カテゴリーアーカイブ:行政

差別につながる文書の売買規制

2021年4月5日   岡本全勝

4月3日の朝日新聞に「ハンセン病資料?ネット出品 明治期患者の個人情報、回収手段なく」が載っていました。
・・・明治時代に長野県内のハンセン病患者の情報をまとめたとみられる資料が2月、インターネットのオークションサイトに出品された。患者の住所や氏名が書かれていたとみられ、新たな差別につながる恐れがあった。資料は最終的に支援団体が買い取ったが、法的に回収する手段はなく、県は対応に苦慮した・・・

・・・「ヤフオク!」に出品された資料は「癩病患者並血統家系調」と題された台帳のような書類。敬和学園大(新潟県)の藤野豊教授(日本近現代史)からの連絡で出品を把握した長野県が確認したところ、表紙には「明治三十二年」「大町警察署」「永年保存」とあった。患者名、住所、生年月日などの個人情報が閲覧できる状態だった・・・
・・・資料が他者の手に渡れば、患者の子孫の人権を侵害する恐れもあった。だが、県にも県警にも関連する記録や資料はなく、強制的に回収できる法的根拠もない。県は古書店に無償提供を頼んだが断られ、「外部に出さないようお願いするしかなかった」という・・・

法律で規制し、場合によっては国が買い取る制度を、つくるべきだと思います。

学童保育

2021年4月4日   岡本全勝

3月29日の日経新聞夕刊に「存在感高まる学童保育 指導員の待遇などに課題」が載っていました。

・・・主に小学1~3年の児童を預かる放課後児童クラブ(学童保育、以下学童)の存在感が高まっています。厚生労働省によると2020年の登録児童数は約131万人と10年前から6割増。小3では4人に1人が利用しています。共働き家庭が増えニーズが増す一方、現場の人手不足など課題も抱えています。
新型コロナウイルスの感染拡大で、20年は学童にとっても激動の一年となりました。3月に全国で学校が一斉休校になると、厚労省は学童に対して「原則開所」を要請しました。親が家にいられない児童の居場所確保が狙いで、ほぼすべての学童が応じました。通常、学童は午後から開所しますが、厚労省の調べでは、午前中から開所した自治体も全体の7割に達しました・・・

学童保育は、いまや、なくてはならない機能です。保育園が必須になったと同じように、学校が早く終わる小学校低学年では、保育園や学校を補完する機能なのです。その割には知られておらず、また従業員(指導員)の処遇も悪いようです。

報道にたくさん取り上げてもらいました。目次

2021年4月2日   岡本全勝

3.11から10年の節目を迎えたこともあり、大震災の復興に関して、新聞やテレビにたくさん取り上げてもらいました。ありがたいことです。
私たちが何をしたか、何に気を配ったか、何ができたかを広く伝えるとともに、何ができなかったか、次回への教訓は何かを整理し伝える良い機会でした。役所も記録を残すのですが、広く国民や関係者に伝えるには、報道が一番です。

このホームページで、その都度報告しましたが、取り上げてもらった記事や報道を並べておきます。これで、ひとまず一段落です。「ホームページの分類、復興10年」につけておいたのを、再掲して更新しました。

朝日新聞「官邸の怪人、「民」と出会った衝撃 復興の現場で」(2020年10月11日)
朝日新聞インタビュー「ミスター復興が語った後悔と成果」」(12月10日)
打ち破った前例踏襲主義 霞が関のミスター復興に聞く」(2021年2月9日。12月10日と同じ)
福島民友インタビュー「政府の力が試された」」(2月18日)
NHKクローズアップ現代に出ました」(2月25日)
北日本新聞に載りました。「被災地支え続けた岡本全勝さん」」(3月5日。これは共同通信社の配信なので、いくつかの地方紙に載っています。3回連載です)
日経新聞1面「復興の哲学を変える必要があった」」(3月9日)
毎日新聞「人口減 議論足りず反省」」(3月10日)
公明新聞に出ました」(3月16日)
NHKウエッブサイトに載りました」(3月18日)
河北新報に出ました」(3月25日)
朝日新聞夕刊に出ました」(3月26日)
毎日新聞対談に出ました」(3月28日)

(講演など)
朝日新聞シンポジウム(1月21日)
世界銀行セミナー(3月18日)

大震災10年目に考えた成果と課題、目次

2021年4月1日   岡本全勝

3.11から10年の節目を迎え、新聞などの取材をたくさん受けました。記者さんから鋭い質問をされると、私も頭の整理ができました。また、一般の方に理解してもらうために、なるべく簡単にお話しするようにすると、ますます考えが整理されました。
10年近く、責任ある立場で復興に携わりました。その経験から、成果と課題を伝えることは責務でもあります。

他方で、私以外にそのような職員がいないことも、気になります。公務員は数年で異動をすることが慣習になっていますが、何か工夫はできないのでしょうか。特に、原発事故側に全体を話す人がいないことは、大きな問題です。
一人で話す人がいない(通常はそうです)場合は、組織として成果と課題を取りまとめるのでしょう。関係者がどんどんいなくなり、記憶も薄れます。10年はその限界だと思います。

10年の評価や教訓について書いた記事を、並べておきます。「ホームページの分類、復興10年」につけておいたのを、再掲して更新しました。

復興事業の教訓」(2021年1月26日から4回)。人口の減少、過大な事業批判
日経新聞、大震災復興事業の検証」(2月9日から3回)。予算、産業再建など
復興事業の教訓、集落の集約」(2月12日)。漁港など分散した集落の集約案
復興政策、終わってからの教訓」(2月14日)。今後の人口減少下での復興
提言、原発事故復興基本法案」(3月3日から2回)。残っている原発事故からの復興について
町の復興、高台移転とかさ上げの違い」(3月24日)。住宅団地の建設と中心街の復興との違い

報道記者との付き合い方

2021年3月30日   岡本全勝

黒江哲郎・元防衛次官の「失敗だらけの役人人生」、第16回は「マスコミとの接し方」です。
報道機関との付き合いは、官僚にとって重要な仕事なのですが、どの省庁でも、これまではきちんと教えられることはなかったでしょう。通常の取材、記者会見、オフレコの取材、記者懇談会(バックグラウンドブリーフィング)、さらなる付き合い・・・。
黒江次官の経験談を、お読みください。自衛隊はこれまで、報道機関からは「批判の対象」と扱われてきました。他省庁の官僚とは違った苦労があったでしょう。

私も官僚人生を振り返って、報道記者との付き合い方は経験して、勉強になりました。30歳の課長の時に、業務の失敗を新聞社に「抜かれ」たこと。地方財政のあり方を巡り、記者さんたちと議論や勉強をしたこと。42歳の総務部長の時に、1年で4回お詫びの記者会見をしたこと。総理秘書官での経験。大震災時の経験。いや~、いろいろありました。
職場では系統だって教えてもらえず、先輩を見て、そして自分で身につけました。それを文章にまとめつつあります。後輩たちに語っておこうと考えたのです。書きかけたのですが、途中で放置してあります。いずれ、このホームページに載せようと考えています。