ノースカロライナ州立大学の勝又綾子研究員が、甘いものを食べないゴキブリを発見したことが、ニュースで伝えられています。4年間に7千匹のゴキブリに餌を与え、ブドウ糖を苦いと感じて、食べないゴキブリを見つけたのです。駆除剤は、ブドウ糖で包んでゴキブリが食べるように仕掛けてあります。生き延びるために、いえ食べなかったから生き延びたのでしょうが、そんなゴキブリがいるのです。甘い物好きのメタボには、朗報なのか地獄なのか・・。
今日紹介するのは、勝又さんの次のような発言です(2013年6月4日、読売新聞・顔欄)。勝又さんは2009年から、アメリカ暮らしだそうです。
・・米国生活は好きだが、レストランの味が今ひとつなのが悩みだ。「米国人はなぜ、この味をおいしいと思うのでしょうか」。いずれ、人間の味覚も研究したいという・・
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この四半世紀の日本の政治改革、その2
・・「平成デモクラシー」を特徴づけるものとして、先に透明性という言葉を持ち出した。これは単に政治がわかりやすくなったとか、メディアの役割が大きくなったとか、そういうことに止まるものではない。大げさにいえば、それは権力構造の大きな変化を伴っていたと考えられる。
かつて久野収と鶴見俊輔は顕教と密教という言葉を使って大日本帝国の権力構造を巧みに分析してみせたが、戦後の日本政治にもその手法はかなりの程度通用する。つまり、憲法に書かれている顕教によれば、日本は議会制であり、政党を基盤とした内閣が国会の信任を得て権力を行使するシステムを持っていたことになるが、実際のところは(密教によれば)憲法にその権限の規定のない役所に権力が集中し、個々の政治家や利益集団はその権力への接近を求めて日々角逐・競争に余念がないというのがその実態であった。単純化を恐れずにいえば、顕教によれば議会制であったが、密教によれば実は官主導であった。
ただし誤解のないようにいえば、この密教体制も議会制という顕教がなければ存続できない限りにおいて、この2つの側面は憲法体制の下にあって共生していたというべきである。政治家や政党の役割が重要でなかったわけではないが、権力のコアはあくまでも官僚制にあり、統治はそれによって実質的に担保されていたのである。多くの有権者も政治家よりは官僚により大きな信頼感を持ち、「政治家がダメでも、官僚がいるから大丈夫だ」という感覚で過ごしてきた・・
続く。
この四半世紀の日本の政治改革
講談社PR誌『本』2013年6月号、佐々木毅・東大名誉教授の「平成デモクラシーを問う」から。
・・平成になって四半世紀が過ぎた。平成元年はベルリンの壁が崩壊し、冷戦が名実ともに終焉を迎えた年であった。平成時代は世界史の大きな区切りとともに始まった。従って、平成を問うことは冷戦後の世界がどうであったかを問うことに重なる・・
政治についていえば、この四半世紀は世界規模での民主化の大波に洗われた時代であった・・日本はこの大波に無縁な民主主義国であったはずであるが、気がついてみると、日本の民主制もそれなりに大きく変貌した・・
今から四半世紀前の政治はすっかり姿を消した。確かに自民党という政党はあるし、再び政権の座についているし、相変わらず派閥という言葉はあるが、その内実は月とスッポンほどに違う。違いといえば「政治とカネ」の問題はその代表例であるし、今や「一票の格差」が二倍を超えたりすると違憲判決が出るようになった。
自民党自身が自らを変えようとし、それに他の政治勢力やメディア、有権者が加勢し、日本は連立政権から政権交代まで一気に走り抜けた。今や政治にとって透明性は命綱であるが、四半世紀前の政治は一言でいえば、派閥に代表される不透明性の集塊の感があった。「平成デモクラシー」はいわば透明性と変化に向けての体系的な跳躍の試みであり、リーダーシップにしろ、政権公約(マニフェスト)にしろ、そうしたものへの注目はこの大転換の中で生まれたのであった・・
この項続く。
世論支持率の不確かさ
5月20日の日経新聞夕刊に、「ブッシュ前政権、割れる評価」が載っていました。ブッシュ前大統領は、政権末期の支持率は2割台でした。イラク戦争の理由とした大量破壊兵器が見つからなかったこと、大型ハリケーン「カトリーナ」への対応のまずさ、金融危機での企業救済に対し、批判が多かったのです。
ところが、今年4月のワシントン・ポスト紙の調査では、支持率は47%で、5割台のオバマ大統領とほぼ同水準になっているそうです。
日本でも、毎月、マスメディアによる内閣支持率が発表されます。あの数字が、何を意味するのか。かつて、薬師寺克行・元朝日新聞政治部長の「世論調査政治の落とし穴」(2012年10月28日の記事)を紹介しました。
ブッシュ大統領記念図書館が、今月からテキサス州で公開されました。そこには、最も論争となった4つの政策決定(イラク戦争、金融危機対応など)に焦点を当てて、来館者が大統領の立場になって、さまざまな選択肢の中から政策決定を追体験できる展示があるそうです。これは、興味深い試みです。
世界金融危機に対処するため、2008年11月に、主要国首脳がワシントンに集まりました。1929年の大恐慌を繰り返さないため、各国が協調して事に当たろうという趣旨です。日本が先駆けて財政出動などを決め、世界各国に訴えました。中国も協調し各国の財政出動や、「囲い込み」をしないことなどで、危機は回避されました(総理記者会見時に、国際金融対策は、官邸の記者さんたちには理解されなかったようでした。質疑応答を読んでください)。
なお、この展示の「Decision Points Theater」は、ブッシュ大統領の回想録『決断の時 Decision Points』の表題と同じようです。
規制委員会は業界から嫌われるべき
朝日新聞3月6日オピニオン欄「原発安全の番人」グレゴリー・ヤツコ前アメリカ原子力規制委員会委員長の発言から。
「日本の原子力規制委員会は、NRCをモデルにして原発を推進する省庁と切り離しましたが、電力業界から不満や批判もあるようです」という問に対して。
・・業界の人たちが不満を持っているのなら、たぶんいいことです。規制当局にとって最も大切なのは、許認可の意思決定の際、独立して判断が下せる能力です。日本には今、それがあると信じます。
それには、自らが技術的な専門家集団でなくてはなりません。そうでないと、他の人たちの情報に頼らざるを得なくなる。規制当局の存在意義とは突き詰めると、事業者が自らノーと言いたくないことに対して、時にノーを言うことです・・
古くてすみません。連休中に資料を整理したら、切り抜いてあったのが出てきたので。でも、この主張には納得します。