福島県の魅力度が、昨年の34位から27位に上昇しました。
民間の調査会社が行った、都道府県の魅力度を認知度や地域のイメージなどの項目で順位付けする調査です。「地域ブランド調査 2018」(2018 年10月15日、株式会社ブランド総合研究所)。3万人にインターネットで聞いたものです。
大震災と原発事故から7年余り。その影響が、徐々に薄れているのでしょう。事故がなければ、上位に入る県ですから。
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宮城県被災地視察2
宮城県被災地視察で考えたことです。住宅や道路などの施設は、ほぼめどが立ちました。防潮堤や復興道路(壊れた道路を復旧するのではなく、新しく造る道路)などは、工事が続くものも残るようですが、当面の暮らしには問題ありません。
すると、町のにぎわい回復が大きな課題です。簡単にいうと、働く場と買い物の場、そして人のつながりです。
岩手県視察の際にも書きましたが、各市町村は町の中心部ににぎわいの拠点をつくる設計をしました。駅やBRTのバス停近くに、図書館や公共ホール、商店や飲食店を集めました。これは、かなり成功しているようです。高校生たちが、時間待ちの間、図書館で勉強しているとか。
気仙沼市も内湾地区の施設が建ち始めました。最近の姿。
産業復興は、施設設備への補助金や、専門家による支援を行いました。「この支援がなかったら、再建はなかった」とおっしゃる事業主が多いです。もっとも、このような支援だけで事業が続くわけではなく、事業主さんたちの大変なご苦労があって、事業は再建しています。課題は、販路の確保と従業員の確保です。
八葉水産(気仙沼市、塩辛など水産加工品)は、工場が流されましたが、二重ローン機構や結いの場などの戦痕か支援を使って、復活しました。みらい造船(気仙沼市、造船)は、5つの造船所が合併し、新しく工場を作って移転します。最新鋭の設備です。向こう3年間の受注があるとのこと。地方での就職支援をしているマチリクは、気仙沼市で活動してくれています。
デ・リーフデ北上(石巻市、トマトとパプリカの温室栽培)は、津波被害を受けた農地で、オランダ式のハウス栽培を始めました。再生可能エネルギーで化石燃料を削減する取り組みをしています。ここも、約100メートル×200メートル、高さ6メートルの巨大な温室です。注文のすべてを引き受けられない状況です。
それぞれ、たくさんの従業員を雇ってくださっています。産業再建支援に、国が本格的に取り込んだのは、東日本大震災が初めてです。道路や防潮堤などの施設整備に比べると、予算額は数桁小さいですが、その効果は大きいです。
すがとよ酒店(気仙沼市、鹿折)にも、お邪魔しました。大きな町であった鹿折地区は、津波で町全体が流されました。そこで、100年続くお酒屋さんです。菅原文子さんは、津波で夫、両親を亡くされました。仮設店舗を経て、今のお店を再建されました。
店の2階を小さな集会所にして、ご自身の語り部やコンサートなどをしておられます。一人生き残った場面のお話しは生々しく、胸を打たれるものでした。他人にはわからないつらさを超えて頑張っておられる姿には、頭が下がります。
私や行政は、どうしても数として、被害や復興を捉えます。全体の状況を把握するには、数値が一番わかりやすいのです。しかし、数字を相手にしていると、現場の姿を忘れてしまいます。そこには、一人一人の生活、一つひとつの会社の事業があります。それぞれに違ったご苦労をされ、また悲しみを乗り越えてこられました。
視察に行って車窓から見ている、あるいは市役所で説明を聞いているだけではわかりません。訪問先の事業主の方のお時間を取って申し訳ないのですが、やはり、その方々のお話を聞くことは重要です。今回も、お忙しい中、時間を割いていただき、さらにぶしつけな質問に応えていただき、ありがとうございました。
慶應大学、地方自治論Ⅱ第2回目
今日は、慶應大学で地方自治論Ⅱの第2回目の授業でした。126人が出席しました。
地方財政の導入部として、住民がどれだけ自治体や国のサービスを受けているかを、説明しました。朝起きて、水道や下水道を使い、公道を歩き、信号で止まります。ゴミ集め・・・とたくさんの公的サービスを受けています。一生で見ても、生まれる前の母子手帳から、健康診断、保育園と幼稚園、小中学校、健康保険と年金、介護保険、火葬場と墓地まで。生まれる前から死んだあとまで、役所のお世話になっています。
相模原市から提供してもらった「ナイスガイドさがみはら」で、市役所がどのような業務(住民サービス)をしているかを説明しました。出席カードには、多くの学生が、「市役所がこれだけ様々なサービスをしていることを知って驚いた」との記述がありました。また、「わかりやすく、良くできている」「読んで得をしました」との評価も。
学生は、市役所が何をしているかを知らないので、このようなガイドブックは、有用です。抽象論をしていても、ピンときませんわね。
サービス(対人サービス、施設提供)には、職員とお金と知識(法令やノウハウ)が必要です。財政は、そのお金の部分です。
宮城県被災地視察
10日11日と、宮城県の被災地視察に行ってきました。先月の岩手県被災地視察に続き、宮城県です。今回は、産業復興を中心に見てきました。
住宅再建は予想以上に進み、来年には仮設住宅を解消できそうです。最も被害の大きかった石巻市も、いくつかの市町村より早く完成しそうです。市長や副市長と、そんな話をしました。
当初は、一番数の多い仮設住宅の運営や、100か所になる高台移転計画など、どうしたらよいかみんなで頭を抱えました。総務省から派遣された笹野副市長が、大活躍をしてくれました。たくさんの被災者のお世話をしながら、住民の意向を聞き計画を立てるのです。高台移転は約60か所に縮小しましたが、すべて完成しました。これは、当時を振り返ると、奇跡に近いでしょう。
住宅ができ、公共インフラ復旧のめどが立ったら、次は町のにぎわい回復です。そのためには、働く場と、人のつながり回復が必要です。
各市町村長も、自信に満ちた顔です。村井知事とも、そのような話をしました。
各市町で考えたことは、次回書きましょう。
火曜日に福島に行き、そのまま水曜木曜と宮城県内を車で移動しました。朝から晩まで車に乗っていると、結構疲れるのです。
コンビニは災害支援インフラ
10月4日の朝日新聞オピニオン欄「災害、想定外への備え」、丸谷智保・セコマ社長の発言から。北海道で最大手のコンビニです。
・・・先月6日の午前3時過ぎに地震は起きました。北海道全域が停電する中、札幌市の本社で各地の状況が分かり始めたのは午前7時ごろです。予想以上に多くの店が早朝まだ暗いうちから営業していました。95%にあたる1050店舗が当日営業しています。
町全体の明かりが消える中、店には水や食べ物を求めるお客さんが殺到しました。「店を開けてくれてありがとう」という感謝の声がたくさん寄せられ、ネットでは「神対応」とも言われました。
事前の備えが功を奏したのだと思います。停電対策として非常用の電源キットを全店に配備済みでした。車のエンジンをかけ、シガーソケットから電源をとる。おかげで停電下でもレジを動かせました。配備したきっかけは2004年に北海道を襲った台風です。あのときにも停電が起きたので、対策が必要だと気づきました。
もう一つ好評だったのは、店内で作った温かいおにぎりでした。11年の東日本大震災をきっかけにガス炊飯器を備えた店を増やしていたため、停電中でも炊けたのです・・・
・・・それでも一定の物資を届けられたのは、やはり3・11の教訓です。道東の釧路市にあった物流センターに自家発電機能を持たせ、トラック用の燃料も備蓄していました。おかげで今回、被害の大きな道央を支援する形で多くのトラックを動かせました。今後も絶えず備えの見直しをしていかねば、と痛感しています。
コンビニは災害時に人々を支えるインフラになっているのだと思います。自らも被災地の住民であるスタッフが今回、自発的に店を開けました。日頃から地域に密着しているから「住民も困っているのでは」という思いやりが働いたのではないでしょうか・・・
東日本大震災の際に、「新しい社会インフラ」に気づきました。携帯電話、コンビニ、宅配便です。地方ではガソリンスタンドも。従来の公共インフラに加え、これらも住民の生活を支える重要な基盤です。
今回の大規模停電のニュースを知ったとき、どのようにしてコンビニが営業しているのか、不思議でした。棚の品物を客が懐中電灯で探しています。「??レジは停電の際にどうしているのだろう」とです。非常用電源を確保してあったのですね。