カテゴリーアーカイブ:社会の見方

『時がつくる建築』

2019年1月19日   岡本全勝

加藤耕一著『時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史』(2017年、東京大学出版会)が、面白く勉強になりました。西洋の古代から現代までの、建物の再利用の歴史です。

古代ギリシャ、ローマでは、神殿など巨大な石造建築が造られました。その後、使われなくなった建築物の石材をはぎ取って、別の建物に使います。
キリスト教が国教となると、それまでの神殿が、改築して教会に転用されます。
ローマ帝国がつくった競技場には、中世になって、住民が住み着いて住宅になります。
ルネッサンスは、それまでの中世建築をゴシックとおとしめ、古典古代に帰ることを理想として、建築物の改修をします。
(と書いたら、19日夜のNHKブラタモリで、古代ローマの巨大浴場を教会に転用した事例などが紹介されていました。)
イギリス国教会成立の際に、修道院が捨てられます。フランス革命で、たくさんの教会や修道院が廃棄されたり、他の目的に再利用されます。モンサンミッシェル修道院が、監獄に転用されたのは有名です。
都市での人口増加で都市の再開発が行われます。既存建物の破壊を伴う、再開発です。
そして、近代になって保存の概念が出てきます。歴史的建造物を保存する動きです。世界遺産などの制度もできます。

以下、本を読みながら考えたことです。
人の暮らしの変化、科学技術の発達などによって、建物や都市は絶えず変化します。その際に、既存建物をどのように扱うか。
面的広がりを持つ都市計画や、住民の共通認識(どのような建物を理想と考えるか)があれば、秩序ある町の景観ができます。
また、建築技術と素材が限られていた時代には、自ずと同じ様式の建物が建ちました。
しかし、近代の技術と経済力の発達で、既存建物は容易に壊され、様々な様式の新しい建物が建ちます。そして、人口密度の高い都市では、敷地は狭いままかあるいはさらに細分化され、住宅が建つことになります。

工務店も建築士さんも、古い建物を壊して新しい建物をつくることが商売です。まだ、既存建物を再利用するというより、新しい建物を造ることに価値がおかれています。
石やレンガ造りでなく、日本の木造建築は再利用が難しいとの意見もあります。しかし、寺社建築や豪農の家は手入れをしながら、長年使われています。
耐用年数の短い建物を、造っては壊しています。経済的には、短期的にはDGPを押し上げるのですが、長期で見ると蓄積ができず、ムダが生じています。
かつて、矢野暢さんに『フローの文明・ストックの文明』という優れた分析がありました。
近年の住宅の性能の向上(電気、ガス、断熱、冷暖房)で、新築住宅は住みやすいです。私も、わが家で体験しています。それにしても、昔の家は寒かったです。
この技術発展が一段落して、そして日本の経済力が落ちたときに、既存建物を再利用しようという風潮が広がるのかもしれません。

宗教の役割

2019年1月18日   岡本全勝

1月17日の朝日新聞に「阪神大震災24年 被災者へ祈る支える」という記事が載っていました。大震災の際の、宗教者の役割や活動についてです。
私も、東日本大震災の際に、宗教の役割を再確認しました。

まずは、弔いです。宗教施設も葬祭場も被災し、各地で十分なお葬式をあげることができませんでした。火葬場も使えず、仮埋葬することもありました。遺族の方が、「せめて、お坊さんにお経をあげてもらいたい」とおっしゃったのです。遺族にとって、お葬式を出すことが、一つの心の区切りになります。
各宗教団体も「協力します」と申し出てくださったのですが、行政として十分な斡旋をできませんでした。政教分離の原則を気にしたからです。
もっとも、これは工夫によって(宗教団体やNPOに斡旋をしてもらう。役場の窓口は、そこを紹介する)解決できます。

つぎに、被災者の心のケアです。心のケアというと、精神科医を想像しますが、心の平静を受け持ってきたのは、人類の歴史において長年にわたり宗教の役割でした。
ここは、宗教団体に対し、もっと活躍してほしいです。

インフラの範囲

2019年1月17日   岡本全勝

1月16日の日経新聞1面に「サイバー対策、五輪前に 重要インフラに指針」が載っていました。
「政府は今春にも、電力や水道といった重要インフラ14分野のサイバー防衛対策に関する安全基準の指針を改定する。当初は2020年の東京五輪・パラリンピック後に見直す予定だったが、巧妙化するサイバー攻撃や相次ぐシステム障害への危機感から前倒しする。重要インフラが攻撃を受ければ国民生活への影響は甚大だ。事業者は一層の対策強化が不可欠になる。」という書き出しです。

ここで言う「重要インフラ」は、次のように解説されています。
「国民生活や経済活動の基盤となるインフラのうち、機能が停止したり、低下したりすれば特に大きな混乱を招くと見込まれるもの。政府は情報通信、金融、航空、空港、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス、医療、水道、物流、化学、クレジット、石油の14を重要インフラ分野と位置づける」

かつては、「インフラ」といえば、道路や鉄道など都市基盤を指しましたが、近年はこの記事にあるように、情報通信や金融などにも広がりました。
鉄やコンクリートでできたものだけでなく、通信やネットワークも、重要な生活基盤だと認識されるようになったのです。このようなインフラは、モノと言うより「仕組み」です。私は「制度資本」と呼んでいます。
さらにこのほかに、モノとではない「社会関係資本」「文化資本」といった生活基盤もあります。

内閣サイバーセキュリティセンター「重要インフラ専門調査会

平成の歴史、介護保険制度

2019年1月15日   岡本全勝

1月12日の日経新聞連載「平成の30年 高齢化先進国」は「介護の担い手 家族から社会全体に」でした。

介護保険制度が始まったのは、2000年、平成12年でした。もうすっかり定着したので、若い人は、これが昔からあるものだと思っているでしょう。
介護サービスを充実するために、1990年代に「ゴールドプラン」という政策が策定され、施設や職員を急速に増やしました。当時、私は自治省交付税課の課長補佐をしていて、「こんなにも金がかかるのか」と驚いたことを覚えています。
それまでは、家族が、といっても多くは、娘か嫁が父や母、祖父母の世話をすることが「常識」だったのです。サービス開始直後は、「ケアマネジャーを、家の中、寝室まで入れるなんて、恥ずかしい」という声もあったのです。

身近に、介護サービスを利用している例を見ていますが、この制度がなくては、家族は大変な負担だったでしょう。
発足当初、218万人だった要介護認定者は644万人に増え、介護総費用額は3.6兆円から11.1兆円に膨らみました。これも、制度が活用されている結果なのでしょう。

介護保険制度は大成功でした。この記事の副題にあるように、介護作業を家族から社会で引き受けるようになったのです。
このサービスのおかげで、どれだけの家族・女性が、自由時間を持てたか、社会に出ることができるようになったか。日本社会を変えた、行政制度だと思います。
介護保険制度10年

『正義とは何か』

2019年1月13日   岡本全勝

神島裕子著『正義とは何か 現代政治哲学の6つの視点』(2018年、中公新書)を読みました。
9月に出版されてすぐに読んだのですが、感想がまとまらず、放ってありました。いつか書こうと、机に載せてあったのです。そのような本がたまってしまったので、片付けることにしました。読んだことを忘れないために、書いておきます。本格的に読まれた方は、軽蔑しないでください。

マイケル・サンデルさんの授業や著作が一世を風靡したのは、10年近く前のことでしょうか。読まれた方も多いと思います。私も、なるほどと思いました。
現代の哲学を再生したのは、ジョン・ロールズです。主著である『正義論』(新訳2010年、紀伊國屋書店)は700ページを越える大著なので、読み通した人は少ないでしょう(買って読んでません。反省)。

『正義とは何か』は、読みやすい本です。現在の政治哲学を、一通り学べるようです。
ところが私にとって、やはり「正義って何か、わからないなあ」です。これが、感想文が書けなかった理由です。まあ、そんな簡単に、正義や正義論がわかるものではないのでしょう。
今後も、頭の片隅に起きながら、勉強を続けましょう。ところで、そんな主題が多いのです。「制度」「秩序」「政治」などなど。最近このホームページに「ものの見方」という分類を作って、書きためるようにしています。

ところで、本論から離れて、次のようなことを考えました。
・哲学には、社会の哲学と、個人の哲学がある(Pⅱ)。正しい社会や正義と、個人が生きる際の拠り所、正しい生き方の2つです。
・哲人が考える正しいことと、民主主義が決める正しいことがある。2つをともに「正しいこと」として並べてはいけないのでしょうが。昨今のポピュリズムを見ていると、大衆が支持する「正しいこと」は、識者が考える正しいこととは異なるようです。

・何が善き生き方か。近代自由主義国家では、それは各人の判断に委ねています。社会に迷惑になることについては、法律で禁止、規制しますが。法律で規制、誘導するほかに、道徳やマナーによる誘導もあります。しかし、法律や道徳が守られるのは、それを守るべきだという規範意識が、国民に植え付けられるからです。社会秩序の基礎には、規範意識があります。
日本社会の強靱さは、ここに基礎を持っています。宗教心とともに、そのような習慣や規範意識は、重要な社会インフラです。社会関係資本や文化資本です。
善き社会とは何か。犯罪や事故が少ないといった話でなく、このソフトなインフラは、政治や行政ではあまり取り上げられません。
戦後日本の政治と行政は、善き生き方、善き社会といった話には触らないこととしてきました。善(good)や正(right)の価値判断であり、宗教や家庭での教育です。
豊かさや経済成長が課題だった時代は、この問題は隠れていました。しかし、成熟社会になった日本において、私は再考すべきだと考えています。