投稿者アーカイブ:岡本全勝

カタカナ語乱造者

2020年8月14日   岡本全勝

このホームページ定番の、カタカナ語批判です(と書きつつ、ホームページもカタカナ語です。すみません)。
カタカナ語の氾濫と新作が収まりません。今回の新型コロナウィルスでも、意味が分からないカタカナ語が出ましたよね。クラスター、ロックダウン、アラート、ソーシャルディスタンス、PCRなどなど。

乱造しているのは、政治家、官僚、学者で、それを拡散しているのがマスメディアです。ここに見えるのは、日本語を大切にしない、英語をかっこよいとありがたがる拝外心理です。そして、国民に理解してもらうことを考えず、内輪の言葉をそのままカタカナにして使う無神経さです。イベントは催し物に、ステージは段階と、日本語にすれば良いでしょう。

マスメディアも、大きな責任があります。このようなカタカナ語をそのままニュースで使うのは、避けるべきです。日本語に、簡単に言うと国語辞典に載っている言葉に言い換えて伝えるべきです。
NHKニュースに「やさしい日本語のニュース」があります。日本には、たくさんの国から外国人が来るようになりました。その人たちがわかる日本語を使ってください。特にNHKは公共放送としての役割があります。(もっとも、NHKもカタカナ語なので、初めて聞いた人は困るでしょうね)。もちろん、新聞記者も同罪です。

主な過去記事「カタカナ日本語、イベント」「伝わっていないカタカナ語」「相手に通じないカタカナ語」「カタカナ英語」「カタカナ英語の弊害 ブラック企業

3つの疲れ

2020年8月13日   岡本全勝

あなたの限りある1日」の続きにもなります。
「疲れる疲れる」と言いますが、私たちの疲れには、3種類のものがあるようです。体(肉体)の疲れ、頭(脳)の疲れ、心(精神)の疲れです。

体の疲れは、わかりますよね。運動したり農作業をすると疲れます。頭の疲れは、勉強をしたり文書事務をしたときの疲れです。いすに座って、体を動かさないのに疲れます。この二つはわかりやすいです。しんどくなって、やめたくなります。眠くなります。

三番目の心の疲れは、少々わかりにくいです。対人関係などに疲れ、心の病になることがあります。同じ仕事でも、淡々とこなしているのと、上司のプレッシャーがあるときでは、疲れ方が違います。同じ内容を話すとしても、大勢の前で話す場合や、厳しい上司の前で話す場合は緊張して疲れますよね。緊張や不安がストレスになり、それが原因になるようです。

最初の二つは、自分でも疲れたとわかり、休憩を取り回復させます。難しいのは、三番目の心の疲れです。休憩を取っても、回復しないことがあるのです。常に頭の隅に残って、本人に負担をかけます。そして、自分では気づかない。何が原因か、周囲の人はわからない。また、同じような原因でも、心の病になる人とならない人がいるのです。
参考「疲労の原因は脳

コロナウイルスで変わることと変わらないこと

2020年8月13日   岡本全勝

「新型コロナウィルス感染拡大で社会が変わる」とマスメディアで流行しています。でも、本当にそうでしょうか。「変わる」は、マスメディアの商売文句です。何か変わったこと、新しいことを主張し「売らなければ」ならないからです。

私は、一部変わるところがあるが、大きくは変わらないと考えています。在宅勤務がしやすくなるでしょう。しかし、それに向いている仕事以外は、元に戻ると思います。学校がインターネット授業になるか。たぶん、多くの学校でそうはならないでしょう。例えば「テレワークの短所」。
多くの人は、職場に行きたい、同僚と話したい。学校に行きたい、友達と話したいのです。飲食店や行楽地が人が戻らないか。それは困るでしょう。感染拡大に注意しながら、元の生活に戻るでしょう。

東日本大震災でも、「災後」という言葉で、社会が変わると言われたことがあります。私は、意識して変えない限り、変わらないと主張しました。災害復旧の哲学を、公共施設の復旧から住民の生活の再建へと変えました。ここは確実に変わったと思います。しかし、多くの人の日常生活は変わりませんでした。

あなたの限りある1日

2020年8月12日   岡本全勝

このホームページ定番の、スマホ批判です。
毎日、地下鉄を待つ間も乗ってからも、学生や会社員が熱心にスマホを操作しているのを見ます。ドラマや漫画を見たり、ゲームのようです。朝から、そのようなことに体力と脳力を使って、もったいないですね。
「隙間時間に、何をしようが自由だ」と言われそうですが、そうではないのです。

私たちの1日で貴重なもの。それは、時間、体力、脳力です。これらは、限りがあるのです。
時間に限りがあることは、明確ですよね。みんなに同じように24時間が与えられています。それをどのように使うのか、何に使うのかで、有意義な1日かそうでないかが決まります。そして、あなたの人生も変わってきます。

体力も、わかるでしょう。時間と違い、体力には個人差があります。そして、体力は鍛えることができます。しかし、24時間走り続けることはできず、24時間働き続けることもできません。限りがあります。時間と同じように、あなたが何に体力を使うかが重要なのです。

脳力は、少し説明が必要でしょう。人間の脳の機能にも、限界があります。体力と同じで、1日中勉強をしたり、仕事をすることはできません。子どもも私たちも、根を詰めて勉強すると疲れて、嫌になります。また、そのような知的活動でなくても、映画を見続けると疲れますよね。ゲームも同じです。疲れると、眠くなります。脳力が限界に来ているのです。そのようなときは、寝なくても、ボーとしているだけ、あるいは気分転換と称して散歩したりすることで回復します。
もう一つは記憶力です。一度に覚えることができること、あるいは1年間覚えていられることには限界があります。つまらないことに脳の機能を使うと、重要なことを覚えることができません。

体力も脳力も、朝が一番さえています。貴重な時間と脳力を朝から浪費している人を見る度に、もったいないなあと思います。そして、このあと、学校や職場で勉強や仕事に集中できないのではないかと、心配になります。この項続く

男性原理の退潮

2020年8月12日   岡本全勝

引き継がれる敗戦のトラウマ」の続きです。8月7日の日経新聞文化欄、赤坂真理さん「現代男性の心に刻まれた「敗戦のトラウマ」とは」から。その2です。

・・・このところ男性らしさや男性性を嫌悪したり、男性であることに罪悪感を抱いたりする傾向を感じる。男性のパワーを良いものとして発揮できる機会が減っているからかもしれない。
社会インフラが整ったことで、スイッチひとつで何でも動き、日常生活から力仕事が消えた。優しい男性を望む女性も増えている。そのような戦後空間に適応するために、男性性がしぼんできていると見ている。

しかし性差のダイナミズムがなければ動かないところもある。日本の夫婦形成は見合いより恋愛が主流になり、マッチングが成立しにくくなっているのがその例だ。
ひとり暮らしが増え、これまでの家族の形を前提にした社会ではひずみが大きくなっていくだろう。家族の概念を広げることもありうる。恋愛するしないにかかわらず、親密な人がいたほうが困らないことが多い。親族のつき合いや地縁が緩むなか、ひとつの家族だけで人生の不確実性に対処するのも限界があるだろう。これまでとは違ったかたちで、帰属感を持ちうるコミュニティーが求められていくだろう・・・

平成時代に、男女共同参画が広がりました。昭和憲法で男女同権をうたったのですが、実際の生活では、男性優位の暮らしが続いていました。それが、仕事場や家庭において男女対等が実現しつつあります。しかし、世の中の男たちは、男性優位の社会で育ってきたので、どのように行動して良いか戸惑っています。
結婚しない人、子どもを持たない人、片親で育てる人、定住外国人・・・これらも、これまでは「標準外」として扱われたのです。家庭の在り方、地域社会の在り方が大きく変わりつつあります。意識を追いつかせることが、課題です。