「社会と政治」カテゴリーアーカイブ

社会と政治

イデオロギーが持つ怖さ

読売新聞「編集委員が迫る」11月7日は、佐瀬昌盛・防衛大学校名誉教授の「冷戦終結25年」でした。戦後日本で、マルクス主義が大きな影響力を持ったことについて。先生は、1961年のベルリンの壁建設開始直後に、ベルリンに留学されました。
・・ベルリン留学から帰り、NATOの研究を志したところ、学界からは白眼視された。NATOは米帝国主義の組織だから研究すること自体がけしからん、というわけだ。防衛大学校の教官に決まると、既に決まっていたある出版社の全集の執筆者から外された。
世界は東西冷戦だったが、日本は国内で冷戦を戦ったと言える。西欧諸国にもマルクス主義者はいたが少数派だった。知識人が二分されたのは、日本だけだ。
知識人の中で中道という考え方は人気がなかった。冷戦が終わりマルクス主義の権威は地に落ちたが、相変わらず白黒の二分法の考えで、中道嫌いは今も続いている。中道とは左右を足して2で割った考えではなく、それ自体の独立した価値がある。言い換えれば、人間性の洞察に基づく健全な常識のことだ。21世紀にこそ、中道が根づいて欲しい・・

社会の課題を解決する

少子化が、日本の大きな政治課題に上ってきました。合計特殊出生率が、1989年に1.57に下がり、「1.57ショック」と呼ばれました。1994年には、エンゼルプランと緊急保育対策等5か年事業が始まりました。保育サービスはかなり改善されましたが、出生率はその後も下がり、2005年には1.26と最低になりました。昨年は1.43に回復していますが、まだ1.57にも戻っていません(9月2日付日経新聞経済教室、松田茂樹・中京大学教授)。
ここでは、社会の課題と対策について述べてみます。
同時期に問題となり対策が取られたのが、高齢者介護です。ゴールドプランが策定され、ホームヘルパーや老人ホームを急速に増やしました。2000年には、介護保険制度を導入しました。私は当時、自治省財政局の課長補佐をしていて、「こんな急速に財源手当(交付税措置)を増やして良いのかな」と、少し自信がなかったのです。しかし、これは大成功でした。高齢者が増え、介護の必要な人が急速に増えました。それだけの需要があったのです。
保険制度を取っていますが、公金でサービスを提供することは、行政は得意です。このように、成果が出ています。介護保険の場合は、それまで行政が直接サービスを提供していたものを、民間によるサービス提供に切り替え、経費や質の合理化も目指しました。
保育サービスも、お金をかければ、そして仕組みを工夫すれば、よりよいサービスが提供できると思います。
社会には公的サービス(お金や制度)だけでは、改善しない課題も多いです。しかし、そのような中でも、改善が進んでいるものがあります。女性の年齢階級別労働力率(M字カーブ)です。
結婚や妊娠を機に働くことをやめる女性がおられます。子育てにめどがついてから、もう一度働きに出ます。これをグラフにするとM字に似ているので、M字カーブと呼ばれています。諸外国に比べ、真ん中の落ち込みがひどかったのです。ところが、これも徐々に改善しています。9月15日の読売新聞が、「ママ世代74%労働力に。25~44歳過去最高」を伝えていました。『男女共同参画白書』平成25年版には、次のように書かれています。
・・女性の年齢階級別労働力率について昭和50年からの変化を見ると,現在も依然として「M字カーブ」を描いているものの,そのカーブは以前に比べて浅くなっており,M字の底となる年齢階級も上昇している。
昭和50年では25~29歳(42.6%)がM字の底となっていたが,25~29歳の労働力率は次第に上がり,平成24年では,年齢階級別で最も高い労働力率(77.6%)となっている。24年を見ると35~39歳(67.7%)の年齢階級がM字の底となっているが,30~34歳の年齢階級と共に30代の労働力率は上昇しており,M字カーブは台形に近づきつつある(第1-2-1図)・・
子育て中の女性が働きやすいように、環境が改善されてきたということでしょう。それは、保育サービスの改善であり、社会の見方が変化してきた、すなわち結婚や出産を機に「やめるのが当たり前」という意識が変わってきたということです。
サービスの改善、これには公的サービスと私的サービスがあります。そして、国民の意識改革、これにも当人だけでなく周りの者の改革が必要です。社会の意識を変えるのは難しいです。しかし、できないことではありません。
現在の日本が抱えている社会問題の多くは、サービス改善では解決しません。子どもの虐待、いじめ、引きこもり、家庭内暴力、ストーカー行為、自殺、孤独死、認知症老人の迷子、男女共同参画、地方の衰退・・。続きは、次回に。

社会を観察するのではなく、社会に参加し貢献する学問

東京大学出版会のPR誌『UP』2014年9月号、山下晋司教授の「公共人類学―人類学の社会貢献」から。
・・近年、大学の、あるいは学問の社会貢献が問われているなかで、「公共哲学」「公共政策学」「公共社会学」など「公共」を冠した研究分野が現れてきている。人類学も例外ではない。「公共人類学」(public anthropology)という新しい分野が立ち上がってきているのだ。その背景には、アメリカ人類学会会長を務めたジェームズ・ピーコックの言う”public or perish”(公共的でなければ、滅亡)に示されるような人類学会の危機意識がある。社会に貢献しなければ、人類学は生き延びることができないというのである・・
・・従来の人類学では学問的な営為としては、参与より観察の方が勝っていた。逆に、公共人類学においては、観察よりも参与に力点が置かれ、当該社会が直面する問題の解決に向けて貢献することが目的となる。その意味では、公共人類学は、マックス・ウェーバー流の没価値的な客観性の追求から、価値創造に向けての実践への転換の試みである・・

差別的行為への私人による制裁

サッカー、Jリーグの試合で、横浜F・マリノスのサポーターが相手の外国人選手にバナナを振りかざす差別的な挑発行為を行った問題で、Jリーグは、F・マリノスを制裁金500万円などの処分とすると発表しました(NHKニュース)。F・マリノスは、行為者に対して無期限入場禁止処分を課しました。
Jリーグの発表には、次のように書かれています。
・・横浜FMサポーターが試合中に相手チームの選手に対しバナナを掲げ、振った挑発行為は、国際社会では人種差別を象徴する許されがたい行為であり、実行者はそのことを認識していた。本行為は人種差別的行為といえる。
横浜FMは当該試合が神奈川ダービーであることから事前にサポータートラブルの発生を想定し、ソーシャルメディアを中心とする監視体制を強化しており、本件を素早く把握するとともに、発生後は速やかに実行者を特定し、事実関係を確認した上で無期限入場禁止処分を科し発表した。また川崎Fに対しても速やかに謝罪を行った。これらにより、横浜FMの当該試合に対する監視体制や本件発生後の対応は適切であったといえる。しかしながら、クラブは人種差別的行為の発生を予防する高度な責務を負うところ、クラブのファン・サポーターへの啓発活動が十分であったとは言えず、たとえ本件が当該サポーターの単独行為であり、クラブとして予見することが困難であったとしても、啓発をつくして本件の発生を予防すべき義務をつくさなかった責任はクラブにある・・
これを読んで、人権意識の高まりを思うとともに、大学時代に芦部信喜先生の憲法の授業で習った「憲法の第三者効力」「私人間効力」を思い出しました。国家(裁判や行政)でなく、私的な団体による制裁(クラブによるサポーターに対する制裁と、リーグによるクラブに対する制裁)です。

中国での日本報道

毎日新聞「隣国のホンネ」7月29日は、李ビョウ・香港フェニックステレビ東京支局長の「関係冷え込む今こそ客観的な報道を」でした。
・・震災発生時の東京からのリポートで、津波が沿岸に押し寄せる映像を紹介していたら涙があふれ、途中で声を詰まらせてしまいました。これは中国のインターネット上で「なぜ日本人のために泣くのか」と批判されましたが「感動した」「被災者を早く救援すべきだ」といった声も少なくありませんでした。
毎年8月15日には靖国神社で取材していますが、中国語でリポートをしている最中に石を投げられたり、「出て行け」と追いかけ回されたりしました。靖国神社を取材するのは勇気がいりますが、中国での関心は高く、欠かすことができません・・
中国版ツイッターでも、発信していることに関して。
・・短い発信でも短時間で数百のコメントが寄せられるのですが、2012年9月以降、私に対する批判はどんどん増えてきました。私は報道をする時、日本政府の発表をよく引用しますが、事実関係を伝えるだけでも「売国奴」「中国に帰ってこなくていい」などと書かれます。最近は数が多すぎて、見ないようにしています。中国国内でナショナリズムがますます強まってきたことの表れでしょう・・
・・両国でより強硬な政策を求める世論の圧力が高まっており、それに政府やメディアが押されているように見えます。両国に潜む「内圧」とも言えると思いますが、これこそ最大のリスクではないでしょうか。この圧力を乗り越えていくためには、一人でも多くの人が相手の国の事情や考え方を深く理解する一方、日本での過激な排外的言動や中国での反日デモで見られた暴力などに対する危機感を持ち続けることだと思います・・