カテゴリーアーカイブ:行政

二大政党制より二大陣営対立へ

2025年10月12日   岡本全勝

1994年の選挙制度改革で、二大政党制と政権交代を目指しました。2009年の自公連立政権から民主党への政権交代で、それは実現したかに見えました。しかし、民主党の下野とその後の分裂で、当面は実現しそうにありません。それどころか、多党化がさらに進みました。比例代表制は多党化を容易にするのですが、小選挙区制は政党数を減らすはずでした。

自民党は議席を減らし「負けた」と言われるのですが、野党第一党も議席を増やして政権を取ったわけではありません。その点では「勝って」いないのです。では、どの党が勝ったのか。勝者はいません。
二大政党または政党数が少ないと、選挙結果で政権党が決まります。しかし、国会に議席を持つ政党の数が増えると、国会での意見集約と政権奪取が課題になります。衆議院で多数を得ないと、首相を任命できません。小選挙区制は選挙で政権党を選ぶ方法であり、比例選挙制は国会で政権党を選ぶ方法です。

次に考えられるのが、たくさんの党が、いくつかの陣営まとまることです。政権を目指すために、主要な政策について協定を結び、首相指名投票に臨みます。多くの党が二つの陣営にまとまれば、二大政党制に近くなります。有権者も、これで政権選択ができます。

ところが、少数政党の多くが政権を目指さないとなると、やっかいなことになります。自らの考えを主張するだけで、他党と妥協や協力をしないのです。有権者に向けて、そして次の選挙に向けて、このような行動もあり得ます。他党との妥協は、支持者から「不純だ」と批判されることもあります。
通常は、政党は政権を取って政策を実現することを目指すと考えられます。そのために政策の束を示します。しかし、政権に入らないで政策を実現する立場を取ると、全体を考えない選択もできます。歳出増加の政策を要求しながら、財源については黙っているといった「いいとこ取り」も起きます。ここには、「責任」という概念が忘れられています。そして、国民は政権選択ができなくなります。

政治とは、異なる意見の妥協でもあります。「いいとこ取り」では、政治は成り立たないのです。政党の政策は、ひとかたまり(パッケージ)で意味があります。バラマキを主張するなら、その財源も書かないと、国民は信用しません。外国人排斥を主張しながら、労働現場では外国人に頼っているようでは、一貫性はありません。

みやぎ心のケアセンター活動終了

2025年10月10日   岡本全勝

10月6日の「自治体のツボ」が「活動終えたみやぎ心のケアセンター」を伝えています。
・・・見落としていたが、東日本大震災の被災地でひとつ動きが。宮城県のみやぎ心のケアセンターが9月末で事業を終了したという。国の交付金終了に伴うもの。被災者ケアは永続的にやるべきではないのか、と疑問を持ったが。
報道をみると、もっと前に閉めるはずが期限を延長して活動していたようだ。センター長らは、自治体に引き継ぐことを想定して仕事してきたと語っているし、センターにかかわった専門家も引き続き県内で活動されるとのこと。それならば。
震災直後に活動を開始し、14年で6万3千件もの相談に応じたそうだ。支援対応件数は2015年度の約7500件がピーク。24年度は1000件程度という。少しずつ相談拠点が地域に移っていったのではないか。誠に意義ある活動だったと思われる・・・

みやぎ心のケアセンター活動概要
東日本大震災対応では、それまで十分に取り組まれなかった分野にも、政府が関与しました。傷ついた心への支援も、その一つです。行政が直接行うことは難しく、専門家の協力をお願いしました。手法としては、非営利団体のとの協働です。この手法も、積極的に取り入れました。

こども食堂だけでは問題は解決しない

2025年10月8日   岡本全勝

9月13日の朝日新聞オピニオン欄、「気まぐれ八百屋だんだん」店主・近藤博子さんの「「こども食堂」看板やめます」から。

官民が後押しし、全国で1万カ所を超えるほど広がった子ども食堂。その「名付け親」であり、13年間、東京都大田区で子ども食堂を運営してきた近藤博子さんが、この春、「こども食堂」の名前を使わないと宣言した。一体なぜ――。取材を申し込むと、こう返ってきた。「言わなければならない時期だ」

――「言わなければならない」とは、何をですか?
「『ちょっと違うんじゃないか』と、ずっと感じていたんです。13年前、食を通じて近所のちょっとしたつながりができればと思い、子ども一人でも入りやすいように『こども食堂』という名前で始めました」
「その後、驚くスピードで全国に広まりました。応援してくれる人も増えていった。おかげで寄付や支援が集まって助かった面は確かにあります。でも、増えていくことが『いいこと』なのかという疑問はずいぶん前からありました」

――たくさんの子どもたちが利用しています。「いいこと」では?
「『子どものことを心配している大人がこんなにいる』と分かったのはうれしかったですし、子ども食堂が支えになっている子どもや親も実際にいます。だからといって、子ども食堂でなんらかの問題を解決しようと考えるのはおかしい」
「数が増えるのと並行して、子ども食堂に求められる役割も増えていきました。最初は『貧困対策』です。その後、誰もが通える『居場所づくり』や『地域のプラットフォーム』とされていきます。今では『子ども食堂はみんなの食堂』です。不安を抱きながら続けてきましたが、この大きな流れから距離を置き、立ち止まって考えたいと思いました。これまで通り、週に1回食堂を開いていますが、4月から『こども食堂』の名前は使っていません」

――不安というのは?
「大事なのは子ども食堂という『活動』ではないですよね。子どもであり、子どもを育てる親こそ大事なはずです。だから、当事者が置かれている状況を改善しようという議論は不可欠です。それをせずに、子ども食堂の数や利用者を増やすことが目的になっていないでしょうか」
「『子どもの貧困』など、子ども食堂に課せられてきた子どもや社会の問題は、ずっと前から存在していました。今始まった話ではなく、そういうものに気付かなかったり『見て見ぬふり』したりしてきただけです」

――本来議論されるべき問題とは?
「就労の問題は大きいと思います。子どもと接する中で強く感じるのは、『この子たちががんばった先の社会は、ちゃんとした雇用を準備しているのか?』ということです。子どもたちは一生懸命勉強している。でも今、『がんばれば大丈夫』とは言えないですよね」
「子ども食堂を始めて間もない頃、企業のCSR(社会貢献)担当の人たちが『何か手伝いたい』とここに来たことがあります。でも私は、企業がやるべきことは子どもが大人になった時にちゃんとした仕事を準備することだと思っていました。だから『応援して欲しいのは子ども食堂ではなく、子どもたちの就労です』と伝えました」

――なぜそうした問題は「見て見ぬふり」なのでしょうか。
「その方が簡単だからですよね。根っこの問題ではなく、困っているその人個人の問題としておく方が簡単です。例えば、子どもに関わる大きな問題の一つに、教育もあると思うんです。教育格差が広がったり、不登校が増えたりしています。でも、学校の先生は余裕がない。ある小学校の先生に『どうすればいいですか』と尋ねたら、『副担任がいるだけでずいぶん違います』と言っていました。それくらいのこと、国や行政がすぐにやればいいじゃないですか。先生を十分に増やさず、『不登校が増えて困ります』『じゃあフリースクールだ』『多様な学びを認めましょう』。問題がある学校がそのままでは、おかしいですよね」
「せめて子どもや親を直接支援すればいいのに、それは『自己責任』という考え方が阻んでいるように思います。個人の責任にしておけば、社会は責任を負わずに済んで楽ですから。政治家はよく『誰ひとり取り残さない』なんて言いますが、何を言っているのでしょうか。こんな社会にしたことを反省して、すぐに手を打つべきです」

安保法制から10年

2025年10月1日   岡本全勝

9月19日の朝日新聞オピニオン欄は「安保法制、10年たった世界」でした。
・・・集団的自衛権の行使を一部容認し、戦後日本の安全保障政策の大転換となった安全保障関連法(安保法制)の成立から19日で10年。「立憲主義に反する」との批判が続く一方で、安保法制以降、自衛隊の活動は拡大している。いまこの法制をどう評価するのか、識者に聞く・・・

佐々江賢一郎さんの「日米軸に、真の全方位外交への礎」から。
――安保法制の推進派はなぜ法整備が必要だと考えたのですか。
「このままで安全保障環境の変化に対応できるのかという問題意識だと思います。議論の核心は、日本は集団的自衛権の行使が認められるのかという憲法論です。国連憲章で認められているのに、日本独特の憲法的制約があって、軍事力への性悪説に立つ安保観が長く続いてきたのです」
「正論を言うなら、憲法9条の改正で対応すべきでしょう。でも憲法を変えようとすると、イデオロギーや感情的な対立があって、とても難しい状況が政治的に控えている。それによって現実的な対応が遅れることへの危惧もあり、安倍政権は憲法解釈を変更して安保法制を進めました。非常に大きな、勇気ある決定だったと思います」

――妥協の産物だとしても、現実的だと。
「そういうことです。米国に依存するだけでなく、日本も自ら努力し、互いに助け合い、協力していく。集団的自衛権をどう考えるかは安全保障問題への成熟度の一つの指標でした。国際情勢が急速に厳しくなるなかで、解釈変更による法整備はやむを得ざる知恵だったと思っています」

――情勢の変化とは。
「冷戦期の日本にとって最大の脅威は、旧ソ連でした。冷戦後は北朝鮮が核・ミサイル開発を進めた。さらに中国が大国化し、経済発展とともに軍拡を進め、周辺に威圧的な態度を取り始めた。これらの脅威に対する備えが日本にあるのかという問題です」
「ここに来て、ロシアの復活と野心、北朝鮮の脅威の増大、中国の軍事大国化の三つが重なっています。中国との戦争はあってはならないことですが、同時にその誘因を与えない努力は必要です。日本は力の弱い国だとみなされれば、さまざまな対応が難しくなる。日米韓や日米豪印(クアッド)などの地域の枠組みの構築を進めてきましたが、安全保障上の緩やかな連携と言うべきものです」

――ただ、安保法成立から10年が過ぎても、日本がより平和になったようには感じられません。
「それは世界の力学が変わったからです。米国が築いてきた国際秩序を米国が壊そうとしている今、日本は米国との同盟の上に真の意味での全方位外交を進めるべきでしょう。欧州やグローバルサウス(新興・途上国)との関係強化はもとより、中国、ロシア、北朝鮮を過度に敵視せず、力の均衡を図る自主的な努力が重要です。備えを進めながら友好的に話をしなければなりません」

――自身の外交官経験とは違う世界ですか。
「全く違う世界ですよ。これからは、より混沌(こんとん)とした合従連衡のパワーゲームの時代に入るでしょう。だからこそ、トランプ米大統領の動きに振り回されない『ビヨンド・トランプ』の発想が大事になります」

――どういう意味でしょう。
「トランプ氏の存在を超えて、米国の役割を再認識し、そのうえに秩序を形成していく。実際に今、米国を凌駕する力を持つ国はありません。経済、軍事、世界への影響力も、相対的に劣化はしたが基本的には変わっていない。だとすれば、日米関係を基軸としながら、各国に幅広く連携を広げていくべきです」

――こうした連携に安保法制が役に立つと。
「役に立っているし、政府の関係者や安全保障の専門家らが想定していたことです。これを後ろ向きに戻すようなことは、日本の力をそぐことになります」

――日本の平和主義は変わっていきますか。
「航海図のない世界に入りつつあり、国と国との関係は理想論だけでは対応できません。でも一人ひとりの個人が平和を願う気持ちは、やはり大切でしょう。騒々しくなる世の中で日本は極端な方向に進まないことです。平和への希望を失わず、かたや現実的な力を失わず、両方組み合わせて進むことが重要なのです」

福島県飯舘村で稲刈り

2025年9月27日   岡本全勝

9月25日の日経新聞夕刊が「原発事故後初のコメ出荷へ 福島・飯舘村で稲刈り」を伝えていました。NHK福島も

・・・東京電力福島第1原発事故による避難指示が解除された飯舘村長泥地区の特定復興再生拠点区域(復興拠点)の田んぼで24日、地区住民らが稲刈りをした。収穫したコメは全量全袋検査で放射性セシウム濃度が食品の基準値(1キロ当たり100ベクレル)を下回れば、原発事故後初めて市場に出荷される。長泥地区産のコメの流通は15年ぶりとなる。
長泥地区では、復興拠点の避難指示が解除された2023年から、コメの出荷制限解除に向けた試験栽培と実証栽培が行われた。収穫したコメは出荷せず、放射性物質濃度を測定した後に廃棄された。2年間の栽培で安全性に問題がないことが確認されたため、県と村の管理計画に基づき、今年から出荷を見込んだ稲作が可能となり、5月に営農が再開された・・・地元の福島民友新聞

長泥地区は、私も何度も足を運んで、思い入れのある地区です。地元の住民や当時の村長の思いがあり、意向を聞きながら復興を進めました。農家にとっても地域にとっても、米が作れることが一つの目標です。
地区では、放射能濃度が低い除去土壌を埋め、その上に覆土して農地を造成する事業もしています。今回は別の地区のようです「除去土壌の復興再生利用