国のリーダーの謝罪

7月15日の朝日新聞オピニオン欄、竹内幹・一橋大学准教授の「過ちと向き合うリーダー 謝罪は信頼回復のために」から。

・・・首相の謝罪の言葉は、意味のない決まり文句になってしまったが、世界でなされた謝罪には、歴史的に重要な意義をもつものも多い。
国のリーダーによる謝罪として有名なのは、1970年にポーランドのワルシャワ・ゲットー(ユダヤ人隔離地域)を訪れた西独のブラント首相によるものだろう。記念碑の前でひざまずいて黙祷する首相の姿は、戦後ドイツの新しい外交を象徴するものとして記憶されている。

歴史的謝罪を多くなしたのが、教皇ヨハネ・パウロ2世だ。例えば、17世紀に地動説を唱えたガリレオを異端としたことは誤りであった、と92年に認めた。さらにさかのぼれば、1204年に起きた十字軍によるコンスタンチノープルの略奪についても、彼は謝罪している。
こうした歴史的事件への謝罪は、20世紀末から顕著になってきた。
米国政府は1993年に米国人によるハワイ王国転覆のことを謝罪し、2009年には連邦議会が、奴隷制とジム・クロウ法(奴隷制廃止後も人種差別を規定した法体系)について公式に謝罪した。オーストラリアのラッド首相は08年、先住民族への差別や虐待について議会で公式に謝罪した。18世紀末にヨーロッパ人が入植して以来、豪政府として初めての謝罪であった。

カナダでも、先住民族の子供たちを寄宿学校に住まわせる同化政策が100年以上にわたって採られ、15万人以上の子供が親から強制的に引き離された。政府の調査委員会は子供らが劣悪な環境におかれ、身体的・性的に虐待を受けていたと報告し、08年にハーパー首相が公式に謝罪した。今年に入り、学校の跡地に子供のものとみられる人骨が多数埋葬されていることも判明し、学校を運営していた教会には非難が寄せられた。トルドー首相は6月、ローマ教皇がカナダを訪れて先住民族に直接謝罪することが重要だと訴えた・・・

連載「公共を創る」執筆状況報告

恒例の、連載「公共を創る 新たな行政の役割」の執筆状況報告です。
第4章1(2)「新しい不安への対応」のうち、「変わる安心提供の手法」を書きあげました。右筆たちに手を入れてもらい、それを反映して、編集長に提出しました。ゲラにしてもらうと、5回分になりそうです。これで、8月が乗り切れます。

今回も難渋しましたが、苦労しただけのことはありました。右筆たちも、鋭い指摘をしてくれて、ありがたいです。少し時間の余裕ができました。
続き(3)に着手しているのですが、余裕ができるとほかの本に手を出してしまい、執筆はなかなか進みません。このホームページ更新も、結構時間がかかります。

書評欄で見つけた面白そうな本のほかに、さらにいただき物の本が続いて、うれしい悲鳴です。崩れた山から発掘された本に、歴史や科学など面白そうなものが見つかります。もっとも、猛暑続きで、寝る前を含めて、読書は進みません。

代替案を考える、考えない

7月13日の朝日新聞オピニオン欄「プランBが見えない」から

兪炳匡さん(神奈川県立保健福祉大学教授)の発言「失敗想定せず閉鎖的ゆえ」
・・・日本の官僚や政治家には、そもそも政策が失敗しうるという前提がないから「プランB」がないのです。法案を作る、法律を実施する、事後評価するという三つの段階は、民主国家ではそれぞれ別の組織が行います。しかし、官僚は単独でこの「3役」を事実上、担っています。このシステムでは、失敗が存在しえないのです。科学的なエビデンスによって失敗を発見・修正する需要も生まれません。

これに対して欧米社会では「人間のすることだから必ず失敗を起こす」と考えます。失敗、とりわけ最悪の事態を予想して、それを予防・回避するようなシステムの策定に知性の大部分を使います。
常に失敗を想定し、プランBを起動できるようにしておくことが重要ですが、日本ではそれを無駄とみなす傾向があります。プランBの策定を却下するという知的怠慢を正当化する理由も、不透明なものが多い。戦前なら「天皇が却下したから」、戦後なら「米国が却下したから」が典型です。無批判にそれを信じる国民にも問題があります・・・

ヤマザキマリさん(漫画家・随筆家)の発言「私たちはイワシの群れか」
・・・東京五輪をパンデミック(世界的大流行)の中でもやらなければならない具体的な理由を知りたいし、説明の内容次第では「仕方がないか」と納得がいくかもしれない。ただただ「うまくやりますから」では、バカにされているような気がするだけです。
疫病が蔓延している最中に人間が一斉に集まるなんて、古代の人ですら誰もしていませんよ。イワシの群れみたいに一斉に一緒に動いて、そのうち何匹かは食われてしまうけど、それでも大半が生き残るからいいでしょう、という感覚なのでしょうか。
為政者が簡単に統括できるのは、人があまり深く物事を考えない社会です。様々な意見を生み出す知性や教養は邪魔になります。長いものには巻かれてしまう社会的傾向には抗えないにせよ、その状態を離れた位置から俯瞰できるようになるべきではないか。世間体に従わなければいけない状況でも、違和感は持つべきです。それが日本人がこれから進むべき次の段階ではないかと感じています。
「場合によっては五輪ができない場合もある」と最初から頭の片隅で思っているべきなんです。災害が起きた時もプランBやプランCを持つ人の方が冷静です・・・

・・・イタリア人は人の話も聞かず、列をつくれば横入りするような人たちが少なくありませんが、最初のロックダウン(都市封鎖)の時は、なぜか一斉に規律を守りました。いざという時にどうすべきか、自分で考える訓練ができていた結果だと思います。
理想の形は、オーケストラのようなイメージです。それぞれの楽器でソリストとして素晴らしい音楽を演奏することもできるけれど、そんな彼らの特性をよく理解した指揮者にあたれば、統括した時に素晴らしい交響楽になる。
それこそがアリやイワシとはまた違う、人間という精神性を持った生き物にふさわしい群衆社会のあり方なのではないかと。難しそうですが、お互いの異質性を認めつつも共存できるのが理想的な人間社会ではないかと思います・・・

山本健太郎著「政界再編」

山本健太郎著「政界再編ー離合集散の30年から何を学ぶか」(2021年、中公新書)を紹介します。
自民党が分裂して、細川連立内閣ができたのが1993年です。それから30年近くが経ちます。その間に、政党の離合集散は目まぐるしいものがありました。
本書は、まずその歴史を通史として描きます。いや~、こんなにもたくさんの政党があったのですね。読んでいると、「そういえばこんな政党もあったなあ」と懐かしくなります。私は、二度の政権交代を間近で見ました。そのことなども思い出していました。
30年とは結構長い年月で、若い人は知らないことが多いでしょう。この本は、役に立つと思います。

他方で、衆議院選挙に小選挙区制を導入したのは、金のかからない選挙を目指すとともに、二大政党制を目指したからです。一時はそれに成功した、政権交代もできたと思えましたが、その後の歴史は二大政党制、政権交代とはまったく違った状態になりました。自民党は野党に転落しても大きな分裂はせず、民主党はバラバラになりました。
本書では、その原因を探ります。政治家たちが次の選挙で当選するために、「落ち目になった政党」を見限ります。しかし、相手の党の候補者がいる選挙区では、相手党への鞍替えは困難です。その際に検討されるのが、第三極です。第1党と第2党がせめぎ合っていると、第3党は少数でもキャスティングボートを握ることができます。第1党が絶対多数だと、第三極の出番はありません。この分析は、切れ味がよいです。
そして、今後の展望も書かれています。

思いついたことを書いておきます。
一つは政党の機能です。国民の政治意識や政治への要求(の分裂)を反映するのが、政党の役割でもあります。政党の背景に、利益や政治的主張の異なった勢力があり、それを代表するのです。かつてのイギリスの保守党と労働党がわかりやすいです。
日本のこの30年間の政党再編は、それとはどのような関係に立つのか。冷戦終了で、社会党の存立意義がなくなり、経済成長を遂げ停滞に入って労働組合も意義を失いました。政治的対立軸がなくなったのか、あるいはそれを示せない野党・言論界に責任があるのか。
もう一つは、地方組織や支持母体です。地方組織や支持母体がしっかりしておれば、このような簡単な離合集散はできないと思います。

山本健太郎君は、私が東大で客員教授として授業を持っていたときの「塾頭」の一人です。塾頭たちはその頃、大学院生で、新米教授の私を指導してくれました。

移民の文化

7月13日の日経新聞文化欄に、細川多美子・サンパウロ人文科学研究所理事の「ブラジルに根づいた「カイカン」を訪ねて 400超の日系団体、地域に溶け込む活動を調査」が載っていました。

ブラジル各地に日系団体(アソシアソン・ジャポネザ)があります。「カイカン」の名で親しまれ、その数400以上だそうです。「会館」の意味でしょうね。戦前から同国に渡った移民が創設した日系文化・体育協会などの組織の総称です。その実態を調査しました。
ブラジルは、最初の移民上陸から100年以上がたち、いまや世界最大の日系社会が形成されました。
それらの団体は、日系人だけで固まることなく、コミュニティに溶け込む活動が多いのだそうです。運動会など、市や州の公式カレンダーにも取り上げられます。

それ自体喜ばしいことですが、ひるがえって、日本に定住している外国人たちの文化やコミュニティはどのような状態に置かれているのか、変化しているのか。それが心配になります。