投稿者アーカイブ:岡本全勝

風営法によるコロナ対策の飲食店立ち入り

2020年8月9日   岡本全勝

8月6日の朝日新聞「コロナ禍の日本と政治」に、原田宏二・元北海道警幹部の「コロナ対策で警察、問題ないのか 風営法での立ち入り、根拠なし」が載っていました。

・・・接待を伴う飲食店での新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、政府は、風俗営業法(風営法)に基づく警察官の立ち入り調査に合わせて、感染対策の徹底も店側に促すと表明した。だが、同法はコロナ対策を目的とした法律ではない。政府は通常調査に「合わせた」形での呼びかけで、法的に問題ないと主張するが、政治主導の警察の動員に危うさはないのか。北海道警元警視長の原田宏二さんに聞いた・・・

・・・風営法はコロナ対策を目的とした法律ではなく、それに基づく立ち入りは法的根拠がありません。警察の責務は警察法で明記され、活動は厳格にその範囲に限られます。逮捕などの強制捜査をすることもあり、ほかの行政機関よりも厳格に法や、法の手続きを守ることが求められるからです・・・

・・・問題はそれだけではありません。感染リスクもあります。警察官を守る装備や手当、コロナの基本的知識の習得も必要です・・・

全国知事会、コロナ対策での役割

2020年8月8日   岡本全勝

8月6日の読売新聞解説欄は、「知事会 コロナ積極提言…オンラインで意見集約」でした。
・・・新型コロナウイルスの対応をめぐり、全国知事会の動きが活発化している。機動的にオンライン会議を開いて各知事の意見を集約し、繰り返し政府に提言している。ただ、かつての「国との対決姿勢」は影を潜め、国への依存が強まることを危惧する声もあり、地方分権のあり方が問われている・・・

・・・知事会で全国の知事が顔を合わせるのは通常、年2、3回の会議のみ。だが、新型コロナの感染拡大を受け、2月下旬に飯泉会長を本部長とする対策本部を設置し、これまでに10回もの会議を開く「異例の対応」(事務局)をとる。5回目以降は全面的にオンラインでの開催となり、地元にいられる便利さから知事本人の出席が一気に増えた。
新型コロナ対応では自治体が主導的役割を担わざるを得なくなり、最前線に立つ知事に脚光が当たった。改正新型インフルエンザ対策特別措置法では、緊急事態宣言下での外出自粛の要請や施設使用制限の要請・指示など、知事に強い権限が与えられた。知事会も、現場の声が集まる場として注目されたことで知事の参加意欲も高まった。
知事会は会議のたびに政府への提言を取りまとめ、機を逃さず担当閣僚らに要望。提言は「対策本部」名義だけで11本に上る。感染拡大を防ぐための休業要請に応じた事業者への補償をめぐっては「休業要請と補償はセット」と訴えた結果、地方創生臨時交付金を休業への協力金に充てることが認められた・・・

新しい形での、全国知事会の役割が見えてきました。詳しくは記事をお読みください。

階統制組織と平等的組織、その2

2020年8月8日   岡本全勝

階統制組織と平等的組織」の続きです。組織には、構成員が平等な組織と、上下関係をつくる組織があります。前者がホラクラシーで、後者がヒエラルキーです。

会社や役所では、ホラクラシーではなく、ヒエラルキーが採用されます。あわせて、各人の任務が明定される官僚制が用いられます。それは、次のような理由です。
全体の方針を決める、あるいは課題が生じた際に、全員が集まって議論をして結論を出す必要があります。これは、時間がかかります。議会がそうです。また、組織が大きくなると、全員集会はさらに時間がかかります。
方向性が決まれば、ホラクラシーでは構成員の自主性によって、よい成果が出ることが期待されます。ヒエラルキーでは、上司の命令によって、嫌々仕事をする場合もありますから。しかし、各人の任務が明確に規定されていない場合は、どこまでやれば達成したことになり、どの程度では不十分なのかの評価もあいまいになるでしょう。不熱心な構成員がいると、うまく機能しません。各選手の自主的行動が重要なサッカーとの違いです。

ホラクラシーは、各人の参加意識を高めることで業務執行に有効なのですが、それが機能するためには少人数であること、参加者みんなの参加意識が高いことが必要です。また、方向性を参加者が決めることができるような組織でないと、機能しません。
日本型職場の、全員一致・社員平等慣行は、ホラクラシーに近いのです。前例通りなど方向性が共有されている場合は効率的なのですが、決定に時間がかかる、方針転換ができない、職員の任務と評価があいまいなどの欠点を持っています。

なお、ここでは触れませんが、議会や同好会のような平等組織は、議長や会長を構成員が選ぶので、構成員によって解任される恐れがあります。「みんなに選ばれた」という強固な基盤とともに、「いつ解任されるかわからない」という不安定性があります。

連載「公共を創る」第51回

2020年8月7日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第51回「日本は大転換期―成熟社会で見えてきた問題」が、発行されました。
前回まで(第39回から第50回まで)、日本が大転換期にあることを、「成長から成熟へ」として、昭和後期と平成に分けて見てきました。今回からは、これらの変化が、私たちの生活と意識に与えた影響を議論します。それが、行政に変化を迫っているのです。

私たちは、人類誕生以来の3つの敵に、初めて打ち勝ちました。それは、飢餓と貧困、病と死、戦争と暴力です。そのほか、隷属、社会からの束縛、不平等などの「壁」も乗り越えました。豊かさと自由だけでなく、苦痛や困難を克服したのです。
このようなかつてない豊かな生活に満足しながら、国民は不安を感じています。そして、成熟社会では、これまでのような消費と生産の好循環は期待できません。

危険に対する科学者と政治家の役割分担

2020年8月7日   岡本全勝

8月2日の読売新聞「コロナ禍と原発事故」、小林傳司・大阪大名誉教授の「科学 解答には相応の時間」から。
・・・科学は、人間社会が手にした最強の知的道具です。それ故に、新型コロナをはじめとする新興感染症や2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故のような有事の際には、科学者の知見を、被害拡大を防ぐ政策判断に反映させようと試みられてきました。そこには、常に難しい問題が潜んでいます。
科学者が客観的な事実やリスク評価を示す役割を担い、それをもとに政治が基準を定めたり、判断を下したりするというのが、通常の科学と政治との関係です。こうした分業でうまくいく事例はたくさんあります。ところが、うまく機能しないタイプの問題が噴出してきました。古くは原発の安全性をめぐる議論であり、今回の新型コロナ禍への対応なども、その典型です・・・

・・・新型コロナの場合はどうでしょうか。感染防止という観点だけでいえば「濃厚接触を断つしかない」と、専門家の考えは極めて明瞭です。しかし、いつまで自宅で巣ごもりを続けるべきなのか、感染リスクをある程度許容しながら経済活動を維持すべきなのか。政治と交わる境界領域で何を重視するのか、科学だけでは答え難い「トランス・サイエンス」の問題と言えます。

こうした問題では、政策決定者と専門家の間で十分に議論することが、必要不可欠です。特に、医学や公衆衛生学は、「人の命を救う」「感染症から社会集団を守る」という目標を掲げた学問であり、ある種の線引きや基準づくりが求められる分野です。その点で、政策判断との親和性が高かったはずです。

ただ、政府への提言を検討してきた当事者たちは難しいかじ取りを迫られたと感じていた。新型コロナ対策を助言してきた専門家会議が6月、自身の活動について「前のめり」「政策を決めている印象を与えた」などと総括する報告書を公表したことでも明らかです。
知見が少なく制約が多い中で、提言や情報発信にあたった苦労が文面からも伝わってきます。大事なのは、最終局面での判断は、政治の責任で引き取り、科学との境界をはっきりさせることです。そうしないと、科学者が政治的決定の責任を問われかねず、助言するシステムそのものが崩壊してしまうからです・・・