投稿者アーカイブ:岡本全勝

連載「公共を創る」第150回

2023年5月18日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第150回「現代日本の新しい対立軸」 が、発行されました。前回から、現代日本の、新しい対立軸を考えています。

私が考える第1の対立軸は「非正規格差」です。第2の対立軸は「保守と革新」です。といっても、かつてのような復古的な右翼と、革命を目指す左翼の対立ではありません。
かつての日本社会の安定と経済成長を支えた、日本的経営、労働慣行、「標準的家庭」、男女の偏った役割分担などを忘れられない人たち(保守)と、それを変えようとする人たち(革新)との違いです。

以上の二つの対立軸と交叉するのが、もう一つの軸である「排斥」と「包摂」、多様性を認めるか否かです。国民の中に多様性を認めるとともに、困難を抱えた人を包摂しようとする考え方と、少数者を排斥するないしは自己責任を求める考え方の対立です。

ここに挙げた3つの対立軸は、現在の日本社会に生まれている亀裂です。しかし、個々の問題は議論されていますが、まだ社会を分断する対立軸として認知され、克服のための進行方向が共有されていないようです。対立の両側が組織化されていないことと、それぞれの立場を代表する理論や進行方向(理想像)が示されていないせいでしょう。それを拾えていない政党政治にも、問題があります。

これで、第4章2(3)「社会をよくする手法」を終えて、次回から、3(1)「社会の変化と行政の役割」に入ります。(3)「社会をよくする手法」は、もっと簡単に終わると考えていたのですが、意外と長引きました。

宇奈月温泉引湯管事件

2023年5月18日   岡本全勝

5月9日の朝日新聞夕刊に、「民法の「聖地」、お守りでPR 富山・宇奈月温泉、「権利ノ濫用除」」が載っていました。

・・・権利を振りかざしてあなたを害する人物や出来事をよけ、良い縁を結ぶ。そんなお守りが、トロッコ電車で有名な黒部峡谷(富山県黒部市)にある宇奈月温泉で生まれた。その名も「権利ノ濫用除(らんようよけ)お守り」。モチーフになったのは、法律を学んだ多くの人が知る歴史的事件だ。
今年100周年を迎えた宇奈月温泉は1923年に開湯し、黒部川上流の黒薙温泉から引湯管(木管)で湯を運んでいた。しかし、木管がかすめる約2坪の土地について、利用の承諾を得ていなかったという。
このことを知った人物が土地を購入し、温泉を運営する黒部鉄道(現在の富山地方鉄道)に対し、木管を撤去するか、隣接する土地を含めて高額で買い取るよう要求。
黒部鉄道が断ると、木管の撤去と立ち入り禁止を求める訴えを起こした。最高裁の前身である大審院は35年、双方の利益を比べ、土地所有者が権利を行使する目的を踏まえて「権利の濫用」として訴えを退けた。

宇奈月ダム湖の湖畔には、事件の舞台であることを示す石碑があり、今も法学生や専門家が訪れる「聖地」だ。だが、黒部・宇奈月温泉観光局の石田智章さん(39)は「学術的価値が認められているものの、一般には知られていなかった」と話す。事件を題材にした町おこしの話が出ても具体化しなかったという・・・

民法の授業で必ず出てくる引湯管事件です。私も習ったのですが、富山勤務時代に現地は何度も通りながら、現場には行きませんでした。

コメントライナー寄稿第11回

2023年5月17日   岡本全勝

時事通信社「コメントライナー」への寄稿、第11回「「行政文書」は正確か」が、5月11日に配信され、16日にはiJAMPに転載されました。時事総研ホームページでも、しばらく見ることができるようです。

この3月に国会で、総務省の文書が正確かどうか、が議論になりました。「行政文書なのに、内容の正確性が争われることがあるのか」と疑問に思われた方もおられるでしょう。
私が鹿児島県文書課長を務めた約40年前には、現在の「行政文書」という言葉はありませんでした。職員が作った文書は、「公文書」といわれる保存を前提とした重要な文書と、それ以外の執務の過程で作ったメモなどに区分されていました。

「行政文書」という言葉は、1999年に制定された「情報公開法」で作られました。同法では、行政文書には、先に述べた公文書とそのほかの文書の両方が含まれることになりました。ここに、「革命」が起きました。

「公文書」は正確ですが、「そのほかの文書」はええ加減な物です。例えば幹部から電話で指示があったとします。メモを取とった場合に相手に確認を取ることができればよいですが、ほとんどの場合そんなことはしません。「今の話を文書にしました。これで間違いなければ確認の署名をください」と言うことは難しいです。上司には「アレをアレしておいてくれ」というような指示をする人もいます。
そのようなメモについて「正確ですか」と聞かれても、作成者は「私は正確だと思いますが・・」としか答えようがありません。

引きこもり、家族内での解決には限界

2023年5月17日   岡本全勝

5月6日の朝日新聞くらし欄「ひきこもり146万人:5」「家族内での問題解消に限界」、明治学院大・関水徹平准教授へのインタビューから。

国の調査で、ひきこもっている人(15~64歳)が全国に推計146万人いることがわかりました。明治学院大の関水徹平准教授(社会学)は、調査結果を読み解きながら、「ひきこもりは、家族主義の限界点」だと言います。その理由を聞きました。

――今回の調査で、コロナ禍が原因でひきこもり状態になったと答えた人が約2割でした。
ひきこもりと聞くと一般的には家や部屋から出ない状態がイメージされると思いますが、この調査では、仕事や学校に行っておらず、社会参加の場が限定されている多様な状態を「ひきこもり」ととらえています。
前回調査でも今回調査でも、家や部屋から一歩も出られない人は少なく、多数派はコンビニや趣味の用事では外出していました。コロナ禍でますます、外出頻度だけに着目していては実像が見えなくなってきました。
今回調査でも、ひきこもり群の大半は、家庭・学校・職場のいずれも居場所だとは感じられないと回答しています。本人の自己否定感や社会のどこにも居場所がない感覚、働きづらさに注目する必要があります。

――前回調査では40~64歳だった対象年齢を、今回は10~69歳に広げました。
例えば10代の不登校なら学校教育のあり方、大人のひきこもりなら労働市場のあり方や精神医療や社会福祉への偏見なども関わっていて、世代によって社会的な背景が異なります。ひとくくりにすることで、見えなくなる部分があります。
「ひきこもり」という言葉が政策や調査の文脈で使われるとき、それは個人の行動や家族内の問題としてとらえられがちです。社会参加の難しさを生み出す背景、例えば「フルタイムの正社員」で就労しないと生活が安定しないといった社会構造や社会保障制度の問題が覆い隠されてしまいがちなのです。

――それによって、どんな問題が起こりますか。
家族を唯一の支援のリソース(資源)としてしまうと、親は子どもに就学や就労のプレッシャーをかけてしまい、当事者はますます親に対するネガティブな感情を抱いてしまいます。私がひきこもりの調査を始めた2006年ごろ、当事者たちの多くが「家族と関係が悪いのに、家族にしか頼れない状態にある」と気づいた時、この問題の核が一つ見えた気がしました。

――海外でも、「Hikikomori」という言葉が流通していると聞きます。
欧州の多くの国々では、子どもが一定の年齢になると、法的にも親の扶養義務はなくなります。日本では、年齢制限がありません。だから、日本においてひきこもりは、「家族に頼っている」というイメージがセットになっているのだと思います。
途上国では、親族や地域のコミュニティーが生活保障の基盤です。一方の日本では、核家族を超えた親族や地域の助け合いという基盤は弱く、世帯は不安定になりやすい。以前はそれを補ってきた企業福祉も縮小し、限界が来ています。

ウクライナ代表団への講義

2023年5月16日   岡本全勝

今日5月16日は、国際協力機構(JICA)の依頼で、ウクライナ政府と自治体の代表団に、復興の講義をしてきました。
ウクライナは、ロシアの侵攻により、大きな被害を受けています。まだ領土を全面的に回復するまでには至っていませんが、戦災からの復興が課題になっています。国際協力機構が、復興支援のために代表団を招聘し、日本が協力できることを準備しています。その一つとして、東日本大震災からの復興について講義してほしいとの要請でした。

事務局と相談し、大震災被害のうち、津波被害より、避難生活が長引いてから帰還するという原発事故被害がウクライナに当てはまると考え、それを中心に話を組み立てました。関係省庁などの協力を得て写真を集め、資料をつくりました。
戦災で壊されたインフラを復旧しなければならないのですが、私たちの経験では、それだけでは住民は戻ってきません。産業復興とコミュニティの再建が重要です。私の意図が十分に伝わったようで、途中の質問も適確で、講義後もそれぞれにお礼を言いに来てくださいました。
ウクライナでの戦災復興は、今後本格化し、日本をはじめ各国の支援も進むでしょう。こんなところで、私の経験が使えるとは。私の話がお役に立てれば、うれしいです。