カテゴリーアーカイブ:社会の見方

思い出横丁

2026年4月11日   岡本全勝

新宿駅西口の思い出横丁って、ご存じですか。先日夜9時過ぎに(ふだんは寝ている時間ですが、その日は意見交換会が遅かったので)、新宿駅を通りました。
地下通路で、迷っているような外国人に声をかけると、バス停がわからないとのこと。これは簡単に教えました。
次に目についた若い男女二人。声をかけると「思い出横丁に行きたい」とのこと。私は知らないので、スマートフォンで見せてくれました。ああ、あの西口にある、古くて、小さなな飲み屋がたくさん並んでいる場所だ。
「小さな、古い、日本の飲み屋だよ」と英語で言うと、イエスとのこと。新宿駅は工事中で出口が複雑なので、近くの出口(私が乗る丸ノ内線も近いので)まで案内しました。「どこから来たの」と聞くと、ギリシャからでした。
外国人観光客には、こんな場所も面白いのでしょうね。うまく座れたら良かったのですが。

高円寺駅前の商店街、古着屋さんが並んでいるのですが、ここも外国人観光客がたくさんいます。

100街道を歩く

2026年4月11日   岡本全勝

4月10日の日経新聞文化面に、長澤純一さんの「100街道踏破まであと一歩 9000キロ歩き続け、歴史を追体験」が載っていました。肩書きに「元総務省職員」とありますが、自治省の先輩です。

・・・お江戸日本橋と京の三条大橋を結ぶ東海道、松尾芭蕉がたどった奥州道中――。日本全国の街道を25年以上かけて歩き続け、あと1つで100街道踏破を達成するところまで来た。
きっかけは26年ほど前に遡る。赴任先の福岡県で副知事を務め、激務の日々が続いた。その上、単身赴任は寿命を縮めるという。健康のためにも積極的に外を出歩いていた。そんな時に地元紙で「唐津街道を歩く」という催しを見つけた・・・

かつての街道を歩いておられます。明治時代の地図を頼りに、長い行路は何度かに分けてです。目的地に急ぐのではなく、道ばたの史跡や景観を楽しみながらです。すでに9000キロを歩かれたとのこと。「百街道一歩の道中記
100街道は、長澤さんが選んだようです。文化庁が選んだ「歴史の道百選」はありますが。百名山のように有名になるかもしれません。

吉田徹著『ミッテラン』

2026年4月10日   岡本全勝

吉田徹著『ミッテラン 現代フランスを率いた理想と野望』(2026年、中公新書)を紹介します。帯には「戦後フランス初の左派大統領」「高貴にして卑俗なる人生」とあります。
著者は「まえがき」で、この本の二つの趣旨を述べています。政治には、政治家(ステーツマン)と政治屋(ポリティシャン)がいます。しかし政治家も、汚い手を使ってでも選挙に勝たなければ、また政敵を蹴落とさないと、政治家として政策を実現できません。高貴さと卑俗さとを併せ持っています。ミッテランは、その二つを体現していました。
もう一つは、ミッテランの人生を追うことで、フランスの政治史、世界の政治史を学ぶことができるからです。

ミッテランの政治活動は、3つの時期に分けることができます(228ページ)。
第一は、1946年に始まる第四共和制で、戦時中のレジスタンス活動組織化の手腕が買われ、最も若い閣僚として将来を嘱望された時代。しかし、1058年の第四共和制崩壊とともに、不遇の時代に入ります。
第二は、長い時間をかけた、復活の時代です。瀕死の社会党を復権させ、1981年の左派政権へと実を結びます。
第三は、1981年から95年までの二期14年にわたる大統領時代です。しかし、意図していた社会主義は、国際政治と国際経済の中で実現することができず、国家の舵取りに苦労します。

こんな波乱な人生を過ごしたこと、政権を取るまでの苦労を知りませんでした。政治とは、かくも過酷な人生の仕事です。勉強になります。お勧めします。

また「あとがき」で、次のように述べています。
「本書が目指すところは3つあった。ひとつは当然ながら、フランスの一時代を築いたフランソワ・ミッテランという人物がいかなる存在であったかを、過不足なく伝えること。2つ目は、彼の存在と、時代によって異なる力学のもとに置かれるフランスの政治と社会の相互作用を描くこと、最後には、この2つを通じて、フランスという国の20世紀後半の足跡を辿るとともに、政治という、不可思議な営みの本質を探ることである」
この目的を十分に達成していると思います。伝記はしばしば分厚い本になりますが、えてしてその人の人生を追うことに終始しがちです。新書という分量で、著者が掲げたこれらの目的を達成することは難しいことです。

220ページの8行目。「昭仁天皇」とありますが、現在の上皇陛下をさすのなら「明仁天皇」ではないでしょうか。

世界と異なる日本の通知表

2026年4月6日   岡本全勝

3月23日の朝日新聞に、「学校の通知表、世界と違う?」が載っていました。

・・・年度末になると手にする「通知表」。子も、親も、開くときにドキドキします。世界と日本の通知表について、佛教大の田中耕治客員教授(教育評価論)に聞きました・・・

―世界各地の通知表の特徴を教えてください。
米国カリフォルニア州では保護者が子どもの成績や学習状況をウェブ上で確認できます。途中経過も見られる仕組みになっていて、子どもが学年末の基準をどの程度、習得しているのかが分かるようになっています。
スウェーデンで通知表にあたるのは「個人発達計画」と呼ばれ、低学年の子どもの成長や学習の進み具合を記録することが重視され、高学年では、その記録は進学資料となります。
オーストリアの通知表には「資格証明」が含まれます。たとえば「5年生の内容を理解した」ことを、校長や担任の教師が署名して証明します。進学の成績証明としても利用されます。
通知表に成績が書かれていないのは韓国の初等学校(小学校に相当)です。全国共通の様式である「生活通知表」は、生活面や行動特性などの生活記録が中心です。学校内での暴力に関し、処罰があった場合は記載が義務化されています。処罰を受けた場合、多くの大学に入学できません。

―通知表の役割はどうあるべきでしょうか。
欧州では進級や進学にあたって、その学年にふさわしい学習内容を「修得」できたかどうかを重視します。
日本は「競争」と「序列化」の圧力が強いように感じます。本来、子どもの成長や発達の記録を家庭に伝え、学校と家庭が協力して子育てすることを促すものです。
通知表は「他の子と比べる」ものではなく、「自分の子が、どこまでできているか」「どんな成長をしているか」を知るための記録です。数字だけにとらわれず、成長や発達の過程に目を向けることが大切です。

―日本の通知表は、いつから始まったのですか。
明治初期に学校と家庭の連絡簿として始まり、学籍簿制定の1900(明治33)年ごろに「成績欄」「出欠の記録」「学校家庭通信」などを備えた今に通じる通知表がつくられました。大正時代に入ると、学歴社会の高まりで成績重視に変化しました。相対評価の導入は戦後です。

中学生の英語力が低下

2026年4月5日   岡本全勝

3月22日の読売新聞言論欄に、古沢由紀子・編集委員の「中学英語 基礎定着に課題」が載っていました。
・・・ 小学校で英語を教科化したにもかかわらず、中学校段階の英語力が低下したという調査結果が波紋を広げている。授業で会話などの活動が増えた一方で、文法や語彙の基礎知識が定着していないとの指摘もある。文部科学省はコミュニケーション重視の方向性は維持しつつ、小中高校の次期学習指導要領で英語教育の内容を見直す方針だ。今の時代に求められる「使える英語」の習得に何が必要なのか。

昨年7月に公表された学力調査の結果を受け、文科省や教育関係者に衝撃が走った。全国の小学6年と中学3年計約10万人を抽出して2024年に行われた「経年変化分析調査」。小学校の国語と算数、中学校の国語、数学、英語を対象に3年に1回程度実施されており、前回(21年)に比べて全教科の成績(スコア)が低下した。その中で最も低下幅が大きいのが中学の英語だった。
同調査は毎回大半が同じ問題(非公表)で、学力の変化を把握しやすい。16年に実施されなかった英語は2回目の調査で、文科省の担当者は20年以降の新型コロナウイルスの流行が「話す活動などに影響した可能性がある」とみる。

英語教育に詳しい斉田智里・横浜国立大教授は「話すことだけでなく、『聞く』『読む』『書く』力を問う問題でも全体的に正答率が低下し、英文を正確に書く問題で顕著に下がった」と分析。「コミュニケーションを重視する英語教育の方向性は間違っていないが、授業での文法指導や反復練習の時間が不足している可能性があり、基礎が定着していない生徒の支援が必要だ」と指摘する。
同様の傾向は23年度に行われた全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)からもうかがえる。過去の調査と出題は異なるが、4年ぶりに行われた中3の英語の平均正答率は前回から大きく低下し、デジタル端末を使い「話す」力を測る問題では1問もできない生徒が6割を超えた。

その一方で、一定水準の英語力を持つ生徒の増加を示す調査結果もある。文科省の24年度の「英語教育実施状況調査」では、中3で実用英語技能検定(英検)3級以上、高3で同準2級以上の英語力を持つ公立校の生徒はいずれも増加傾向だ。入試で英検などが重視される影響も大きいとみられ、学校現場には「塾で対策をする生徒が上位の級を取得し、二極化している」との見方がある・・・