カテゴリーアーカイブ:政治の役割

分解するイギリス

2017年7月2日   岡本全勝

近藤康史著『分解するイギリス―民主主義モデルの漂流』(2017年、ちくま新書)が勉強になりました。
世界を驚かせた昨年6月の、イギリスのEU離脱国民投票。しかし、近藤先生は、これは突然起きたのではなく、以前から進んでいたイギリス民主主義の変質が表面化したものだと分析します。

かつて民主主義のモデルとされたイギリス。そこには、二大政党制、小選挙区制、一体性の強い政党、強い執政とリーダーシップ、集権国家がありました。そしてこれらがよく機能し、国内の政治対立を議会政治の中で処理してきたのです。対立する二大政党は、国民の意識を汲み取るとともに、合意により解決していきます。
日本も、お手本としてきました。1990年代に行われた政治改革は、まさに、小選挙区制、強い執政をつくるものでした。

ところが、いろいろな課題と局面で、この仕組みが機能しなくなりました。EUへの距離感、スコットランドの独立の動きなど。国民の意識が、左右の二大政党と違った形で分裂するのです。
EU離脱なども、保守党対労働党でなく、それぞれの党内に賛否が分かれます。二大政党の得票率は低下し、多党化が進みます。しかし、二大政党と小選挙区制は、さまざまな意見を汲み取ることができません。

次のような趣旨の記述もあります(p124)。
もはやイギリス国民は、階級や左右というイデオロギーの違いでは、投票する政党を決めていない。政党が提示する政策には大きな違いがなく、有権者は合意された政策目標について、どちらの党が効果的に達成するかが選択の基準になっている。
これを、ヴェイランス・モデルと呼ぶのだそうです。

確かに現在では、政党は、主要な政策について、大きな違いを打ち出すことができません。安全保障、福祉について、さほど違った政策は主張できません。福祉充実を訴えたら、その財源はどうするのか。増税抜きで高福祉は無理だと、国民は知っています。
しかし、そのジレンマや閉塞感が、国民を理性的でない判断にも追いやるのでしょう。
EU離脱やトランプ現象も、理性で考える有識者の判断と、感情で投票した多くの国民との違いが、出てきたものだと思います。

これまで安定した民主主義のお手本として、イギリス政治はありました。それがモデルになったのです。では、これからはどうなるか。このような混迷をどのように切り抜けていくか、そこにイギリスはモデルとしての位置にあります。
イギリス政治に関心ある方だけでなく、日本の政治(制度)を考えるには、必読の本です。

権力への制約と緊張関係

2017年6月26日   岡本全勝

朝日新聞6月22日のオピニオン欄、「危うき統治の時代」、中北浩爾・一橋大教授の発言から。
・・・問題は、政治改革が前提条件としていた首相の権力への制約が失われてしまったことだと思います。その一つは、二大政党の片翼を担う政権担当可能な野党の存在です。次の総選挙で政権交代が起きるかもしれないという緊張感があれば、官邸や与党も自制せざるを得ません。
もう一つは、総選挙の際のマニフェスト(政権公約)です。数値目標や実施時期を明記したマニフェストに基づいて政治を行うことは現実性を欠いていましたが、そこには政権や与党に民意の縛りをかけるという意味がありました。民主党がマニフェストに基づく政権運営に失敗し、有権者の失望を買い、以上の二つの制約条件が失われた結果が、現在の首相の赤裸々な権力行使だといえます・・・

原文をお読みください。

地政学

2017年6月25日   岡本全勝

近年は、地政学が、はやりです。6月16日の日経新聞夕刊が、「不安映す地政学リスク」という記事で、簡単に紹介と解説をしています。
確かに、ある地域での政治的・軍事的・社会的問題が、関係国の政治・経済を揺さぶります。しかし、この言葉は定義をはっきりして使わないと、国際関係のリスクをすべて「地政学」で説明してしまう危険があります。

この言葉が使われるのは、国際関係が先行き不透明になったときです。他方で、国際戦略を立てる際には、そのような視点は必要です。記事には、次のような記述もあります。
・・・第1次安倍政権の際には、麻生太郎外相が「自由と繁栄の弧」を掲げた。石津氏は「『大東亜共栄圏』以来初めて、日本が理念で国家戦略を語った」とする。ユーラシア大陸に沿ってアジア各国と連携する「弧」の戦略は、マッキンダーやスパイクマンに通じる。同様の構想を中国は「真珠の飾り」、インドは「ダイヤのネックレス」と掲げ、地政学に基づく戦略を各国が競っている・・・

国会の役割

2017年6月19日   岡本全勝

6月16日の朝日新聞オピニオン欄「熟議は幻想か」、大山礼子・駒沢大学教授の発言から。
・・・議院内閣制における国会とは、立法府として内閣や議員が出す法案を審議し、修正するための場です。実際、フランスやドイツなどでは、政府が出した法案を一条ごとにチェックするなど実質的な審議がされる。与野党の指摘で頻繁に修正が行われています。
ところが日本では、政治論戦や日程闘争ばかりで、実質的な審議が深まりません。なぜか。最大の原因は、与党が法案を「事前審査」し、そもそも国会で修正するつもりがないところにあります・・・
・・・国民の目に見える形で、国会で与野党による法案の審議と修正が行われるようにするには、どうしたらよいのか。私は、欧州諸国のように内閣がいったん国会に出した法案を修正しやすくすることが変化の契機になると思います。
日本の国会法では、内閣が出した法案を修正するには、国会の承諾が必要です。もし内閣が修正を申し出ても、国会が承諾しなければ、内閣は修正案を出せません。そのため、内閣は事前審査と原案通りの成立にこだわり、与党もそれを受け入れる関係が定着してきました。
諸外国でも、政府と与党が事前相談はします。ただ、国会提出後も内閣が自由に修正できるため、日本ほどガチガチには固めません。与党議員も事前に法案を固めない分、国会で法案修正を求めることが多く、野党の指摘も反映される余地も生じます・・・

原文をお読みください。

ドイツ、コール元首相逝去

2017年6月18日   岡本全勝

コール元首相が亡くなりました。報道にあるように、ドイツ統一を成し遂げた名声は、永遠に残るでしょう。
かつて、このページ(2010年9月29日)でも書きましたが、東西冷戦は半永久的に続くと考えていた私にとっては、本当に驚きでした。
専門家であった高橋進先生が、『歴史としてのドイツ統一』(1999年、岩波書店)の中で、同じようなことを書いておられます。
・・戦後のドイツ外交を研究してきた者として、ドイツの統一は、私が生きている間はありえないというのが、染みついた公理であり、1989年11月9日のベルリンの壁の開放をみても、統一はまだ遠いという思いを拭い去ることはできなかった・・

大国ドイツが再び生まれることを恐れた、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長、ミッテラン・フランス大統領を説得し、東西ドイツ統一を成し遂げました。その際の一つの説得材料が、EUと統一通貨ユーロです。これらには、ドイツが単独行動しない「保障措置」としての役割もあるのです。
政治家が歴史を変える例だと思います。もちろん、きっかけは民衆によるベルリンの壁破壊です。しかし、そのチャンスにどのように統一を進めるか。無策では進まなかったでしょう。そこに、政治家の構想と実行力が試されます。世論と世界をどのように説得するか。バラ色のことばかりではありません。内政にあっても、遅れていた旧東ドイツ地域にてこ入れすることに多額の経費をかけました。また、旧国民間の「差別意識」の克服も大きな課題でした。

東西の壁崩壊から28年、ドイツ統一から27年。若い人は、あの頃の熱気と驚きを知らないのですね。
私が「見たもの」の中で、あり得ないこと(と思っていた)の第一はこの冷戦の終結とドイツ統一で、国内では東日本大震災でしょう。前者は人の世界、後者は自然ですが。