山元町、福島県新地町)では、内陸部に移設する工事をしています。放射線量の高いところでは、まだ工事に着手できません。JR東日本が、試験的に除染を始めました(福島民報記事)。
福島県浜通を南北に貫く交通は、国道6号線が通行可能になり、高速道路の常磐道も開通しました。残るのが、鉄道の常磐線です。道路の2本は、除染をして通行可能になりました。ところで、道路は走り抜ける(途中で止まらない)ことを前提にしています。徒歩や自転車は禁止です。鉄道の場合、事故で停車したら、乗客をどう避難させるか。除染と復旧のほかに、解決しなければならない課題があります。

国営追悼・祈念施設、基本計画

2015年8月21日   岡本全勝

今日、岩手県陸前高田市と、宮城県石巻市につくる国営追悼・祈念施設の基本計画を決めて、公表しました(NHKニュース)。広島原爆などで国営の追悼施設はありますが、自然災害では国営施設は初めてだそうです。自治体がつくる復興祈念公園と一体につくります。簡単に言えば公園で、箱物施設ではありません。この施設は、次の3つを目的としています。
・東日本大震災による犠牲者への追悼と鎮魂
・震災の記憶と教訓の後世への伝承
・国内外に向けた復興に対する強い意志の発信
2つの基本計画を見ていただくと、その趣旨がわかります。
陸前高田市では、
・失われたすべての生命の追悼・鎮魂
・東日本大震災の被災の実情と教訓の伝承
・復興への強い意志と力の発信など
石巻市では、
・犠牲者への追悼と鎮魂の場
・被災の実情と教訓を後世に伝承
・復興の象徴の場としてメッセージを国内外に発信
福島県でも、設置場所が決まり、今後内容を詰めていきます。

次の災害で被害を拡大しないために

2015年8月20日   岡本全勝

日本財団が、「次の災害で被害を拡大しないためのノウハウ」訓練をしてくださっています。
・・・大きな震災が起きる度に、避難所に移ってから亡くなる「関連死」の多さが問題になっている。阪神・淡路大震災(1995年1月)では死者の14%を占め、新潟県中越地震(2004年11月)では死者の半数以上が関連死と認定された。このため、避難所生活の質を向上させる観点から避難所のあり方を見直す動きが強まっている。そこで日本財団は南海トラフ地震で大きな被害が想定されている三重県と共催して、災害時に重要な役割を果たす人材を育成するとともに、あるべき避難所を模索する避難訓練を実施することになった・・・
重要なことです。災害関連死を減らすことと,避難所生活の質を上げることです。避難所はこれまで、まずは被災者を収容し、食べ物を支給することに、主眼が置かれていました。しかし、避難所での生活を改善する必要が認識されました。毎日おにぎりとパンでは飽きてきます。壁や衝立のない体育館の床にごろ寝では、休まりません。トイレも行きにくい。小さな子どもを抱えている親、障害のある人、高齢者には、きつい環境です。
東日本大震災では、避難所生活の質の向上のため、簡単な調査をして、温かい食事、避難所での間仕切り、風呂やトイレ、洗濯機、医師や保健婦の巡回などを提供する努力をしました。仮設住宅でも、孤独や孤立を防止するために、見回りなどの配慮をしています。
また、災害関連死については、自治体の協力を得て、半年ごとに関連死者数を調査しています。平成24年8月には、分析も試みました。
その調査では、発災から3か月以内が多く、高齢者、持病を持った人が多いです。原因は、避難所での肉体・精神的疲労、避難途中の肉体・精神的疲労、十分な治療を受けることができなかったことです。死者数は、その後も増えていますが、6か月以内(仮設住宅に移るまでと思われます)が2,300人と、全体3,300人の3分の2を占めています。