カテゴリーアーカイブ:社会の見方

従業員を増やす企業、減らす企業

2025年10月17日   岡本全勝

10月15日の日経新聞に「日立、送配電機器部門で世界1.5万人追加採用 AI特需対応へ3割増」が載っていました。
・・・日立製作所は送配電設備の分野で2027年までに1万5000人を追加で採用する。欧米やインドなど世界で開発・生産体制を整備する。電力を大量消費する人工知能(AI)向けデータセンターの増加により、世界的に送配電能力が不足している。電力インフラの増強を支え、AI普及を後押しする・・・

久しぶりに、元気な話題を聞きました。この30年間、企業はリストラを進め、従業員を減らしました。しかし、おかしいですよね。業績が良ければ、授業員を増やすはずです。業績不振で、一時的に従業員を減らすことはあるでしょう。しかし、減らすことを掲げる社長は、それだけでダメなはずです。

コストカットを大胆に進め、「コストカッター」と呼ばれた経営者もいました。高い評価を得たのです。でも、経費を削減することは良いことでしょうが、従業員や設備、研究費は、経費でしょうか。次の製品を生む「元手」、資産ですよね。

終戦は「アメリカが望んだから」

2025年10月17日   岡本全勝

9月26日の読売新聞夕刊「ああ言えばこう聞く」、加藤聖文・駒澤大学教授の「終戦は「アメリカが望んだから」」から。

・・・日本では、8月15日正午、天皇の声を録音した玉音放送が全国に流れ、戦争が終わったという印象が強い。だが、歴史学者の加藤聖文さん(58)は「1945年8月の時点で、アメリカが戦争終結を望んでいたから終わったのであって、昭和天皇の『聖断』は二義的なものにすぎない」と語る。どういうことなのか・・・

――「中央公論」9月号の加藤さんの論考「帝国旧支配地域で続いた戦闘と抑留」には冒頭から驚きました。〈あくまでも戦争終結の主導権はアメリカ〉にあり、〈敗者には主導権も選択権もない〉と書かれていたからです。
加藤 「聖断」が二義的というのは、「絶対国防圏」だったサイパン島が44年7月に陥落した時点で、天皇が決断したら――と仮定してみるとわかります。あの当時はまだ劣勢とはいえ日本がアジア各地を占領していたので、米国は「終戦は、もっと日本軍の占領地を奪還してから」と考え、日本の講和申し入れを受け入れなかったでしょう。
一方、あの段階で日本が講和を申し出ることができたかといえば、これも無理だった。負けは陸海軍の存亡に関わりますから、どこかで一発逆転してから講和しようという甘い見通しをもつからです。

――実際、日本軍は「一撃講和」にこだわり、戦争を続けた結果、東京をはじめ全国各都市への空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下と犠牲者は一気に増大しました。
加藤 人と人が殺し合う戦争は、国家によって人間の感情をむき出しにさせられる行為です。冷静になってから、「あの時、ああしておけばよかった」と思ったとしても、頭がカッカしている状態での冷静な判断は難しい。

――しかし、8月15日の玉音放送で、米軍の攻撃はやみ、日本軍の武装解除は迅速に進んだ。二義的というより、かなり重要な役割を果たしたのではないでしょうか。
加藤 もちろん、玉音放送の役割は大ですが、基本は、日本の軍事機能を失わせ、戦争目的はほぼ達成したとアメリカが判断したことが戦争終結の決定的要因で、すでにドイツが降伏(45年5月)し、「ナチをやっつけたから、もう戦争は終わりにしたい」というアメリカの世論もこれを後押ししました。
敗者に主導権がない。それは、長崎への原爆投下の直前、45年8月8日に日本に宣戦布告したソ連軍の攻撃が、玉音放送以降も続いたことでも明らかです。ソ連の目的は、南樺太・千島列島の割譲と満州(現中国東北部)における旧帝政ロシアの権益の確保でしたから、それを確実にするまで攻勢を止めなかったのです。

変化によって形と関係はつくられる

2025年10月15日   岡本全勝

生物も生態系も、神様が設計されたのではなく、変化の中でできあがったもののようです。
私たちは、今の生物と生態系を見て学ぶので、それが最初からあったものだと思ってしまいます。しかし、そうではありません。単細胞生物から複雑なものへと進化しました。その過程で、生き残りをかけた競争があって、それぞれの生物の形ができ、その棲み分けで生態系ができました(エドワード.O.ウィルソン著『生命の多様性』(1995年、岩波書店)を読んで生態系・生物多様性を知ったときは目からうろこでした)。この本も、本棚から出てきました。

物は単独で進化するのではなく、周囲の環境、他の生物との競争の中で進化を遂げてきました。他の動物との競争がなければ、チーターの足は速くならず、キリンの首は伸びなかったでしょう。
そして、現状でひとまず安定していますが、競争と変化は続いています。仮の安定と言えばよいのでしょうか。人とウイルスとの戦いは、新型コロナ感染症で体験したばかりです。

人間と社会も、同様です。人は社会環境の中で育ち、人が社会の変化を作ります。やっかいなのは、生物や自然の変化に比べ、社会の変化が激しいことです。狩猟採集生活ではほぼ自然環境の一員として、自然の原理の中で生きていたのでしょうが。農耕生活に入って集団による競争が始まり、近代になって「進歩」が通念になってしまいました。
科学技術や経済において、終わりのない競争の中に放り込まれ、私たちは止まることを許されないのです。親と同じ人生を送ることができません。それどころか、大人になったときには、子どもの時にはなかった機械や環境に置かれます。それを学ばないと、置いて行かれます。考えてみれば、しんどい話です。

科学技術の形態、学問の分類

2025年10月13日   岡本全勝

9月20日の日経新聞「リーダーの本棚」は、石川正俊・東京理科大学長の「「学問とは」修め産学連携論」でした。次のような話が書かれています。モードとは様式や形態と訳すとよいでしょうか。
・・・科学技術にはいくつかのモードがある。あるテーマをどんどん掘り下げ心理を解明するのが「モード1」。社会が抱える課題を解きながら社会との関係の中で科学技術の発展を見るのが「モード2」だそうです。私流に解釈するなら、科学者としてわかったという喜びがモード1、できて使ってもらうという喜びがモード2です・・・

出典は、マイケル・ギボンズ著『現代社会と知の創造 モード論とは何か』(1997年、丸善ライブラリ)です。専門家の世界で完結しているのが、モード1。外部である社会と関係を持つのが、モード2です。

この観点からは、社会学において、現実問題と取り組む学問を「実用の学」とするなら、分析だけにとどまる学問を「説明の学」と言ってはどうかと、「実用の学と説明の学」に書いたことがあります。
よく似た切り口からは「過去を見る学、未来を見る学」という分類もあります。
明治以来、日本で成り立った「輸入の学問」=海外の学問を日本に紹介することは、学問の分類には入らないのでしょうね。

「為替は操作可能」誤った認識

2025年10月12日   岡本全勝

9月25日の朝日新聞「プラザ合意40年」、渡辺博史・元財務省財務官の「「為替は操作可能」誤った認識植え付けた」から。このような論考は、当時の当事者で、その後の動きを観察していないと、できないことでしょう。

・・・米国経済を救済するために、主要国で協調してドル高を是正しようとしたのがプラザ合意だ。当時は主要5カ国の経済規模が大きく、為替市場での存在感も強かった。
だからこそ協調してドル安に誘導することに強いメッセージ性があり、実際に為替レートも動いた。ただ、仮にプラザ合意がなくても、当時の米国経済の悪さを考えれば、いずれ市場の力でドル高は修正されていただろう。

だが、もう同じことはできない。欧州でユーロという複雑な構成の通貨が誕生し、さらに中国やインド、新興国の台頭で、当時のG5や現在のG7の世界経済に占める規模は相対的に小さくなった。自国第一主義が広がり、各国が協調して物事を決めることも難しい。仮に協調できたとしても、規模が格段に大きくなった為替市場を操作することは無理だろう。
だからこそ現在のトランプ政権は、為替政策ではなく、関税政策で各国に注文を付けている。当時と異なり米国経済は景気が良い。大手テック企業の誕生など、イノベーションも起きた。だが、国内の富の再分配で失敗し、国民の不満が高まっている。米国内の問題だが、これを関税により、外国との問題に転嫁している。

為替を動かすことに成功したプラザ合意だが、日本にとっては、為替市場は誰かが手を出せばコントロールできるという誤った認識を植え付けた。その後の国民や政治家の為替市場に対する認識をゆがめ、日本の産業界のイノベーションに対するモチベーションが下がった面がある。
日本は為替市場への認識をあらため、産業のイノベーションを促す政策を進めるべきだ・・・