「社会と政治」カテゴリーアーカイブ

社会と政治

尾身茂さん、政府が嫌がる意見も表明

日経新聞私の履歴書、3月は尾身茂先生です。いろいろと教訓になる話が載っていますが、ここでは「政治行政と専門家」の観点から、何回かに分けて紹介します。その2回目(3月2日)「ルビコン川」から。

・・・2020年2月3日、厚生労働省の担当官から電話がかかってきた。「新型コロナ感染症対策でアドバイザリーボード(専門家による助言組織)を立ち上げます。そのメンバーになってください」
たまたまなのであろうか。その日の夜、乗客の数人に感染が確認されたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜に入港した・・・

・・・初会合は4日後の7日に開かれた。東北大教授の押谷さんや川崎市健康安全研究所長の岡部さんといった世界保健機関(WHO)や09年の新型インフルエンザ対策で一緒に奮闘した人もいれば、初対面の人も何人かいた。
1週間後には内閣官房に「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」が発足、メンバーはそのままスライドした。
実は20年早々、私たちはこの原因不明のウイルス性肺炎について、海外の感染症専門家と連絡を取り合い、情報を集めていた。発生地とされた中国・武漢にとどまらず、シンガポールなどでは市中感染が始まっていたからだ・・・

・・・メンバー12人は新型コロナウイルス感染症のしたたかさに強い危機感を抱いていた。1週間ほどかけA4判用紙6枚からなる「アドバイザリーボードメンバーからの新型肺炎対策(案)」という非公開提言書を作成、13日に厚労省に送った。
コロナ禍においてまとめた100以上の提言の先駆けとなる文書だ。すでに国内での感染が始まっている可能性を指摘した上で、国民に対して政府から感染状況の全体像がわかるよう情報発信し、状況の変化に応じて可及的速やかに説明することを求めた。

しかし、1週間たっても、政府から新型コロナ対策の全体像は示されなかった。クルーズ船対応に奔走していたとはいえ、このままでは取り返しのつかないことになる。
皆にフラストレーションがたまっていくなか、武藤さんの提案により、専門家として独自の長期的な見通しや基本戦略をまとめ、一般市民にも知らせるべきだということになった。
23日午後、メンバーが急きょ東京大医科学研究所内の会議室に集まり、独自見解案をまとめた。厚労省に送ったところ、すぐに懸念を示した回答が返ってきた。要はやめてほしいということだ。

「ルビコン川を渡りますか」。私は皆に質(ただ)した。霞が関の世界には専門家は政府から聞かれた個別の課題にのみ答えるという暗黙のルールがある。この境界線を越える覚悟があるかを問うたのだ。全員が賛同してくれた。
翌日、加藤勝信厚労相に直談判し、一専門家ではなく専門家会議として見解を出すことを了承してもらった。
当初、記者会見で自ら説明する予定はなかったのだが、なぜか独自見解を政府に示したことがNHKに知られ、夜7時のニュースへ出演、説明することになった。
2時間後、厚労省で緊急記者会見となった。国のコロナ対策において私たち専門家が表舞台に登場する日々が始まった・・・

マイケル・サンデル教授「働く尊厳、取り戻すために」2

マイケル・サンデル教授「働く尊厳、取り戻すために」」の続きです。

―ただバイデン政権は、学位のない人にも雇用を生むインフラへの投資など、ニューディール以来と言われる野心的プロジェクトを手がけたはずです。
「確かに新自由主義的路線から脱却しようとしたことは正しい。あまりにも長く放置された公共インフラへの投資やグリーン経済化で政府に積極的な役割を与え、独占禁止法を厳格に執行してハイテク企業への権力の集中に対抗しました。しかし、こうした投資は恩恵が行き渡るのに時間がかかり、彼は政治的利益を得られませんでした」

「新たな統治の哲学を示せなかったことも大きい。ニューディール時代、当時のルーズベルト大統領は公共投資や社会保障、労働組合の支援など多くのプログラムを手がけました。それがまったく新しい経済の姿なのだと国民にわかりやすく、感動的な言葉で語りました。だから今でも私たちはニューディールを覚えています」
「しかしバイデンは、自身の政策が象徴する大きな意味、つまり経済における政府の役割の転換について、説得力あるメッセージを打ち出せなかった。それがいかに労働の尊厳を取り戻すことにつながるかも説明できませんでした。彼の強みは議会との交渉にあり、レトリックにはたけていない大統領でした」

―私たちは「消費者」のアイデンティティーにとらわれすぎていた、と指摘しています。
「グローバル化は衣料品などの国外生産のコストを下げ、消費者としての米国人を助けました。しかし、その代償として生産者としての米国人に深刻な打撃を与え、中西部各州の工業都市は空洞化しました。こうした激戦州では今回、トランプが全勝しました。消費者としてのアイデンティティーに気をとられすぎた結果、生産者としての米国人を支える政策の重要性が軽視されたのです」

――人々を「生産者」としてとらえ直すことが大事だと。
「良質な雇用を維持するという意味で経済的に重要なだけでなく、労働の尊厳の観点からも、政治哲学上も大切です。自らを消費者とだけ考えていれば、単に安い商品を追い求めるだけになってしまう」
「しかし、自らを生産者と位置づけるとき、自分の仕事や育んでいる家族、奉仕する地域社会を通じて、私たちは共同体の『共通善』に貢献する役割を担っていると気づきます。それが国づくりにもつながるのならば、私たちは単なる消費者ではなく、政治的な発言権を持つ『市民』なのだと考えられるようになります。それは、政治的な無力感の克服にもつながるはずです」

マイケル・サンデル教授「働く尊厳、取り戻すために」

1月24日の朝日新聞、マイケル・サンデル教授の「働く尊厳、取り戻すために」から。

トランプ米政権がとうとう再始動した。米政治哲学者マイケル・サンデルさんは、富の偏在にとどまらない尊敬や名誉、承認をめぐる不平等が、異形の政権を再来させたとみる。長く見過ごされてきた「暗黙の侮辱」とは何か。どうすれば働くことの尊厳を人々の手に取り戻し、民主主義を立て直せるのか。

――トランプ大統領の復権が示す、米社会の病根をどこに見いだしますか。
「この40~50年間にわたる新自由主義的なグローバル化は、トップ層に大きな報酬をもたらした一方、平均的な労働者には賃金の停滞と雇用の喪失をもたらしました。そうしたなか、エリートが自分たちを見下し、日々の仕事に敬意を払っていないという労働者の憤りが、トランプの成功の根本にあります。彼の復帰は、バイデン政権の4年間でもその問題が解決されずにきたことを示しています」

―あなたはかねて、民主党のクリントン、オバマ両政権が新自由主義に十分対抗しなかった、と批判してきましたね。
「彼らのメッセージはこうです。競争に勝ちたければ大学に行け。どれだけ稼げるかは、何を学ぶかにかかっている。努力さえすればなんとかなる、と。しかし、解決策を大学の学位に求めることは、その不平等をもたらした構造的な原因、つまり新自由主義的なグローバル化の欠陥に目をつむるものでした」
「彼らは、このアドバイスに暗黙のうちに含まれる侮辱を見落としていました。新たな経済で苦しんでいるのなら、また大学を出ていないならば、失敗は自分のせいだという侮辱です」

―仏経済学者トマ・ピケティ氏はあなたとの共著で、中道左派の失敗は、貿易や雇用という経済問題と格闘しなかったことにあると主張しました。
「民主党が苦しんでいるのは、金融規制緩和や自由貿易など新自由主義的な経済政策を受け入れた結果だ、という点でトマと一致します。ただ、強調点の違いはあるかもしれません。私は、経済の問題は文化の問題と切り離すことができないし、すべきでもないと考えます」
「不平等の拡大に伴い、能力主義的な個人主義が行き過ぎ、成功に対する態度が変質しました。頂点に立った人々は傲慢にも、成功は自身の能力と努力によるもので、苦しんでいる人はその運命に値する道を選んできたはずだと考えるようになりました。取り残された人々は経済的に苦しいだけでなく、高学歴のエリートに見下されているという屈辱感を募らせています」
「つまりは、社会的名誉や尊敬、承認、尊厳の欠如です。これらは経済の問題か、文化の問題かと問われれば、その両方です。人々は疎外感と、政治に声が届いていないという無力感にさいなまれました。トランプはその憤怒につけ込みました。だからこそ、労働の尊厳の回復が極めて重要なのです」
この項続く

ライシュ著『コモングッド』

ロバート・B・ライシュ著『コモングッド: 暴走する資本主義社会で倫理を語る』(2024年、東洋経済新報社)を読みました。考えさせられる本です。

著者が言う「コモングッド」は多義的に使われています。良識、共益、公共善の意味でです。著者は、アメリカ社会を支えていたこの良識が失われたことを嘆きます。資本主義の経済も、自由主義・民主主義の政治も、良識がなければひどいことになると指摘します。
規制の範囲内なら何でもやってしまう経営、いえ規制を破ってでも金儲けをする経営。政治も同様です。具体事例、行為者が描かれています。この本が書かれた2018年はトランプ大統領の時代で、彼の行動を批判した書として書かれたようです。

「勝つためなら何でもあり」の政治、「大もうけするためならなんでもあり」の経営、「経済を操るためなら何でもあり」の経済政策が、良き社会や良き経済を壊しました。
1984年と2016年を比較すると、一般家庭の純資産は14%減少しましたが、上位1000分の1の最富裕層が占有する富は、下位90%の人びとの富の総計とほぼ同じです。1972年から2016年の間に、アメリカ全体の経済規模はほぼ倍増しましたが、平均的勤労者の賃金は2%下落しました。所得増分のほとんどが、高所得層に向かったのです。2016年、金融業異界のボーナス総額は、法定最低賃金の7ドル25セントで働く正規雇用者330万人の年間所得総額を上回りました。
1940年代初頭に生まれたアメリカ人の9割は、働き盛りには両親よりも多く稼ぐことができましたが、1980年代半ばに生まれた人で働き盛りに両親より多くの収入を得ることができるのは5割です。(98ページ)「色あせる「アメリカン・ドリーム」

法や規制を破ることは論外としても、その範囲内で人を出し抜くことが続くと、市場経済も民主主義も劣化します。アダム・スミスも、『国富論』の前に『道徳感情論』を表し、共感(倫理)の重要性を指摘していました。
自由主義経済は個人の欲望を解放し、本人とともに社会を豊かにします。しかし野放しにしておくと、とんでもないことが起きるので、会社法や独占禁止法などの規制、他方で消費者を守る規制が必要です。
良識や倫理を捨てた経営や政治は短期的には利益をもたらすでしょうが、長期的には「弱肉強食」の世界になり、経済も市民社会も停滞することになります。

各国の憲法も、共感や倫理や良識が重要とは書いていませんが、それらを当然の前提としています。最低限の決まりを破った場合は刑法が適用されますが、倫理的行為と刑法との間には広い「空間」があります。政治にしろ経済にしろ、それを運用するには、一定の決まりが必要です。しかしそれだけでは不十分で、信頼などの社会共通資本が重要です。同じような民主主義、市場経済の制度を導入しても、国や地域によってその実態や成果には差が出ます。

そして特に政治家、国の指導者となる人には、これまでは高い倫理が求められたのですが。「気になる言葉

保育園長検定

1月25日の読売新聞夕刊に「保育園長検定あす実施 運営能力向上目指す」が載っていました。保育士には資格が必要なのに、園長にはなかったのですね。営利に走る園や事故を起こす園があります。資格は必要ですよね。

・・・保育園の園長や経営者らの能力向上を目的とした「保育施設運営管理士検定(園長検定)」が26日、初めて実施される。保育士の職場環境改善などに取り組む一般社団法人「未来創造連携機構」(川崎市)の主催で、同法人は「園長に必要な能力の指標になれば」としている・・・

・・・斉藤さんは「職場改善には園長の管理能力や意識改革が欠かせない」と訴えるが、園長への昇格基準は特になく、保育士から管理経験が浅いまま園長になるケースもあるという。

園長検定は、同法人に参加する人材コンサルタントや福祉の研究者らと考案した。労働基準法の規定やコンプライアンス、コミュニケーション、リーダーシップなど、幅広い分野から園の管理業務につながる内容を出題する。
受検を申し込んだ横浜市内の保育園長は、「園長としての知識がどの程度あるか知りたかった。受検で得た知識を保育士にも共有したい」と話した。
斉藤さんは「合格すれば専門知識のある保育園だと示すことができる。保育士や保護者、園児を守ることにつながってほしい」と期待している・・・