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災害時のIT活用

2012年10月11日   岡本全勝

今日、職場に、グーグル本社のドラモンド(Drummond)上級副社長が、来てくださいました。グーグルは、そのIT技術を活用して、大震災の発生直後から、現在の復興においても、大きな貢献をしてくださっています。概要は、こちら
例えば、安否情報を簡単に登録、検索、閲覧できる「パーソンファインダー」を、発災後2時間で、立ち上げてくださいました。2011年5月頃には、登録件数が67万件を超えていたとのことです。このサービスは、ご自身も宮城県出身の河合さん(本社のグループプロダクトマネージャー)が、作ってくださったとのことです。
今回の大災害では、ITが大活躍したことでも、歴史に残るでしょう。これまで、災害時の情報と言えば、現地の情報を政府が取り寄せることに重点が置かれていました。しかし、政府の情報を、現地に伝えることも重要です。これまでは、それは、テレビや新聞に頼っていました。インターネットによって、格段に多くの情報を手軽に伝えることができるようになりました。パソコンだと、停電しているところはダメですが。
もう一つは、住民と住民との情報交換です。典型的なのは、安否確認です。これは、パソコンや携帯でできるようになりました。
そのお礼を伝えるとともに、今後の復興への支援をお願いしました。例えば、被災地の産品の紹介と販売です。小さなお店でも、インターネットで商品を売ることができます。まだ、このほかにも、いろんなことができそうです。アイデアを出すことを含めて、協力をお願いしました。

また、副社長には、「ぜひ被災地を見て、日本がいかに早く復旧したかを確認してほしい」とお願いしました。日本のマスコミは、とかく復旧が遅いと批判します。確かに、津波被害地や原発事故避難区域では、まだ復旧が進んでいません。それは、それなりの理由があるのですが。
私が見てもらいたいのは、そこを含めて被災地全体の姿です。それは、鉄道や道路などの復旧と、日本経済の復旧です。新幹線も高速道路も復旧しています。昨年の夏や秋には、日本のものづくりと経済はどうなるのか、悲観的な見方が支配的でした。自動車などの部品工場が被害を受け、サプライチェーンが寸断されたからです。それが、1年少しで、復旧しました。これには、諸外国の方は驚かれます。日本のマスコミは、「自虐的に」悪いところだけを取り上げますが、それだけを見ていると間違います。
グーグルは、「ITは、何ができて何ができなかったか」の検証もしています。
私も、グーグルの検索だけでなく、このホームページの表紙の下に、グーグルのサイト内検索をつけて活用しています。ページ数が増えて、どこに何を書いたかわからなくなっているので、このサイト内検索は便利です。手書きの日記帳では、こうはいきません。しかも、無料です。ありがとうございます。

企業による復興支援・基金によるNPO助成

2012年10月10日   岡本全勝

三井物産が、社会的貢献(CSR)の1つとして、環境基金を設け、NPOなどの活動に財政支援をしています。このたび、2012年度の上半期の助成対象が決まりました。
昨年度から「復興助成枠」を作っていて、今回は次のような15件に、約1億円が助成されました。これまでに合計92件、約10億円を助成してくださっています。
このような、復興支援もあります。新聞に広告(公表)されていたので、ご覧になった方も多いと思います。あらためて、感謝とともに紹介します。ありがとうございます。
ところで、社外選定委員の総評では、・・「公」というものを官僚が独占(星野東大名誉教授)してきた日本では、今後ますます非営利組織の活動が重要になることは間違いありません・・とも述べられています。

第一原発視察

2012年10月7日   岡本全勝

今日は、総理のお供をして、福島県へ。第一原発に入りました。正確には、もはや原子力発電所ではなく、「元原発の事故現場・廃炉作業現場」と言った方が良いでしょう。水素爆発の跡が残る建屋や、たくさん並んだ冷却水貯蔵タンクを見てきました。
私は、4号機などの建屋には入らず、バスの中からの視察でしたが、1・2号機の建屋に近づくと、案内職員の持っている線量計は跳ね上がっていました。
私のつけていた積算線量計は、今日1日で約0.04マイクロシーベルト、年間に換算すると約0.2ミリシーベルトでした。許容値が年間100ミリ、警戒区域の解除が20ミリですから、全く問題ない数値です。
重要免震棟にある緊急時対策室では、そこに詰めている東京電力の知人に会うことができました。
前線の基地である「Jビレッジ」は、昨年4月2日に当時の菅総理とヘリで行ったことがあります。あれから、1年半がたつのですね。早いものです。あの頃はまだ緊張感のまっただ中でした。そのときに比べると、はるかに落ち着いています。
10時にJビレッジについて着替えをし、バスで第1原発へ。40分かかります。入るときと出るときに線量の検査を受け、Jビレッジに戻ってきたのが16時でした。
その後、楢葉町の除染現場や除染廃棄物の仮置き場を見、さらに、本宮市で米の全袋検査を視察。炊きたての新米のおにぎりをいただきました。おいしかったです。郡山駅で飛び乗った夜の新幹線は、車内販売がなかったので、助かりました。結局、今日の晩飯は、おにぎり2個。ダイエットできそうです(笑い)。

ところで今朝は、7時上野発の「スーパーひたち」に乗るべく、20分以上余裕を持って、6時前に家を出たのですが。地下鉄丸ノ内線が故障で止まっていて、冷や汗ものでした。この時間帯では、タクシーもつかまりそうもないので、直ちにJR高円寺駅に早足で。早朝で本数の少ない中央線が、しばらく待つと来たので、それに乗り、秋葉原経由で上野駅に。発車10分前には、着くことができました。でも、心臓に悪かったです。余裕を持って行動することは、いつでも重要ですね。

今日は田村市へ

2012年10月5日   岡本全勝

今日は、福島県田村市へ、行ってきました。市内の都路(みやこじ)地区について、帰還を進めるための打ち合わせです。この地区は、合併前は都路村でした。北は葛尾村に、南は川内村にはさまれた、阿武隈山地東麓の村です。水系も経済圏も双葉郡に入っているのですが、歴史的経緯で田村郡(現田村市)に入っていました。郡山駅からは、車で1時間以上かかります。
インフラは大きくは壊れていないのですが、除染をし安全が確認されないと、住民は戻ってこられません。また、多くの家庭が井戸水に頼っているので、その安全確認(放射能に汚染されていないことと水質が悪化していないことの確認)も必要です。
皆さん、広い家に住んでおられたのですが、仮設住宅での狭い不便な生活で辛抱してもらっています。
幸い、田村市役所やその周辺(旧船引町、常葉町など)が、無事でしたので、復旧の体制は強いです。今日、いくつかの課題をいただいたので、解決を急ぎます。
沿道の田んぼの稲は、ほぼ刈り取りが終わり、栗の実がはぜていました。