カテゴリーアーカイブ:社会の見方

GDPで測れない豊かさ

2019年3月19日   岡本全勝

2月27日の日経新聞1面連載「進化する経済」は「LINEの利用価値300万円? GDPに表れぬ豊かさ」でした。
無料でメッセージのやりとりを提供するLINE。1200人に聞いたところ、1人当たり300万円になったそうです。でも、このサービスは、GDPには反映されません。
スマートフォンの普及で、写真の枚数は、15年間で20倍になったそうです。それも、現像に出さなくても見ることができ、知人と直ちに共有できます。他方で、カメラの売れ行きは落ち、町の写真屋さんは商売あがったりです。その分のGDPは、減少しています。
1800年以降に、照明の価格は3倍になりましたが、明るさと品質を考慮すると千分の1に値下がりしたのだそうです。たき火から電灯になると、こうなるのです。

・・・「GDPは豊かさではなく、モノの生産量の指標にすぎない」。米コロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授は「各国はGDPにこだわり、08年のリーマン危機後に誤った政策を選択した」と断じる。国力を測る取り組みは17世紀の英国で始まり、戦争遂行能力を調べるために発展した。GDPはかねて専業主婦の家事労働が計上されない欠点などを指摘されるように、値段のない豊かさをとらえることは不得手だ・・・
・・・無料サービスという豊かさを提供する米グーグルなど巨大デジタル企業は、世界中の利用者から対価として個人情報を吸い上げる。政府や中央銀行はモノの豊かさをGDPなどの統計で測り、政策を決める根拠としてきた。だが目に見えない豊かさがGDPの外側に広がる。経済の実像をどうとらえ直すかで、豊かさの形も変わってくる・・・

幸せが金額や数値で表せないことは、良く指摘されます。しかし、豊かさが、数字で捉えられなくなっているのです。
私が講演などで使っている、豊かさを示すための「経済成長の軌跡」も再考しなければなりません。

外国人を社会に受け入れる

2019年3月18日   岡本全勝

3月14日の日経新聞経済教室、山脇啓造・明治大学教授の「外国人材活用の条件 多文化共生政策の推進を」から。

・・・外国人受け入れに関する政策は、どのような外国人の入国をどの程度の規模で認めるかに関わる「出入国管理政策」と、入国した外国人を支援し社会の構成員として受け入れる「多文化共生政策」に分かれる。後者は海外では「統合政策」とも呼ばれる。出入国管理政策と多文化共生政策は外国人受け入れの両輪だ。
18年の国会審議では、新たに受け入れる外国人労働者を「移民」と呼ぶかどうかが論争となった。その呼び方にかかわらず、新たな外国人労働者受け入れが成功する鍵は多文化共生政策にある。滞在が長期化するほど多文化共生政策のニーズは増し、短期の滞在だとしても就労・生活環境が良ければ外国人の満足度が上がり、社会との摩擦やあつれきが起きにくいからだ・・・

・・・出入国管理政策は国(日本では法務省)の所管だが、多文化共生政策は国と地方自治体が連携して取り組むべき分野だ。しかし日本では長く自治体の取り組みが先行し、国の取り組みは遅れてきた。
自治体の外国人住民施策が進んだのは70年代以降だ。当時、在日コリアンが多く居住する自治体で外国人を住民として受け入れる施策が進んだ。一方、80年代に外国人労働者が増え、90年代に東海地方などで南米系日系人の定住化が進んだ。外国語での情報提供や相談を受け付ける自治体が増えたが、外国人が急増した公営住宅ではゴミ出し、騒音、路上駐車などに関わる住民間のトラブルが起きた・・・

外国人の受け入れは、これからの自治体にとって、大きな仕事になります。既になっているところも多いです。原文をお読みください。

企業広報の変化、平成の30年

2019年3月15日   岡本全勝

3月13日の日経新聞「私見卓見」、江良俊郎・エイレックス代表取締役の「企業広報に変化突きつけた平成
・・・平成が始まる3年前、1986年に大学を卒業して以来、企業が手がける広報と危機管理の業務を支援してきた。まもなく幕を閉じる平成は企業広報に大きな変化が生じた時代だった。私が考える3つの変化から今後の企業広報のあり方を探りたい・・・
として、次の3つを挙げておられます。
1 危機が起きたあとの対応の失敗が、企業の存続に直結するようになったこと。雪印乳業が倒産した。
2 リスク要因の多様化。労災認定を受けた家族の記者会見、アルバイト店員の不適切投稿。
3 危機管理に取り組む企業の進化。トヨタのように、社長が記者会見に臨むようになった。

・・・現代社会は多様な価値観を尊重する一方、不寛容な面もある。危機意識の高い企業は社会の求めに敏感だ。主体的な危機対応を心がける。平成の次の時代、企業は社会が要請するコンプライアンス経営と説明責任を徹底する必要がある・・・

勉強になります。原文をお読みください。
私も、おわびのプロだと自任していたのですが。「おわびの仕方

経済再生に苦しんだ平成時代

2019年3月14日   岡本全勝

2月23日の日経新聞「平成の30年 経済再生 試練の時代」から。

福井俊彦・元日本銀行総裁の発言。
・・・戦後復興、高度成長の時期を経て平成の時代を迎えました。戦後成功物語の頂点は1980年代半ばごろでしょう。日本の産業界が「もはや世界に学ぶものなし」と言い始めたのがこのころです。
その後、日本は世界の先頭で新しい道を切り開くプレーヤーの一人として歩むべき時代に入りました。自ら経済・社会のモデルチェンジを施しながら前進する。それが容易にできず今日に至るまでその苦しみを味わい続けています・・・

・・・平成時代の金融政策から得られた教訓は、金融政策の役割は、人々の価値創造への努力や、傷ついた企業・金融機関が次の段階にいく過程を背後から支援する縁の下の力持ちであるということです。問題のすべてを解決できるわけではありません。平時は金利機能を生かし、異常時は金利機能をあえて封殺し流動性を豊富に供給して支える。だが、過剰な介入はかえって将来に禍根を残します。財政との関係でもそうです・・・

村瀬拓人・日本総合研究所副主任研究員の発言。
・・・人生のほとんどが平成だった世代としてこの時代をみると、日本の構造的な問題が顕在化するなかで対応することができなかった30年だと感じています。
私が大学に入ったのは2003年で、金融危機の処理の最終段階でした。就職氷河期も終わり、リーマン危機はありましたが最悪期はすぐに脱しました。比較的緩やかな成長を見てきた世代です。
低成長が普通と考えているので、景気がすごく良くなるという期待感もないし、それなりに成長が続けばよいという世代ではないでしょうか。・・・

平成時代、日本企業敗北の時代

2019年3月13日   岡本全勝

3月9日の日経新聞「平成の30年 日本企業、再生への苦闘 平成から次代へ」、小林喜光・経済同友会代表幹事の「敗北見つめ新境地開拓を」から。

・・・反省をこめて言えば、日本企業は平成時代に手痛い敗北を喫しました。世界の株式時価総額ランキングを見ると、平成の初めには世界トップ20社のうち14社までを日本企業が占めましたが、昨年末は1社も入っていません。米国と中国のデジタル系企業が上位を占有し日本の存在感はゼロです・・・

・・・さらに気がかりなのは、国民の多くがこうした危機感や問題意識を持つことなく、日々の生活に満足しているようにみえることです。内閣府の調査では74.7%の人が今の生活に満足と答え、しかも若い世代ほど満足度が高いです。
国民一般だけではありません。過去4年、経済同友会の代表幹事として政治家や官僚とも多く接触しましたが、かなり近視眼的だと感じます。選挙で頭がいっぱいで痛みを求める改革に踏み出せない。経営者でいえば、目先の業績を気にするあまり、長期の展望に立った投資や事業のリストラを先送りするようなものです。アベノミクスの6年間は株高や円安で心地よかったですが、新たな飛躍や成長のタネは生まれませんでした・・・

西條都夫記者の解説から。
・・・日立製作所は日本を代表する企業の一つだが、・・・ところが、巨体のわりに中身(利益)は貧弱で、30年分を合算した営業利益は10兆1千億円、純利益は1兆7千億円にとどまる。最近数年の復調がなければ、純損益の赤字転落もあり得た。昭和時代に築いた事業モデルや成功体験が行き詰まり、時代遅れになったのは誰の目にも明らかだった。
そんな状況を同社が直視し、本格的に改革に乗り出したのはリーマン・ショックで巨額の赤字を計上して以降の過去10年のことだ。一度は引退しながら、09年に会長兼社長にカムバックし、再建の指揮をとった川村隆氏は「昔の日立には悪い事業をやめる発想がそもそもなかった」という。

日立は巨大な共同体であり、働く人たちは大切な仲間だ。そんな彼らを共同体の外に放り出すことは許されず、業績が悪化すれば、賞与のカットなど痛みを全員で分かち合うことで、乗り切ろうとした。
だが、この手法には限界がある。競争力を失った事業を抱えながら、多少のリストラやコスト低減をしても、「沈む巨艦」は浮揚しない。見込みのない事業を外部に売るなど外科手術を勇気をもって実行したのが川村改革の特長だ。「なぜあの事業を切ったのか、OBや関係者から叱責され、つらい思いもしたが、それに耐えるのも経営者の役割だ」と川村氏はいう・・・
・・・過去の自分を否定し、新たな時代に適合する組織文化や事業モデルを模索する。日立の30年間の悪戦苦闘は、他の日本企業や日本経済全体の歩みの相似形である・・・
原文をお読みください。