カテゴリー別アーカイブ: 災害復興

行政-災害復興

被災地支援の副作用

10月19日の朝日新聞「てんでんこ」は、「商店街、支援物資」でした。
・・・東日本大震災から数日で営業を再開した岩手県宮古市の末広町商店街。だが、すぐに予期せぬ事態に直面した。
大量の支援物資が届き、モノが売れなくなったのだ。避難所では、食料ばかりか、衣服、靴、時計まで配られる光景に、商店主はがくぜんとした。
最大時1万2千人の避難者のため、当時、同市が県に求めた「救援物資の要望状況」リストが残っている。毛布、ろうそく、ストーブから、大人用おむつ、車いす、杖、耳栓、カレンダー、仮設トイレ、蚊取り線香まで約150品目にのぼる。
日本赤十字社は仮設住宅に、冷蔵庫、洗濯機、テレビ、電子レンジ、電気ポット、炊飯器の家電6点セットを配った。
一般市民からの物資も届いた。その多くは市外で購入され、直送されたものだった・・・
・・・それは被災者を助け、励ました。でも被災者でもある末広町商店街はその分、販売機会を失った・・・

そうなのです。現地からの要望に応えて、政府も企業も国民も、被災地に物資を送りました。それが一部では、再開した地元商店の商機を奪っていたのです。子供たちに送られた鉛筆やノートは、ある地域では3年分にも上り、文房具店の商売が成り立ちませんでした。記念の日に届くたくさんの花で、花屋さんの商売があがったりになりました。善意が、商店の再開の足を引っ張ったのです。
すべてを失った被災者に、早く日用品を送らなければなりません。しかし、商店が再開され始めると、それは逆効果になるのです。難しいところです。

中小企業施設復旧補助金の成果

東北経済産業局が、「グループ補助金(中小企業等グループ施設等復旧整備補助金)交付先アンケート調査」を発表しました。今回で、8回目です。詳細を見ていただくと、東北4県では、次のような特徴がわかります。

雇用は、雇用人数が震災前を上回りました。59%の事業者が、震災前の水準以上まで回復したと回答しています。
売上は、46%が震災前の水準以上まで回復したと回答。業種別に見ると建設業、運送業が良く、水産・食品加工業、旅館・ホテル業などが遅れています。
売上げが回復していない要因は、「既存顧客の喪失」「従業員の不足」などです。回復した要因は、「新商品・新サービス開発等による新規顧客の確保や既存顧客のつなぎ止め」、「復興特需、その他要因による新規顧客の確保」です。

この補助事業の自己負担分については、5,591事業者のうち5,073事業者が終了しています。残る事業者も、52%が調達済み・調達見込み済みです。
経営課題は、半数以上が「従業員の確保・育成」、「販路の確保・開拓」を挙げています。

仙谷由人先生

仙谷由人・元衆議院議員、官房長官がお亡くなりになりました。

2011年3月18日、大震災から1週間後の金曜日に「あす朝、総理官邸に出頭するように」と、私に連絡が来ました。翌19日土曜日朝に官邸に行き、仙谷・官房副長官から「被災者支援の事務方の責任者を務めよ」との指示を受けました。「何をするのですか?」と聞いたら、「それを君が考えるのだ」との答えでした。このことは、日経新聞夕刊コラムにも書きました。

官邸の向かいにある内閣府の建物に事務局を構え、現地への物資などの支援と、現地からの要望に答え、さらに何をしなければならないかを考えつつ、被災者支援本部を動かしました。
毎日、先日お亡くなりになった松本龍・災害担当大臣、仙谷副長官、片山善博・総務大臣、平野達男・担当副大臣らと本部会合を持ち、大きな問題を片付けていきました(なお、私の所管は津波被害と被災者支援です。原発事故については、総理官邸で菅総理が指揮を執られました)。
仙谷副長官を始め皆さんが、私に大きな自由度を与えてくださいました。当時は、緊急時、各地の様子も全体像もわからない状態です。一つ一つ政務職にお伺いを立てて、慎重な検討をしている余裕はありませんでした。

政務職が大きな方向を指示して、官僚に任せてくださる。そして、官僚の行動を支援してくださることで、私たちが存分に力を発揮できました。
仙谷副長官自身も、大震災が発生したことで、急きょ、官房副長官に呼ばれました。官房長官時代は「乱暴長官」と呼ばれたこともあったようですが、その力量は大震災の際に発揮されました。
当時のご指導を感謝しつつ、ご冥福をお祈りします。

福島県の魅力度向上

福島県の魅力度が、昨年の34位から27位に上昇しました。
民間の調査会社が行った、都道府県の魅力度を認知度や地域のイメージなどの項目で順位付けする調査です。「地域ブランド調査 2018」(2018 年10月15日、株式会社ブランド総合研究所)。3万人にインターネットで聞いたものです。
大震災と原発事故から7年余り。その影響が、徐々に薄れているのでしょう。事故がなければ、上位に入る県ですから。

宮城県被災地視察2

宮城県被災地視察で考えたことです。住宅や道路などの施設は、ほぼめどが立ちました。防潮堤や復興道路(壊れた道路を復旧するのではなく、新しく造る道路)などは、工事が続くものも残るようですが、当面の暮らしには問題ありません。
すると、町のにぎわい回復が大きな課題です。簡単にいうと、働く場と買い物の場、そして人のつながりです。
岩手県視察の際にも書きましたが、各市町村は町の中心部ににぎわいの拠点をつくる設計をしました。駅やBRTのバス停近くに、図書館や公共ホール、商店や飲食店を集めました。これは、かなり成功しているようです。高校生たちが、時間待ちの間、図書館で勉強しているとか。
気仙沼市も内湾地区の施設が建ち始めました。最近の姿

産業復興は、施設設備への補助金や、専門家による支援を行いました。「この支援がなかったら、再建はなかった」とおっしゃる事業主が多いです。もっとも、このような支援だけで事業が続くわけではなく、事業主さんたちの大変なご苦労があって、事業は再建しています。課題は、販路の確保と従業員の確保です。
八葉水産(気仙沼市、塩辛など水産加工品)は、工場が流されましたが、二重ローン機構や結いの場などの戦痕か支援を使って、復活しました。みらい造船(気仙沼市、造船)は、5つの造船所が合併し、新しく工場を作って移転します。最新鋭の設備です。向こう3年間の受注があるとのこと。地方での就職支援をしているマチリクは、気仙沼市で活動してくれています。

デ・リーフデ北上(石巻市、トマトとパプリカの温室栽培)は、津波被害を受けた農地で、オランダ式のハウス栽培を始めました。再生可能エネルギーで化石燃料を削減する取り組みをしています。ここも、約100メートル×200メートル、高さ6メートルの巨大な温室です。注文のすべてを引き受けられない状況です。
それぞれ、たくさんの従業員を雇ってくださっています。産業再建支援に、国が本格的に取り込んだのは、東日本大震災が初めてです。道路や防潮堤などの施設整備に比べると、予算額は数桁小さいですが、その効果は大きいです。

すがとよ酒店(気仙沼市、鹿折)にも、お邪魔しました。大きな町であった鹿折地区は、津波で町全体が流されました。そこで、100年続くお酒屋さんです。菅原文子さんは、津波で夫、両親を亡くされました。仮設店舗を経て、今のお店を再建されました。
店の2階を小さな集会所にして、ご自身の語り部やコンサートなどをしておられます。一人生き残った場面のお話しは生々しく、胸を打たれるものでした。他人にはわからないつらさを超えて頑張っておられる姿には、頭が下がります。

私や行政は、どうしても数として、被害や復興を捉えます。全体の状況を把握するには、数値が一番わかりやすいのです。しかし、数字を相手にしていると、現場の姿を忘れてしまいます。そこには、一人一人の生活、一つひとつの会社の事業があります。それぞれに違ったご苦労をされ、また悲しみを乗り越えてこられました。
視察に行って車窓から見ている、あるいは市役所で説明を聞いているだけではわかりません。訪問先の事業主の方のお時間を取って申し訳ないのですが、やはり、その方々のお話を聞くことは重要です。今回も、お忙しい中、時間を割いていただき、さらにぶしつけな質問に応えていただき、ありがとうございました。