兵庫県が、任期付き職員を30人程度採用して、宮城県下の被災市町村に、派遣してくださいます(募集概要)。ありがとうございます。
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今日は田村市へ
今日は、福島県田村市へ、行ってきました。市内の都路(みやこじ)地区について、帰還を進めるための打ち合わせです。この地区は、合併前は都路村でした。北は葛尾村に、南は川内村にはさまれた、阿武隈山地東麓の村です。水系も経済圏も双葉郡に入っているのですが、歴史的経緯で田村郡(現田村市)に入っていました。郡山駅からは、車で1時間以上かかります。
インフラは大きくは壊れていないのですが、除染をし安全が確認されないと、住民は戻ってこられません。また、多くの家庭が井戸水に頼っているので、その安全確認(放射能に汚染されていないことと水質が悪化していないことの確認)も必要です。
皆さん、広い家に住んでおられたのですが、仮設住宅での狭い不便な生活で辛抱してもらっています。
幸い、田村市役所やその周辺(旧船引町、常葉町など)が、無事でしたので、復旧の体制は強いです。今日、いくつかの課題をいただいたので、解決を急ぎます。
沿道の田んぼの稲は、ほぼ刈り取りが終わり、栗の実がはぜていました。
おもしろくないホームページ
先日、久しぶりに会った人から、苦言を頂戴しました。「全勝さんのホームページ、最近おもしろくないね。難しいことばかり書いて。楽しくないよ」と。
すみません。せっかく、読んでいただいているのに。最近あまり楽しいことをしていないのと、私の勉強したことを書いているので、おもしろくないのです。従事している仕事も、冗談を言いにくい仕事ですし。
しかし、読んでいただくためには、楽しさも必要ですね。毎日、700人近い人が見てくださっているのに。反省。かといって、この年になって、あまりアホなことも書きにくいです。
推進委員会中間報告
復興推進委員会の、中間報告が公表されました。9月14日に官邸で会議を開き、その後、いくつかの加筆をして、今日の発表になりました。委員の方々が、現地をみて、進んでいる点とまだの点を指摘してくださいました。これは中間報告で、年次報告は来年3月の予定です。しかし、それを待たずに、指摘された6つの課題に、重点的に力を入れる必要があります。
南相馬市との打ち合わせ
今日は、南相馬市に行ってきました。南相馬市は、南部の小高区が避難解除準備区域になっていて、立ち入りが自由になりました。しかし、1年あまりの間、立ち入り制限があったので、津波が来た昨年3月11日の状態にあります。変わった点は、セイタカアワダチソウなどがはびこっていることです。
帰還に向けて、除染やがれき片付け、インフラ復旧を進めます。課題は、いっぱいです。4月にお邪魔したときより、壊れた家の解体撤去が進んでいました。
立ち入りが自由と言っても、上下水道が復旧していないので、片付けが進みません。また、家を片付けた際に出る大量のゴミを処理することも、課題です。市役所では、上下水道を復旧させる工程表を作っておられます。順次進んでいます。
現場に行くと、東京で聞いているのと違う現実に、気づきます。個別事項についての認識の違いもありますが、それ以上のものがあります。
すなわち、各省は課題について、自治体から指摘や要望を受けた際に、制度を作ったりや予算をつけたことをもって、「解決した」と書きます。しかし、現場に行くと、制度を作っても予算が付いても、実際にそれが実行されないと、解決したことにならないのです。
また、自治体が要望したのに、「返事がまだ」という事項もあります。耳の痛いことも多いですが、このようなすれ違いを拾い上げ各省を動かすことも、復興庁の仕事です。
市の中心の原町区は、平常の生活に戻りつつあるのですが、子どもたちの帰還が遅れています。放射能への不安からでしょう。すると、ほとんどの店が再開しているのに、子どもに人気のマクドナルドとかっぱ寿司が再開していないのだそうです。若者たちが、再開を心待ちしているとのことです。
市役所の各部との検討会を終え、役場を出たのが、18時前。すみません、金曜日に残業をしてもらって。マイクロバスで、阿武隈山地を越えて、山道を郡山駅まで1時間半。途中、全村が避難している飯舘村を通りましたが、街灯はあるものの夜道は真っ暗でした。
福島駅の弁当屋さんは、いつもはたくさんあるのに、この時間では売れ残りが少しだけ。定価500円が半額になっていますが、選択の余地はなし。家にたどり着くと、22時でした。