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発災から1年半、マスコミ報道

2012年9月11日   岡本全勝

発災から1年半の節目で、マスコミがたくさん取り上げてくれました。ありがたいことです。復興庁への批判的な内容もありますが、それはそれで役に立ちます。しかし、気になったことを指摘しておきます。

1 復興を進めるための、建設的な意見がほしい。
私は、復興を取り上げる際には、「地域の復旧=マクロの客観的データ」と、「個人の生活の復旧=ミクロの主観的意識」の両方を見据えて、何が必要かを書くべきであると考えています(2012年7月31日の記事)。
私たちに求められているのは、地域の復旧と個人の生活再建です。復興庁の仕事もマスコミの記事も、それを助けるための「手段」です。記者と官僚の立場と手法は違いますが、「日本をよくする」という使命は同じです。情緒的な切り口も重要ですが、それだけでは、復興は進みません。建設的な批判や、課題の指摘がほしいのです。

2 読者や視聴者は、まずは被災者であること。
全国紙や全国放送は、日本全体を対象としています。しかし、復興に関しては、まずは被災者が主たる対象でしょう。
被災者が読んで、どう思うか。すると、彼らを勇気づけ、前に進むような記事もほしいです。
国や関係者に対する批判も重要ですが、「ここでは、これだけ進んだ」とか「こうすれば、もっと進む」といった取り上げ方は、できないでしょうか。私は「批判記事を書くな」とは言っていません。それも、私たちの仕事を改善するために重要なことです。しかし、見ていて、被災者が暗くなるだけの番組や記事は、バランスを失していると思います。

3 復興の現場は、被災地であること。
復興庁に、取材に来られる報道関係者も多いです。私は常に、次のようにお話ししています。
「復興庁を取り上げていただくのは、うれしい。しかし、主役は、被災者であり、市町村役場の職員です。彼らを、取り上げてください。また、復旧が進んでいるかどうかは、東京ではわかりません。現地に行って、見てください。どこでどのような状況にあるかは、私たちの知っている限り、情報提供し協力します」と。
現場の復旧度合いを取り上げない番組は、どこか変です。

津波避難者と原発事故避難者、その2

2012年9月10日   岡本全勝

昨日に引き続き、福山哲郎著『原発危機 官邸からの証言』(2012年、ちくま新書)からです。福山氏は、当時、官房副長官でした。p176に「官僚らしからぬ発言」という見出しで、次のようなことが書かれています。

・・3月29日、原子力災害対策本部の下の、「原子力被災者生活支援チーム」が設置された・・このチームの発足に先だって、事前協議が各省庁の局長クラスで行われたときのことだった。かなり遅い時間だったと思う。各省庁から現状の取り組みと課題が報告された後、被災者生活支援チームで中心的な役割を果たしている、ある官僚が強い口調で発言した。
「1時間も2時間も、こんな会議をやっていてどうするんだ。何をやらなければいけないのか、保安院が率先してミッションを提示すべきだ。放射性物質が飛散する中で、我々も緊張感を持って作業に当たらなければいけない。それなりの準備もいる。岩手や宮城の状況とは、決定的に異なるのだ。それにもかかわらず、保安院や資源エネルギー庁から、まず今回の事故に対するお詫びやねぎらいの言葉が一言もないことは、理解に苦しむ。別にそんな言葉がほしいわけではないが、みんな必死に仕事をする中で時間をつくってこの場に出席している。会議が終われば、すぐ次の仕事が待っている。何をやるのか分からないような会議をしてもらっては困る」
出席していた官僚たちは一様にうなずいた。官僚らしからぬ率直な物言いだと、私は思った・・
それ以降、原子力被災者生活支援チームの会合は、副長官執務室に各省の副大臣を集め、担当の官僚同席のもと、最小限に時間を区切って毎日定期的に行うようになった・・

私も、鮮明に覚えています。各省からたくさんの幹部が、経済産業省の会議室に集められました。福山副長官から発言を促されたのですが、私は2度遠慮しました。「それでも」とおっしゃるので、上記のような発言をしました。
私が言いたかったのは、次のようなことです。
1 このチームの発足が、遅いこと(被災者生活支援本部は、すでに1週間以上も前から稼働していました)。
2 たくさんの幹部を集めた会議は、無駄であること。消防庁から気象庁まで集まっても、意味がない。課題を示し、それに関係する組織だけ集めてほしい。ここに集まった幹部は、それぞれ忙しく、部下たちは帰りを待っている。
3 会議でなく、課題を示しどのように対応すべきか、指示を出す集まりにしてほしい(被災者生活支援本部は、そのような形で運営していました)。
4 各省に作業をお願いするのだから、主催者からは、各省に対し「お願いします」の一言があっても良いのではないか。

福山前副長官は、かなり正確に書いてくださっています。もっとも、私は、この発言が「官僚らしくない」とは、思っていないのですが(笑い)。

津波避難者と原発事故避難者

2012年9月9日   岡本全勝

福山哲郎著『原発危機 官邸からの証言』(2012年8月、ちくま新書)のp174以下に、「被災者の生活支援」についての記述があります。2011年3月17日に、緊急災害対策本部の下に「被災者生活支援本部」(後にチーム)が作られたこと、3月29日に原子力災害対策本部の下に「原子力被災者生活支援本部」(後にチーム)が作られたことが、書かれています。私が担当したのは、前者の「被災者生活支援本部」です。
2つの支援本部を作らなければならなかった理由は、次の通りです。前者の被災者生活支援本部は、地震・津波であろうと、原発事故からであろうと、避難してきた人を支援しました。逃げてきた人には、どのような理由で逃げてきたか「背番号」は振られていないので、区別はできません。
ところが、私たち支援本部が手の出せない範囲があったのです。それは、原発事故で指示が出され、一般人が立ち入ることが制限された地区です。自宅待機や計画的避難区域になった地域です。
簡単に言うと、第1原発から半径30キロメートル以内は、許可なく立ち入ることができなくなったのです。たくさんの人が残されているのですが、私たちの本部では手が打てないので、別途に原子力被災者生活支援本部を作ってもらいました。

東日本大震災は、地震・津波被害と原発事故の、2つの異なった災害が含まれています。前者は天災であり、後者は事故です。例えば、後者には賠償という行為がありますが、前者にはありません。政府の対策本部も、別の法律に基づき、2つつくられています。
地震・津波被害の場合は、起きた時点で、災害はおおかた終わっています。もちろん、しばらくの間、救助救出作業は続きますが。一方、原発事故の場合は、水素爆発まで時間があり、さらに放射性物質の放出が止まるまで時間がかかりました。災害(事故)は、続いていたのです。
原子力発電所を安全に停止させるという対策とともに、近隣の住民をどのように避難させるか、放射性物質が拡散する範囲の住民にどのように指示を出すかが、大きな課題だったのです。すなわち、「原子炉対策」と「住民対策」という、2つの大きな課題があったのです。
地震と津波は「瞬間型」の災害であり、今回の原発事故は「持続型」の災害です。このほかに、「緩慢型」というリスクもあります。この区別については、拙稿「社会のリスクの変化と行政の役割」第1章注4を参照してください。

住民意向調査、大熊町

2012年9月7日   岡本全勝

今日、福島県大熊町の住民を対象とした、意向調査を発出しました。7月の葛尾村に続く、2つめの住民意向調査です。大熊町では、「町外コミュニティ」についての質問項目を入れています。