「田中俊一先生、政治家と科学者の距離」の続きです。8月20日の朝日新聞オピニオン欄、田中俊一・前原子力規制委員長のインタビュー「政治と科学 一にも二にも透明性」から。
ー原発事故後、科学的合理性のない安全基準を政治判断で決めてしまったと批判していますね。
「放射性セシウムの食品流通基準が、国際基準の10倍厳しくされてしまった。国際的には、チェルノブイリなどの実態を踏まえ手、一般食品はキログラムあたり1千ベクレルの基準で十分だとしています。日本も最初は500ベクトルだったんです。ところが政治に引きずられて、100ベクレルに下げた。専門家の判断が政治から独立していなかったというしかないでしょう。福島の農業や漁業の再生の大きな妨げになっています」
ーなぜ科学的合理性のない基準が適用され続けるのですか。
「『行政判断の無謬制』のようなものがあるからですよ。まだ事故の状況がよくわかっていない時点で政治的に下した判断を、実態が違うから修正しようとしても受け付けない。100人に1人でも『危ない』という声があれば、変えようとしないことが、国民全体に大きな損失をもたらしている」
ー「ゼロリスクはありえない」ということが国民に共有されないのはなぜでしょうか。
「発信する政治家や専門家、伝えるメディア、受け取る国民の全部に問題があります。特にメディアの責任は大きいですよ。原発事故のときも、放射線の専門家でもない人たちがテレビに出て、危険性を課題に言い立てた。それを国民もうのみにしてしまった」
「同じ状況がコロナでも起きています。メディアが引っ張り出した『にわか専門家』たちが、根拠もないことを言っている。信頼できる意見とそうでないものをきちんと仕分けせず、ただ『こんな意見もあります』と紹介するのは無責任きわまりない」
ーとはいえ、多様な意見を紹介するというのは、メディアの役割ではないですか。
「少数意見を大事にするということと、根拠もない極論を伝えることは違うでしょう。メディアの悪いところは、科学的根拠に基づいた見解と、何の根拠もない極論を同列に報道することです。取り上げるに値しない意見は無視すればいいんです・・・」
原文をお読みください。
参考「福島の野菜、価格低迷」。その国の基準より厳しい基準を設けたスーパーがあります。それは、福島の農業者を泣かせることになっています。