カテゴリーアーカイブ:社会の見方

「宗教と日本人」

2021年5月10日   岡本全勝

岡本亮輔著『宗教と日本人ー葬式仏教からスピリチュアル文化まで』(2021年、中公新書)が、よかったです。

梅棹忠夫の日本の宗教」に書きましたが、これまでの宗教論が、知識人や提供者側の議論であって、受け手である庶民の視点が抜けていました。梅棹先生は、「メーカーの論理とユーザーの論理」と指摘されます。近年、日本宗教史に関して、2つも叢書が出たのですが、これらも提供者側からのものでした。この本は、庶民の側から書かれています。

キリスト教を基準とした宗教観ではなく、初詣や地鎮祭からパワースポットまで、幅広く宗教的なものを扱います。その切り口は、信仰、実践、所属です。葬式仏教は信仰なき実践、神社は信仰なき所属、スピリチュアル文化は所属なき私的信仰です。個人で信じる新宗教、家族で信じる仏教、地域で属する神道という見立ては、わかりやすいです。日本のキリスト教は、キリスト系系学校などを通じたブランドであると位置づけています。

私たちは、お正月は神道、結婚式はキリスト教、葬式は仏教、神頼みは神道と、目的によって宗教を使い分けています。梅棹先生は、日本人が複数の宗教を信じることについて、それが混じり合っているのではなく、「神々の分業」であると指摘されます。この点については、『宗教と日本人』は深く触れていません。

目立たないこと、成長がない時代の時流に乗る

2021年5月9日   岡本全勝

5月1日の朝日新聞オピニオン欄、真山仁さんの「いまの時代」から。

・・・根本は変わらなくとも、一方で、時代の影響を受けやすいのが人間という生き物である。
高度成長はとっくに過ぎ去り、「日本の未来は、墜ちていくだけ」と感じている国民が確実に増えている。
これぞまさに「分断の時代」だと、軽はずみには言いたくないが、「みんな」で一緒に幸せになろうとか、一緒に頑張ろうという時代は終わった。自分だけが得をするために、うまく抜けがけする知恵を巡らせる。そんな殺伐とした世界の中で、自分に自信のない弱気な人は、目立たずおとなしく、少しはおこぼれにありつけそうな大きな船に乗ろうとする。

その結果、自分の立ち位置が分からなくなってしまい、うっかりしていると自身の存在意義すら見えなくなる。
だから、若い世代は、承認欲求を満たそうと必死だし、時流の中心にいたいと焦っているように見える。
「僕らの時代なら、人と違うことをすると、かっこいいという風潮がありましたけど、今は目立たない努力をしている。みんなと同じ色のランドセルを背負っていると、いじめられないという防衛本能がある気はしますね。言ってみれば、『個にこだわりすぎて迎合してしまう時代』ですね」
「個」の時代のはずなのに、「みんな」の空気を読まなければならない。だから、生きづらいのか・・・

広い視野と行動力、岡本行夫さん

2021年5月8日   岡本全勝

岡本行夫JICA特別アドバイザー追悼記念シンポジウム」(4月29日)を見ながら考えました。今も、録画を見ることができます。行夫さんを見ていて感じることは、その広い発想と行動力です。それとともに、多彩な趣味です。基にあるのは、熱い男でした。

まず、課題への取り組みです。自らの所管業務について、視野を広げて考えます。それは、将来という軸と、現時点での広がりとの両面です。それには、持っている付き合いの広さ(人脈)、持っている場所の多さ(異業種交流)が物を言います。
そして、課題解決のために、所管を超えて行動されます。この思考は、外交官という職業にも由来するのでしょうか。予算や制度を所管するのではなく、日本が世界で位置を占めるためには、どのようにするのがよいかを考えておられました。「今、それをしなくても」と考えられることでも、検討し行動に移します。
そして、それを実現するために、関係ある人を巻き込んでいかれます。ひとりではできないことですから。相手を動かすには、言葉(論理)とともに、信用される人間関係が必要です。そこにあるのは、憂国と情熱でしょう。

しかも、仕事だけでなく、多彩な趣味をお持ちです。その一つ、エジプトでの海中写真が、『フォト小説 ハンスとジョージ 永遠の海へ』(2021年2月、春陽堂書店)として、小説となって本にまとめられています。きれいな写真とともに、人の悲しみへの共感、人間の野蛮さへの怒りが書かれています。
私も、いくつもの場に誘っていただきました。私には縁のない分野が多く、楽しみでした。それをここで紹介するのは、行夫さんが喜ばれないでしょうから、書かないでおきます。
「全勝さんも熱いから」と言って、10年後輩の「内政官」をかわいがってくださいました。

商売と人権

2021年5月7日   岡本全勝

5月1日の朝日新聞夕刊、佐藤暁子さん(弁護士・国際NGO幹部)の「人権とビジネス、企業のあり方は」から。
・・・中国の新疆ウイグル自治区や香港、ミャンマーなどをめぐる人権状況が問題視されるなか、ビジネスのあり方が注目されている。日本企業はどう向き合うべきか。弁護士で、人権NGOでも活動する佐藤暁子さんに聞いた・・・

・・・中国の新疆ウイグル自治区のウイグル人の強制労働に取引先が関わっているとして、豪州の研究機関ASPIが、日本企業の名前を挙げていた。自治区を離れてウイグル人が働く工場が対象だ。佐藤さんらは、名前が挙がった日本の衣料品や電機メーカーなど14社に聞き取り調査し、結果を公表した。
答えなかった1社を除く全13社が指摘に反論した。それでも「強制労働の事実が明確に否定できない限り、即時に取引関係を断ち切るべきだ」と訴えた・・・
・・・中国当局は「人権弾圧」を否定している。一党独裁の国で「異論」は御法度。経営者の発言しだいで巨大市場から締め出されかねない。逆に、中国を支持すれば中国以外の消費者から批判を浴びる可能性がある。
話すだけ損だと考え、沈黙を続ける日本企業は少なくない。「政治的な質問にはノーコメント」「人権問題というより政治的な問題だ」。正面からの回答を避ける経営者が目立つ。

佐藤さんは批判する。
「全く的外れ。がっかりしました。強制労働は国際的な人権上の問題であって、『政治的』だから何も言わない、という話ではない。説明しないことは特定の民族への人権侵害の現状追認になってしまう」
米国のパタゴニア、欧州のH&Mなどは、サプライチェーン(供給網)において新疆ウイグル自治区から綿花など素材の調達をやめると表明している。「疑わしきは使わず」だ。
「企業は社会の重要な構成員として、力を持つ。材料の調達から生産、販売など一連の過程で人権の尊重を徹底すれば、多くの人権侵害を避け、また救済もできます」
「経営者は、市民社会に対して自らの価値観や哲学を含めて説明責任を果たしてほしい。そうしなければ、世界の投資家や消費者から批判を浴びることにつながるでしょう」・・・
この項続く

寓話。安値競争を続けると

2021年5月4日   岡本全勝

この20年間、日本では賃金が上がっていません。このホームページでも、新聞記事などを紹介しています。「低い日本の賃金」「日本は貧しい国
次のような、例え話を考えました。

ある島に、10軒の商店がありました。それぞれに10人の社員を雇っています。そこに、安さを売り物に、A社が進出してきました。
A社は機械化と作業の簡素化で、アルバイトでも仕事ができるようにしました。同じ品物が、従来の店より安く買えるようになりました。100人の住民は喜んで、A社の品物を買うようになりました。
売れなくなった10軒の店は、次々と商売を縮小し、社員を解雇しました。解雇された住民は、A社のアルバイトになりました。収入が減るので、安いA社で買い物をすることが増えました。A社は、ますます事業を拡大しました。

で、A社は栄えたか。そのようには、なりませんでした。
その後、売れなくなりました。10軒の商店がつぶれ、100人の住民がみんなアルバイトになりました。貧しくなって、物が買えなくなったのです。
この例え話は、コンビニにも、ファストフード店にも、当てはまります。