カテゴリーアーカイブ:社会の見方

コロナウイルス感染予防

2020年9月2日   岡本全勝

8月25日の朝日新聞教育欄、西村秀一・国立病院機構仙台医療センター・ウイルスセンター長の「学校の感染対策、ずれてないか」から。

・・・各地の学校で夏休みが明けました。休み前から様々な感染対策が続いていますが、ウイルス学の立場からすると方向がずれているとも感じます。
多くの学校では毎日のように先生たちが机を消毒してきました。メディアや専門家が「接触感染」のリスクを強調してきたためでしょう。しかしウイルスは細菌と異なり、感染者の体外に排出されると時間が少し経てば死にます。新型コロナも、ある研究でプラスチック面で長く生きるとされていますが、データをよく見ると1時間で生きているウイルス数が10分の1程度に減っていました。
仮に感染者が校内にいても、机に付着する数は極めて少なく、時間経過でウイルスが死ぬことも考えると、こうした負担を続けるほどの意味はありません。文部科学省も8月、過度な消毒は不要とマニュアルを改訂しました。私は手洗いも毎回せっけんで30秒も行う必要はなく、ウイルスは流水で十分落とせると考えています・・・

イギリスの中学校

2020年9月2日   岡本全勝

ブレイディみかこ著『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(2019年、新潮社)を読みました。読まれた方も多いでしょう。
イギリスから帰ってきた知人が、ぜひ読むようにと勧めてくれました。彼も、ロンドンで子育てをしました。書評でも高い評価を受けていたので、読もうかと思っていたのですが、ほかの本を優先していました。彼の勧めと、先日取り上げた『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』(イギリス労働者階級の昨今)が予想以上に面白く勉強になったので。

一言でいうと『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』の子供版です。イギリスが移民からなる国になっていて、白人間の階級差に加え、移民たちが多い地域では、複雑な社会ができています。
著者の息子さんは、裕福な人たちが通う名門小学校から、元底辺中学校(かつては貧しい人たちが通う学校が、教師たちの努力で改善された学校)に通います。そのことによって見えてきた、イギリスの地域社会の現状です。
「白人は豊かで、移民が貧しい」のではありません。移民の中には上昇志向の高い人たちもいます。白人に貧しい人も多いのです。所得格差、イギリス人と移民、白人と黒人とアジア人、そして混血。さまざまな境遇の人たちがいます。

とても勉強になりました。日本では多くの学校が、すぐにはこのような状況にはならないでしょうが。今後、定住外国人が増えれば、このような状況は生まれてくるのでしょう。

半月以上前に読んだのですが、他の記事を書くのにかまけて、先送りしていました。もっといろいろなことを考えたのですが、時間が経つと、記憶が薄れてしまいました。ダメですねえ。このほかにも、読んだのにまだこのページに書いていない本が、数冊あります。

戦後の戦争研究

2020年8月31日   岡本全勝

8月22日の読売新聞解説欄、吉田裕・元一橋大学教授へのインタビュー「不条理伝える静かな怒り」の続きです。「太平洋戦争の戦没者

・・・戦後の日本社会は軍と戦争を強く忌避します。歴史学界の場合、戦争体験を持つ若い世代は軍事史研究に携わることは戦争に再び加担することになると敬遠した。こうした風潮は戦争の現実から目をそらす傾向も生みました。
東京裁判も影響したのではないか・・・
・・・死刑になった指導者は、広田弘毅元首相を除くと皆、陸軍軍人でした。
東京裁判は米国主導です。ただ天皇の戦争責任は問わず、責任は主に陸軍に負わせることで日米が水面下で協力した側面もありました。
51年調印のサンフランシスコ講和条約は「東京裁判判決を受諾」と言及しただけで、日本の戦争責任を曖昧にしました。東西冷戦の深刻化と前年に勃発した朝鮮戦争を受けて、米国が日本をアジアの同盟国として重視した結果です。

日本が戦争責任を突きつけられるのは80年代、歴史教科書問題や中曽根康弘首相の靖国神社公式参拝を巡って中韓両国が猛反発したことが発端です。
政府は90年代、村山首相談話などで侵略の歴史を巡る反省と謝罪を表明しました。安倍政権も村山談話を継承するとしている。
しかし、「反省と謝罪」が国内で広く合意を得ているとは思えません・・・

バチが当たる、その2

2020年8月29日   岡本全勝

先日書いた「バチが当たる」。読者から、お便りをいただいたので、紹介します。ご意見の通りですね。
「今どきの子どもは・・・」と嘆く前に、私たち先輩が子どもたちに教えていないのです。文面は、少し改変してあります。

・・・近所の図書館の軒先に、毎年ツバメがたくさん巣を作り子育てをします。
夏休みのある日、子供たちが集まってなにやらワイワイ。一人の子供が長い棒を持ってきてどうやらツバメの巣に悪戯しようとしています。
っとその時、そばにいた別の子が「そんなんしたら、バチが当たるって、おじいちゃんが言うとったぞ!」と言って、悪戯はせずに別の場所に遊びに行ったようです。

そうだ。「バチが当たる」っていうのは、我々おじいちゃん世代が子供に言い聞かせ、賢い子供はそれを理解し、他の子供に伝えるという好循環が生まれる。
大げさに言えば、良い伝統が語り継がれるってことかな。我々おじいちゃん世代はもっと子供たちに「バチが当たるぞ!」と言い聞かせなければと思いました。・・・

太平洋戦争の戦没者

2020年8月28日   岡本全勝

8月22日の読売新聞解説欄、吉田裕・元一橋大学教授へのインタビュー「不条理伝える静かな怒り」から。

・・・アジア太平洋戦争の日本の戦没者は政府の推計で、軍人軍属約230万人、民間人約80万人です。
戦没者を網羅した公文書も死因を巡る公式統計もありません。1945年夏の敗戦時、軍も官も大量の公文書を焼却しました。
戦場の実相が本格的に解明されるのは90年代以降。歴史家らが戦記や部隊史、将兵の回想などを渉猟し、研究を重ねた成果です。

その特徴の第一は餓死の異様な多さです。
私の恩師藤原彰先生は亡くなる2年前、2001年刊行の「餓死した英霊たち」で、軍人軍属の戦没者の61%、約140万人が餓死、あるいは栄養失調に起因する病死、つまり広義の餓死と説きました。歴史家の秦郁彦氏は藤原説を過大としつつ、餓死率を37%と推定。「それにしても、内外の戦史に類を見ない異常な高率」と論じています。

第二は戦没の9割が日本の敗戦が決定的になる1944年以降に集中していること。その夏のマリアナ沖海戦で海軍機動部隊が壊滅し、サイパン島の守備隊が全滅。日本は制海権・制空権を失い、米軍は日本本土のほぼ全域を空爆の射程に捉えます。以後の日本の戦いは絶望的抗戦でした。
第三は海没死の多さ。艦船の沈没で約36万人の軍人軍属が溺死しました。日露戦争の日本軍の戦死者(約9万人)の4倍です。
第四は自殺と「処置」の多さ。過酷な行軍や激戦の末、あるいは飢餓と疫病の流行する退却の末に、自殺と処置が頻発した。処置とは自力で動けなくなった傷病兵を衛生兵らが殺すことです。「生きて虜囚の辱めを受けず」と諭す「戦陣訓」の帰結といえます。
戦場の現実は凄惨の極みでした・・・
この項続く