カテゴリー別アーカイブ: 政治の役割

行政-政治の役割

国会の役割、審議

9月17日の朝日新聞オピニオン欄「形骸化する国会審議」、野中尚人・学習院大学教授の「多様な意見、討論してこそ」から。

いまの与党、具体的には自民党の事前審査制度は、日本政治の大きな問題です。
法案が国会提出される前に、細かく各省庁と自民党が調整し、細部まで法案を固めます。ほとんどの場合、審議スケジュールをめぐる野党による抵抗はあっても、その法案が最終的には修正されずに可決、成立します。それが、国会、特に与党による討論を不活発にしている要因だと指摘されてきました。
そもそも、国会、議会とは何でしょう。ほかの組織とは異なる議会の本質的な特徴とは何なのでしょうか。
例えば「話し合いをする」という機能を持つ場は他にもありますが、議論をした上で、社会の全構成員を拘束するルール、つまり法をつくるのが議会です。さらに、そのプロセスで、意見の異なる人が同じ場所で公開のディベート、討論をすることが決定的に重要だとされています。

1955年の保守合同で自民党が誕生し、55年体制が成立して以降の国会では、与野党によるこうした討論が実質的に行われていません。国会は与野党ではなく、政府と野党が対決する場になっています。政府を代表する閣僚は、関係部局と調整した答弁をしますが、与党は法案を固めた後は、中身について国会では消極的な役割しか果たしません。日本の国会は、与野党の討論や熟議ではなく、政府が悪いことをしないかと野党が監視する場になっています。

自民党の政治家から聞き取りをしたり、逆に声をかけられて事前審査の何が問題なのかを説明したりといった機会がありました。異口同音に言われたのは「事前審査なしでは、とても国会を運営できない」ということです。
決してそのようなことはないと思います。ヨーロッパでも議会内で、超党派で行う立法前審査の制度があります。しかし民主主義国では、政府が提出する前の段階で完全に結論を出すような形で与党が審議をすることは、日本以外では実例が見つかりません。
特定の政党が長く与党になっている国でも、議会制民主主義国では事前審査のような制度はありません。政権交代を経ても日本で残っているのはなぜでしょう。55年体制成立前、早くも明治時代末期から、議会といった公的な場ではなく、直接政権などに要望を伝えたり、影響力を行使したりするのが与党の役得だと考えられてきた歴史もその背景にありそうです。

厳しい課題に直面するであろうこれからの日本政治では、時には厳しい決定が求められるでしょう。試練を乗り切る合意を形成するためには、多様な意見を持つ国民の代表が討論と熟議を行う国会への転換が欠かせません。そのためには事前審査の見直しが避けて通れないでしょう。

安倍政権の評価、同一労働同一賃金

9月7日の朝日新聞「長期政権からの宿題」、濱口桂一郎さんの「同一労働同一賃金」から。

――パートや有期契約、派遣といった非正社員は雇われて働く人のうち約4割。安倍政権は「1億総活躍プラン」の一環として、非正社員の待遇改善をめざして「同一労働同一賃金」を打ち出しました。当時の政権の姿勢をどう見ましたか。
一般的に労働組合団体からの支持を受けない自民党政権にもかかわらず、正社員と非正社員の格差問題を解決するというメッセージを社会に出した。これは残業時間の規制や最低賃金の引き上げなどとも相まって、政治的にとても大きな意味がありました。しかし、その結果は、大山鳴動したものの、ネズミが2匹、3匹出てきたような印象です。

――どういうことですか。
欧米諸国で言われている同一労働同一賃金の考え方に照らすと、その実現には、長年続いてきた日本の賃金の決まり方を根本からひっくり返す必要がある。ただ、実際にはそうはなりませんでした。

――欧米諸国での賃金と何が違うのでしょう。
賃金を値札に例えてみます。ある仕事で求められる内容(職務)をイスと考えたとき、欧米の場合はイスの値札がベースです。イスに座る人の経験や能力は、あくまでも加味されるものにすぎません。
日本では、主に正社員の場合、値札は人に貼ってあります。年功制や、部署の配置転換による経験によって賃金が決まるためです。これが基本で、大変なイスに座ったときの職務手当は、加味されるものです。

――ベースが違うわけですね。では、日本の非正社員はどうでしょうか。
日本の非正社員は多くの場合、年功制や配転のない制度のもとで働くため、値札はイスについています。ただ、欧米のように様々な値札のイスが用意されているわけではなく、専門職以外の多くは「その他のイス」としてくくられてしまっていて、その水準は最低賃金+αにとどまります。

――その状況下では、欧米のような同一労働同一賃金の実現は難しいということでしょうか。
賃金がイスの値札なら、同一の労働で同一の賃金かどうかを比べやすい。しかし日本のように、正社員と非正社員で賃金の決まり方が異なり、さらに月給と時給という違いもあると、比較は難しい。
つまり同一労働同一賃金を実現するには、論理的には、正社員も含めて賃金の基本をイスの値札にするか、非正社員にも年功制や配置転換を適用するかという話になります。しかし現実には、マジョリティーである正社員や企業には受け入れられにくい話です。

アベノミクスの本質を問う

朝日新聞ウエッブ「論座」、原 真人・朝日新聞編集委員の「アベノミクスとは何だったのか 正体つかめぬ政策、その本質は」(8月11日)から。

・・・第2次安倍政権の7年8カ月のあいだ、政権が掲げた経済政策の目標は「3本の矢」(大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を促す成長戦略)に始まり、「新3本の矢」(強い経済=GDP600兆円、子育て支援=出生率1・8、安心につながる社会保障=介護離職ゼロ)へと広がった。
さらに一億総活躍、女性活躍、働き方改革、観光立国……。掲げるテーマが次から次へと登場するたびに官邸には直轄の担当部門が設けられ、霞が関からスタッフが集められ、部屋に看板がかけられた。一時は注目されるが、いつしか話題にもならなくなる。政策目標があまりに軽く消費されていった。
その結果、内閣機構の肥大化が進んだ。今年7月時点で内閣官房に置かれた政策担当室は36室にのぼる。全世代型社会保障構築本部事務局、デジタル市場競争本部事務局、孤独・孤立対策担当室……。
どこかの省庁に担わせればすむようなテーマが首相直轄となっているものも少なくない。政権の「やってる感」を見せるのにこれほど楽な方法はない・・・

・・・第2次安倍政権の初期に経済界がアベノミクスを強く支持した最大の理由は「円安の進展」だ。安倍政権が発足する直前の2012年夏には1㌦=70円台後半の円高ドル安となっていた。リーマン・ショック後の立ち直りが遅れていたこともあって多くの企業が業績悪化に苦しんでいた時期だった。平均株価も8千円台にまで沈んでいた。
ところが第2次安倍政権が発足した2012年12月以降、急速に円安・株高が進展し、企業業績は好転した。財界も市場関係者たちも、口をそろえてアベノミクスを歓迎するようになった。
とはいえ、物事が起こった時期が符合していれば、必ず因果関係があるとは言えないことに注意すべきだ。このときの円安はアベノミクス(異次元緩和)の効果がまったくなかったとは言えないが、要因の多くは米欧経済の著しい回復に伴うドル高、ユーロ高だった。その裏返しとしての円安だったのだ。
安倍氏が政権の功績と誇り続けた「400万人超の雇用増」も、すべてアベノミクスの成果と単純化するのは短絡的だ。雇用統計上の好転の背景には、この間の著しい生産年齢人口の減少が大きく影響している。他にも高齢者や女性の就業率の向上、共働き世帯の増加(つまりは夫婦間のワークシェアリング)など多くの要因があった。
まちがいなくアベノミクスの成果と言っていいのは株価上昇だ。なにしろ日銀のマイナス金利政策は、企業や投資家に格安の投資資金を提供した。ETF(上場株式で構成される投資信託)の大量買い入れは「株価が下がれば日銀が買い支えてくれる」という安心感を投資家たちに過剰なまでに与えてきた。
ただし、株価が大きく上昇した割に、日本の実質賃金や1人当たりGDPは低迷し続けている。日本経済の足腰はむしろ弱まってしまった。

そうした分析もしないまま、当時の安倍首相は円安・株高、雇用環境の改善をもって「アベノミクスの成果」「アベノミクスの果実」と言い続けた。時の首相が国会答弁や記者会見のたびにそう宣伝し続ければ、多くの国民が無意識のうちにそう信じてしまうのも無理はない。
メディアも結果的にそれに加担した。安倍政権当時、新聞でもテレビの報道番組でも「アベノミクスによる円安・株高」「アベノミクスによる好景気」という言い回しが日常的に使われた。
本誌2020年12月号「アベノミクスの亡霊はスガノミクスの悪夢に続く」でも書いたが、安倍政権の7年8カ月の間に、全国紙4紙(朝日、読売、毎日、日本経済)で「アベノミクス」が記事中で使われた例は3万件近くあった。
このうち見出しになった記事も2500件以上ある。多くは批判的な記事内容ではなく、政権の「アベノミクス」キャンペーンに乗ってしまっていた。
メディアがデータをとことん検証しないまま首相の主張内容を垂れ流したことで、結果的にアベノミクスの支持押し上げに貢献した可能性が高い・・・

官邸一強を支える日本政治の構造変容

8月11日の朝日新聞オピニオン欄、松尾陽・名古屋大学教授の「「官邸のせい」言説はなぜ 権力構造の「健診」が必要」から。

・・・さて、事件の前から安倍政権については、既に多くのことが語られている。日本の歴史上、最長期間を務めた総理大臣。集団的自衛権の問題をはじめとして憲法問題についても積極的に動いた。
称賛であれ非難であれ、2010年代の長期政権の間は、メディアは彼の一挙一動を報道していた。すべてが彼や彼の周りに原因があるかのような言説もみられる。「官邸主導」や「官邸1強」、はては「独裁者」といった言葉が大手メディアやネット上にあふれていた。今回の事件後、「社会に分断をもたらした」という声も聞かれた。
このような言葉を憲法の観点からどのように受け止めることができるのか。近代憲法では、一人の人間、一つの機関に権限が集中しないようにする国家の枠組みが設けられている。ただ、この枠組みは、憲法典の規定だけではなく、社会、経済、政治の構造によっても支えられる。憲法典の規定だけで、権力集中が防げるわけではない。

「憲法」は英語でconstitutionであるが、もともとは「構成」という意味で、全体のバランスのことである。「You have a good constitution」は「健康ですね」と訳される。モンテスキューやマディソンなど、憲法の基本となる考え方を発展させた人びとも、国家や国を支える構造全体のバランスのことを考えていた。社会、経済、政治の構造に支えられながら、憲法上の制度は機能する。
このような仕組みが健全に機能しているとすれば、安倍元首相や官邸に権力が集中するはずはない。集中したとしてもチェック機能が働くはずだ。彼をめぐって展開された言説は誤解に基づくものであるのか、あるいは、このような憲法の枠組み全体にひずみが生じているのか。
ここで問題としているのは、安倍政権の内実ではなく、『すべて安倍首相や官邸のせいだ』といった言説を生み出した構造は何かということである。

鍵となるのは、この30年で生じている日本政治の構造変容である。冷戦の終結後、民意が反映される形でのリーダーシップが期待され、さまざまな改革が行われてきた・・・
・・・他方で、「政治主導」をスローガンとして、官僚の権限を弱める改革も行われた。各省庁の事務方のトップが大きな影響力を行使していたとされる事務次官等会議も09年に廃止された(数年後、次官連絡会議という形で復活したが、情報共有の側面が強いとされている)。また、各省庁でなされていた決定を政治家がひっくり返すという「事業仕分け」という象徴的な場も設けられた。

これらの改革だけが原因ではないものの、政党と政治家の関係、政官関係など、政治構造は大きく変容し、官邸や党の執行部に権限が集中するようになった。他方で、与党に対抗する規模の野党が長期的に形成されてきたとは言い難い。このように変容した構造の上に第2次安倍政権は成立していた。
以前に比べれば、リーダーシップが発揮される条件は達成されたのかもしれない。しかし、民意の反映のあり方は変わってしまった。安倍政権の内実だけではなく、それを支えてきた構造自体の検証も必要であろう。30年で移り変わった、この国全体のバランス、すなわち、constitutionを見直す「健康診断」が必要である・・・

佐々木毅先生。日本政治、改革か後退か

朝日新聞文化欄連載「語る 人生の贈りもの」、佐々木毅・元東大教授の発言から。

第10回(8月9日
《海部内閣は自民党内の反発で政治改革に挫折し、91年に総辞職。バブル経済も崩壊に向かう》
平成初期の日本社会はエネルギーに満ち満ちており、力余って金権政治やバブル経済の問題を生みました。ただ、課題に立ち向かう政治改革のパワーも持ち合わせていました。

第13回(8月12日
第2次安倍政権下で首相官邸の力が強まりましたが、今度は後継の人材難に直面しています。官邸主導で政党の地位も議員の地位も下がり、自民党本部で何をしているかがよく見えない。政党は本来、人材育成や政策立案などに果たすべき役割は大きいのです。

まずは国会運営の改革が不可欠です。通年国会として野党議員の質問ばかりではなく、与党議員がもっと表舞台で働く。代わりに首相や大臣の出席を減らし、独自の調査機能を強化する。議院内閣制下の政府与党一体化を弱め、パーラメント(議会)が政策の質を上げるためにキャビネット(内閣)を厳しくチェックすべきです。

冷戦後に政治改革を進めた日本には、先進国クラブから脱落しかねない危機感があった。民間政治臨調や21世紀臨調を立ち上げて超党派の知恵を持ち寄り、粘り強く政策提言を続けました。
今また改革か後退かの瀬戸際にいます。諸学の知恵を生かして議論を重ね、よりよい政治を目指す。学問も言論も、積極的な政策提言により行き着く先は一つです。