カテゴリーアーカイブ:社会の見方

引き下げデモクラシー

2021年7月3日   岡本全勝

「引き下げデモクラシー」という言葉を、ご存じですか。宮本太郎著『生活保障ー排除しない社会へ』(2009年、岩波新書)を読み返していて、再発見しました。28ページとあとがきに出てきます。
・・・やみくもに特権や保護を叩き、これを引き下げることで政治的支持を拡げようとする言説である。あるいはそれを見て溜飲を下げる態度である・・・こうした政治スタイルが横行するのは、政治が人々の利益をまとめ上げていくビジョンを示すことができないからである・・・

「引き下げデモクラシー」は、丸山真男先生が、『「文明論之概略」を読む』で使われた言葉です(原典に当たろうと思いましたが、丸山先生の本がどこに埋もれているのか、行方不明です。当たりを付けた場所から見つからないので、今回は断念)。
宮本先生には、麻生内閣の際に、安心社会実現会議委員としてお世話になりました。連載「公共を創る」でも、参考にさせてもらっています。

仏教、解釈の変遷

2021年7月2日   岡本全勝

植木雅俊著「仏教、本当の教え インド、中国、日本の理解と誤解」(2011年、中公新書)を読みました。
お釈迦さんが説いた仏教が、中国、日本へと伝わる際に、どのように変わっていたったか。原典のサンスクリット語と比べて、意図的な内容の変更や誤訳を指摘しています。最も典型的なのが、本来は男女平等だったのが、中国に来て、男尊女卑に書き換えられたことです。

仏教は、お釈迦さんの死後、インドで広がるとともに、さまざまな解釈が広まりました。そして、大乗仏教、小乗仏教(上座部仏教)、密教などに分かれ、さらにその中で分派しました。お経の数は膨大な数になっているようです。日本に伝わってからも、中国に学びに行き、先端の(異なった)宗派を輸入するとともに、鎌倉時代以降、独自の解釈で宗派ができます。

この本は、積ん読の山から、発掘されました。途中にしおりが入っていて、そこまでは読んだ形跡がありました。かつて、船山徹著「仏典はどう漢訳されたのか」(2013年、岩波書店)を読んで、漢訳する際に先生が読み上げる方法だったと知って、驚いたことがあります。

立花隆さんの功績

2021年7月1日   岡本全勝

6月25日の朝日新聞、ノンフィクション作家・柳田邦男による「立花隆さんを悼む、ジャーナリスト+歴史家の目」から。
・・・一国の政治や社会に内包された巨悪とも言うべき矛盾が、一人か二人の作家あるいは知識人の表現活動によって衝撃的に露呈され、時代の傾向あるいは特質を劇的に変えるという事件は、洋の東西を問わず歴史的にしばしばあった。1974年10月発売の文藝春秋11月号に立花隆氏が発表した「田中角栄研究――その金脈と人脈」は、まさにそういう歴史的な事件だった。

戦後史を振り返ると、60年代まではジャーナリズムの社会に対する影響というものは、オピニオン・リーダー的な評論家や知識人が政治や社会問題について、チクリと気のきいた名句(例えばテレビ時代を迎えた時の評論家・大宅壮一氏の「一億総白痴化」)などによるものだった。それを劇的に変えたのが、「田中角栄研究」だった。
この少し前、たまたま米国では、ワシントン・ポスト紙がニクソン大統領陣営による大統領選挙不正事件(ウォーターゲート事件)を、綿密な証言収集や証拠資料収集によって暴露し、現職大統領を辞任に追い込むきっかけを作り注目を集めていた。公的な捜査や調査に頼らない「調査報道」の力の大きさを示すものだった。だが、立花氏はその事件に影響を受けたわけではなかった。偶然、時期が重なっただけだった。時代の要請が国境を越えて共通のものになっていたと言おうか。歴史の興味深いところだ・・・

・・・しかも氏が強調したのは、単に金脈事件の暴露を羅列したのではない、自民党全体を含めての「金脈の全体的な構造」を、徹底的に資料を漁(あさ)り、証言を集め、それらを分析して解明することを目指したということだった・・・

日本企業への信頼、東芝と経産省

2021年6月30日   岡本全勝

6月23日の日経新聞オピニオン欄、小平龍四郎・論説委員の「東芝、議決権介入で損なった国益 重なる日本企業の実情」から。
・・・東芝が25日に定時株主総会を開く。外部弁護士の調査報告は同社の2020年株主総会の運営が、海外の物言う株主(アクティビスト)の議決権行使に介入するなど、不公正だったと結論づけた。今年の総会に臨む多くの株主の胸のうちは、いかに。日ごろから情報交換をしている海外の市場関係者に聞いた。
「日本の企業統治(コーポレートガバナンス)は改善にはほど遠く、日本市場への信頼を再びなくした」(米国東部の公的年金基金)
「事実だとしたら日本企業そのものへの見方にも影響するだろう」(英国の有力機関投資家)・・・

・・・もう一つ共通するのは「これは東芝だけの問題ではない」という視点だ。もはや焦点は、総会で取締役が選任されるかどうかといった問題を超えている。「日本にはすぐれた統治事例も多い」(アジアの投資家)との見方もあるが、多くの外国人投資家にとって、東芝は日本株式会社の象徴になりつつある。
日本企業は旗色が悪くなると政官の盾の後ろに逃げ込み、異論の排除に動く。少なくとも排除のリスクがある。そんな見方が醸成されつつあるということだ。
日本市場で「コーポレートガバナンス」が強く意識されるようになったのは、1990年代のバブル崩壊後だ。証券会社が大企業の財テクの損失を穴埋めする「損失補塡」が発覚し、日本に好意的だった海外の投資家がいっせいに日本不信を強めた・・・

・・・92年にはカリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)が、野村証券などに社外取締役の選任を求める動きも表面化。振り返れば、日本のガバナンス改革の出発点は証券不祥事だった。
委員会制度や連結決算、国際会計基準、社外取締役、ガバナンスコード……。約30年にわたって日本は改革を進め、不透明さへの批判をはね返そうとしてきた。
アベノミクス(安倍晋三前首相の経済改革)の一環として始動したガバナンス改革は、信頼回復の取り組みの仕上げにもなるはずだった。東芝問題は海外勢の日本企業・市場への見方を、30年前に引き戻しかねない。そうだとすれば、東芝の報告書が指摘した不適切な総会運営は、市場の観点で見た国益を損なうことにもつながる・・・

やさしい日本語

2021年6月27日   岡本全勝

6月16日の朝日新聞オピニオン欄、「やさしい日本語考」から。
・・・市区町村のウェブページや公共施設の案内などで、平仮名ばかりの文章を見かけることがある。「やさしい日本語」というらしい。目にすると、どうも奇妙な心地がする。幼児向けの本を読んでいるような……。日本語教育を専門にしている、言語学者の庵(いおり)功雄さんに聞いた。「やさしい」のは、誰のため、何のためですか・・・

――日本語を簡単にするのではなく、英語や中国語といった多言語で表示したり、話したりするのでは駄目なのでしょうか。
「国内に住む外国人を対象にした国立国語研究所の調査では、英語よりも日本語の方が『わかる』と答えた人が多いという結果が出ています。旅行者には英語が適していますが、長期定住者は日本語の方が理解しやすい。英語は日本人の側も得意とは言えません」
「それに、多言語といっても定住外国人の多くが話す主な言語だけでも20近くあり、すべてに応じるのは現実的ではありません」

――外国人のためだけでなく、日本社会にとってのメリットがないと取り組みは進まないのでは。
「少子化と人口減少に悩む日本にとって、日本人と同等の給料を稼いで税金を払い、家族で暮らす外国人を増やすことは極めて重要です。子どもたちはさらに大切で、遅くとも高校卒業時に同年代の日本人と同じ日本語レベルに達していないと、付加価値の高い職業にはつけない。不必要な難しさをそぎ落とした『やさしい日本語』をステップにして一定レベルに追いつけば、あとは自力で知識を得ることができます」
「その教育に税金が使われたとしても、能力を発揮できる大人に成長すれば財政や社会保障の担い手になります。逆に、もし日本語の習得に失敗すれば社会から孤立するでしょう。ここで考えるべきなのは『言語のバリアフリー』です。リターンできる人でなければ価値がないということではありませんが、持てる力を発揮できるようになるまでの『のりしろ』を社会が保障する、ということです」

多言語電話通訳企業勤務、カブレホス・セサルさんの発言
・・・多言語通訳サービスの会社で働いていますが、日本に初めて来た外国人をサポートするとき、最も説明に困るのが、印鑑登録や年金、健康保険の加入などです。制度や文化的背景を知らないと理解できません。日常生活でも、学校でなぜ上履きが必要なのか、何万円もする制服をどうして買わないといけないのか、分からない。
そんなとき、「日本ではこうだから。以上」で済ませるのは一番良くない。「やさしい日本語」は、日本人の側こそ意識する必要があります。日常使う日本語とは大きなギャップがあるでしょうが、まごころにならって、外国人に寄り添う気持ちになってほしい。
外国人と日本人の間には、言語の壁と文化の壁があります。実は文化の壁の方が圧倒的に高いのですが、まずは言語の壁を乗り越えないと、そこにたどり着けないのです・・・